第26話『圧倒的不審者』



 ウィリアムとイヴが装甲熊との戦闘を終えてから少し時が経ち―――現在は夕刻を迎えていた。


 辺りの空は夕闇に染まりつつあり、エイスの街でも光源の確保の為にちらほらと篝火が焚かれ、ランタンに火を灯し始めている。


 夜になれば街は静かになる―――とはいかないものだ。繁華街、そして冒険者ギルドのある方面では昼とは違った賑わいを見せていた。


 その中でも、特に賑わっているのは酒場である。ギルド内にある酒場や大通りにある飲食店では大勢の人が集まっている。


 本日の成功を祝う者。失敗をした為に鬱憤を晴らす者。何かがあった訳では無いが、とにかく飲みたい者。店には集まれども、その目的は人それぞれである。


 そうして一仕事を終えて解放された者もいれば、まだそうでは無い者達もまた存在する。


 酒場や飲食店を営んでいる者達がそれに当たるが、他にも街の警備を担当する兵士達も該当する。


 彼らは外壁の上に立って周辺を監視をし、街中を巡回をして見回り、そして街の入口である門の傍に立って治安を守っていた。


 兵士の彼らとしてはそれが当たり前の事であり、それが日常的な事であった。しかし、その日常的な景色にある異物が紛れる事となる。それが起こったのは―――門での事だった。


「え……あの……あれ……?」


 門を警護していた兵士は困惑していた。彼は先程まで普段と変わらない感じに門の傍に立ち、人の出入りする流れを見続けていた。


 だが、それは突如として起こった。街の外から―――ブレナーク山のある方角から冒険者の装いをした2人組が歩いてきた。


 それだけであれば特に何の変哲も無い、普通の光景だった。冒険者の人間がこの門を通って街に出入りするのは幾らでもある事だ。


 しかし、それは少し―――いや、大きく違っていた。2人組の内の1人―――魔術師の恰好をした少女に兵士は強烈な違和感を感じた。


 正確に言えば、少女が手に持っている物に対してであった。彼女はその手に紐の様なものを手にしており、その先には何かが繋がっていた。しかも、その繋がっている対象は何故か空中に浮遊しているのだった。


 それだけでもかなり不自然に思えたが、その正体が分かるにつれて、兵士は言い表せない恐怖を感じる事となる。それは生物であった。しかも、少女の身体よりも大きな体躯をした生物が2匹吊るされているのだ。


 吊るされた生物の内、1匹は頭部の潰れた猪である。距離はまだ離れてはいるものの、兵士のいる位置から眺めてもそれが死骸だというのは分かった。それだけでも異質ではあったが、もう1匹がより異質さを際立たせていた。


「あ、あれは、まさか……」


 見た目は熊ではあるが、よくよく見れば熊とは違う。その正体は災害認定されている魔獣の装甲熊であった。


 並の兵士達が束になっても敵わないとされる化け物級の生物。しかし、装甲熊は微動だにせず、ただなすが儘に吊るされているだけだった。


 様子としては隣に浮かぶ猪と全く同じ。という事はあの装甲熊も死骸だという可能性が兵士の脳裏に浮上する。


 兵士としては、訳の分からない気持ちで一杯だった。何故に少女は魔獣を吊るしているのか。死骸という事はあの2人だけで化け物級の生物を討伐したのか。


 色々な推測が兵士の中で浮かび上がる中、その2人組は直ぐそこの距離にまで近付いてきていた。


「と、止まれっ!」


 兵士ははっとなった後、職務を思い出して2人組の前にへと立ちはだかった。


「そ、それ以上、近寄るんじゃないっ!」


「あー……」


「―――?」


 兵士が2人組―――ウィリアムとイヴに対しそう告げると、ウィリアムはやっぱりこうなるかといった感じ後頭部を掻き、イヴの方は何で止められたのかが分からないといった感じだった。


「あの、私達ここを通りたいんですが……」


 止められた理由が良く分かっていないイヴは当然の疑問という様に兵士に向けてそう言った。


 ウィリアムからすれば予定調和といった感じなので、逆に兵士に対して申し訳ないという気持ちになった。


「だ、駄目だっ! 通す訳にはいかない!」


「えっ? どうしてですか?」


「普通に考えれば分かるだろっ! そんな強大な……魔獣や猪を吊るして歩いている怪しい不審者を、街の中に入れる訳にはいかないからだっ!」


「―――?? でも、これ……死んでいますので、害は無いと思いますが?」


「そ、そういう問題じゃないっ!」


「―――??? では、どういう問題なんでしょうか? 害が無いのなら、通っても大丈夫なのでは……」


「だから、そうではなく―――あぁ、もうっ!! どうすれば話が通じるんだっ!? というよりも、それはどんな手を使って吊るしているんだっ!? 訳が分からん!!」


「―――????」


 押し問答となりつつあるこの状況。兵士はヒステリックに叫びを上げ、イヴは兵士の言葉に対して理解が出来ておらず、疑問を深めるばかりであった。


 そして更に―――状況は悪化の一途を辿っていく。騒ぎを聞きつけた他の兵士や周辺の住人、または通行人が3人の周囲に集まり始めた。


 ウィリアムはともかく、イヴはこの街に訪れたのはつい数時間前の事であり、彼女の顔を知るという者は全くといっていない。


 そうした者達から見れば、イヴは怪しげな魔術師としか見えず、不安や不審に思う者が大多数を占めていた。事は大きくなる一方であった。


「あの、ウィリアムさん。何で、私達……ここを通れないのでしょうか?」


「あぁ、うん。頼むから、俺に聞かないでくれ……それと、しばらくは何もしゃべらずに、黙っていてくれ」


「―――??????」


 全然といって空気の読めていないイヴの発言に、ウィリアムは頭が痛くなった。そしてこの状況下に耐え切れず、ウィリアムは重々しく溜め息を吐いた。


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