第24話『呆気無い決着』



「倒す、だと……本気で言っているのか? 説明したが、あいつの力は尋常じゃない。さっきの猪とはまるで違うんだぞ」


「あっ、はい。それはちゃんと聞いていましたので、分かってます。でも、大丈夫です」


「大丈夫って……何を根拠にそんな事を―――」


「だって、あの熊……弱いですから」


「―――は?」


「お師匠様と比べたら、天と地ほどの差。寧ろ、比べる方が無粋というもの」


 自信満々に彼女はそう言ってのける。ウィリアムからすれば、骨董無形にしか思えない言葉。しかし、それが彼女の中では揺るがない真実だった。


 理性を、知性も持たない獣風情けだものふぜいが、自身が尊敬してやまない師を越えるというのは、絶対にありえない事なのだから。


「それぐらいの相手でしたら、私は負ける気はしません。だから、絶対に倒せます」


 イヴはそう言うと潜り込んで屈んでいた状態から、その場にすくっと立ち上がった。周りは茂みだらけだったが、イヴはそれらに引っ掛かる事も無く立ち上がり、物音を1つも出しはしなかった。


 傍から見ればただ立ち上がっただけ。けれども、その動きだけでもウィリアムからすれば感嘆した思いとなる。


 普通なら音を立ててしまってもそれが当然だが、そうじゃないという事はイヴが卓越とした技術や技能を持ち合わせている証明である。だが、そんなものを持っていたとしても、今の状況において何の役にも立たない。決して装甲熊を倒せる要因にはなりはしない。


(―――彼女は一体、どんな手段であの装甲熊を倒そうと考えているんだ……?)


 ウィリアムはそれを考えようにもさっぱりと検討はつかない。自分が正面から立ち向かったとしても、が無ければ敵わない相手である。なればこそ、考えても勝ち筋というものが見当たらないのだ。


 しかし、そんな中でも必死に思考を巡らせ、考えようとして思い出すもの、思い当たるものといえば、つい先程に起こった戦闘の事に関してだった。


「まさか、また……接近してからの格闘で仕留めるつもりか? それはいくら何でも、無謀過ぎるぞ」


 先程の戦闘がそうだったが、イヴの戦い方は従来の魔術師とはかなり異なっている。近接戦闘や補助魔術で足りない力を補う戦法。それは魔術師というよりかは近接戦闘や魔術の扱いに長けた魔術戦士の戦い方に近かった。


 しかし、それでも装甲熊を相手にしては力量としては及ばないとウィリアムは考える。あの猪を倒した一撃―――正確無比で、強化が施された強烈な蹴りを以てしても、装甲熊の硬い皮膚を貫けるとは思えなかった。


「無茶だ。止めた方がいい。確かにさっき見せた君の一撃は相当なものだったが、装甲熊を倒すには威力が足りていない。あれでは装甲を越えてダメージを与えるなんて無理だ。だから、下手な考えは捨てて、今は隠れて―――」


「―――安心してください、ウィリアムさん」


 心配をするウィリアムの言葉を遮って、イヴははっきりとそう口にする。


「心配かもしれませんが、本当に大丈夫です。私もそれくらいの事は分かってますから」


「なら、早く―――」


「だから、さっきみたいな手じゃなくて、別の手段を使います」


 イヴはそう言うと両手で携えていた杖を片手に、右手にへと持ち替えてその先端を装甲熊のいる方向にへと向けた。


「別の、手段……?」


「はい。さっきはので、使えませんでしたが―――相手がのなら、この手が使えます」


 イヴの言う手とは何か。それをウィリアムが考える前に、イヴは次の行動にへと移す。


「反撃の隙も与えないまま、一手、一瞬で……それから、一撃で終わらせます!」


「なっ―――!?」


 イヴがそれを言い終えると同時に、彼女の周囲に大きな魔力反応が発生し、それが彼女の持つ杖にへと収束をしていく。それと並行をして杖の先端の更に先、何も無い虚空に大きく魔方陣が展開された。


「こ、これは……」


 ウィリアムは現れたその魔方陣を見て、目を大きく見開いた。展開された魔方陣はとても鮮やかな色をした『赤』だったからだ。


 色付きの魔方陣は属性の種類を指し示しており、赤色に対応する魔術は複数ある属性の中でも最も高威力を誇り―――


「―――!!」


 そしてこの時になってようやく、近場から発せられる大きな魔力、それから気配に反応をして、装甲熊はイヴにへと視線を向けた。


 その先には杖を構えたイヴの姿が映し出されている。装甲熊の大きさからすれば彼女の立ち姿はか細く、とても矮小な存在であった。


 元々、装甲熊はイヴやウィリアムの気配、存在には気づいてはいたものの、自身に歯向かってこないと察知すると、先に自分の腹を満たする事を優先させていた。


 仮に装甲熊が食事に没頭している隙を狙い、2人が逃げ出そうとしても、装甲熊には直ぐにでも追いつけるという自信もあった。


 どう足掻こうと、今のこのブレナーク山において、装甲熊は力において頂点的な存在なのだから。自分に敵わぬ存在などいない。だからこそ、余裕を持って見逃していたのだった。


 しかし、今はそうじゃなかった。目の前のイヴは明らかに自分にへと敵意を向けられており、歯向かおうとしている。これは見逃す訳にはいかない。


 自分の食事の邪魔をした上に、生意気にも自分に向けて攻撃を仕掛けてこようとする愚か者に鉄槌を下さなければ。そうしなければ装甲熊の気が済まなかった。


「グアァァァァァァァァァァッ!!!!」


 空気と大地が震える様な激しい雄叫びを揚げ、装甲熊はイヴにへと目掛けて突き進み、襲い掛かろうとした。だが、その行動は遅かった。遅過ぎたのだった。


 装甲熊が一歩目を踏み出したその瞬間、1人と1匹の運命が決定づけられる。イヴの口がゆっくりと開かれ、そして―――


「いきますっ!! 『熱線ファイアレーザー』」


 イヴがそう唱えると、展開されていた大きな魔方陣が瞬時に拳ぐらいの大きさに圧縮され、そこから一筋の赤色光線が射出された。横から見れば、ただの赤色をした線。これといった派手さなんてなく、ただただシンプルな見た目であった。


 しかし、その速度は光と同等、まさに一瞬だった。赤色光線を目で視認した刹那、次の瞬間にはその軌跡は既に消え去っていた。


 そして雄叫びも物音も消え去り、一時の静寂がその周辺にへと訪れ、その時にはもう、全てが終わっていた。


「――――――」


 イヴに襲い掛かろうとしていた装甲熊は声を揚げる事も無く前のめりに倒れ、そして大地にへと沈んだのだった。


 倒れ伏した装甲熊が動く事はもう二度と無かった。白目をむいて舌を出し、ピクリともしない。即死である。本当に決着は一瞬で、一撃をもってして幕を閉じた。


 その頭部、装甲熊の額の辺りには小さな穴が開いていた。それも後頭部まで繋がるしっかりとした穴であり、それは倒れる前まで、先程までには無かったものである。


 これが装甲熊を死に至らしめた要因なのは明らかであった。けれども、その死体には不思議な点が1つだけある。


 それは……頭部を貫通したというのにも関わらず、その空いた穴から血が一切噴き出ていないという事であった。


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