第23話『魔獣退治』

 



「なるほど……という事は、普通の熊とは一味違うという感じなんですね」


「あぁ。だが、この辺りでの目撃情報は無かったはずなんだが……山の奥の方にいた個体が移動してきたのか。それとも、別の地域から移ってきたのか―――」


「―――あの、ウィリアムさん。こんな時にですが、1ついいですか?」


「……何だ?」


「えっと。魔獣って、強いんですか?」


「……強いのか、だって? 君は魔獣の存在も知らないのか」


「はい、分かりません」


 急に振られたイヴの質問に、ウィリアムは顰めた表情をしながらそう答えた。それはウィリアムにとって、あまりにも物を知らなすぎる質問であったからだ。


「―――それなら何で、初手で隠れるなんて手段を取った」


「……?」


「いいか、例え気配に気づいたとしてもだ。相手の強さが分かっていなければ、普通はそんな選択は取らない。どうしてそんな判断が出来たんだ」


「えっ? だって、正体の分からない強い存在が近づいてきているんですよ。それならまずは隠れて情報を集めるなりして、状況を有利に持っていくのが戦闘においては基本ではないのでしょうか?」


 イヴの口からつらつらとそうした説明がなされて、ウィリアムは言葉も出ずに驚いた。それはどう聞いても、どう考えても、新人の冒険者が出来る様な判断や発想だとは思えなかった。


「あれ? 何か、私……変な事を言いましたか?」


「―――君は、その……物事を分かっているのか、それとも分かっていないのか、どっちなんだ」


「……? どういう、意味でしょうか?」


「いや……いい。何でも無かった。忘れてくれ」


 そして装甲熊は林を抜けると、周辺に視線を巡らせて警戒していた。邪魔者はいないか、敵がいないかを探る為であった。


 しかし、魔獣とは言えども知能は獣と同様。イヴの様に気配を察知出来る訳でも無く、視界情報、もしくは聴覚、嗅覚でしか周りを認識出来ない。


 体格や膂力には優れているが、五感に関しては変わらないのだろう。ウィリアムとイヴの声はか細いぐらいの小声で話しているからか、どうにも装甲熊の耳にまでは届いてはいない様子である。


 それから装甲熊は一通り周辺を確認した後、一番臭いの濃い、血の匂いを発している猪の死骸の方にへと歩み寄っていった。


 この場に現れたのも、猪の血の匂いを辿って来たのだろう。つまり装甲熊は食料を求めてやって来たのだった。


(―――今の内に逃げられるか……?)


 その様子を見ていたウィリアムは心の中でそんな算段を立てようとするも、まだその時では無いと判断して取り止めた。


 今は装甲熊の気が猪にへと向いているが、いつ自分達にへと注意を向けてくるか分かったものではなかった。


 それ故にウィリアムは息を潜めつつ、もう少し状況を窺ってからどうするかを判断する事に決めた。


「―――それで、魔獣の強さに関してだったな」


「あっ、はい。そうです。それで、強いのでしょうか?」


「あぁ。魔獣は総じて強い生物だ。ゴブリンやオークといった魔物と比べてみても、魔獣の方が強かったりする」


「……それでは、倒せない相手なんですか?」


「いや、魔獣がいくら強いと言っても、種族によっては強さもバラバラだから、決して倒せない訳じゃない」


「なら、あの熊も倒せ―――」


「だが、目の前にいるあいつは違う。そうじゃない。あれは災害級の化け物だ。レベルが全く違う。強い―――なんて、言葉で表せるものじゃないぞ」


 そう語るウィリアムの顔には冷や汗が出ている。言葉としては落ち着いてイヴの質問に答えている様に見えるが、内心としてはかなり焦っていた。


 ウィリアムのそうした心情が冷や汗となって、隠し切れずに表にへと出てしまっている。つまり、目の前の装甲熊はそれ程に驚異的な存在であると言えるだろう。


「見れば分かるとは思うが、あの鱗みたいになっている皮膚。装甲熊の表皮は硬く、並大抵の武器は弾かれてしまう……試さなくても、この剣では傷もつけられないだろう」


 自分が愛用するショートソードの柄に手を掛けながら、悲痛そうにウィリアムはそう言った。


「武器が、弾かれる……それなら、硬い皮膚じゃない関節や目みたいな部分を狙うとか、もしくは急所を狙ったりすれば―――」


「駄目だ。それだと時間が掛かり過ぎてジリ貧になる。体力が消耗したところを攻撃されて終わりだ。それに急所を狙おうにも、あの皮膚がそれを邪魔している。致命的な一撃クリティカルは難しい」


「なるほど……」


「だから、装甲熊を倒すに有効なのはあいつの皮膚をも断ち切れるぐらいの切れ味を持った武器で挑むか、もしくは装甲の硬度が関係無いぐらいの圧倒的な高火力で打ち倒すかだ」


 他にも多人数と物量を以てして、遠距離から削るという手段もあるが、今は2人しかおらず、採集にきただけなので遠距離用の装備も整っていない。


 ウィリアムが述べた案にしてもその案にしても、現状では実行は出来ないのだ。打てる手にしても、力量にしても足りていない。


 この場において、ウィリアムが実行出来る手段と言えば隠れてやり過ごすか、それとも機を見計らって逃げる事ぐらいだった。


「ここまで言えばあいつの強さは分かっただろう。幸いにも、今は猪の死骸に気が向いていてこっちには気が付いていない様だから、ここはしばらく身を潜めて―――」


「―――それでは駄目です」


「は?」


「多分、食事が終わればあの熊はこっちに気づくと思います。私達の気配に少しは気づいているかもしれませんが、今は食事を優先しようとしているだけです。ここで隠れ続けるのは無理でしょう」


「……何でそれが分かるんだ」


「血の匂いです。あの熊が猪の血の匂いを辿ってここまでやって来たのなら、私に付いている返り血にも反応するはずですから」


 イヴは自分の両足、猪の頭部を破壊した際に付着した血の跡を指しながらウィリアムにへとそう言った。


「それと……逃げるのも難しいです。今は大丈夫かもしれませんが、熊は警戒心の強い生き物ですので、この場から移動したら音を察知して追ってくるはずです」


「―――随分と詳しいな。魔獣については、知らなかったんじゃないのか?」


「魔獣については知りませんが、熊の事なら知っています。私が住んでいる場所にも生息はしていましたから。その習性は良く知っています」


「……なら、君ならこの場面―――どう動く。隠れ続けるのは難しい。逃げるのも不可能。他に打てる手はあるのか?」


「あっ、それならありますよ」


「……何?」


「ここで打てる手なら、別にいくらでもありますけど……さっきウィリアムさんが時間が無いと言っていましたので……ここは最速で最短の方法で解決します」


 イヴは両手で杖を携えてから、意気揚々とした感じでそう言った。普通であれば彼我の戦力差に怯えたり、恐怖を感じてもおかしくはないだろうが、彼女の表情からはそういった感情は一切見られなかった。


「あの熊―――装甲熊をここで倒します」


 そしてイヴは堂々とウィリアムに向けてそう宣言をするのであった。



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