第22話『魔獣』



「お、おいっ! いきなり何を―――」


「しっ。―――すみません、静かにしていてください」


 茂みに潜り込んでからも、ウィリアムはまだ状況がはっきりとしていなかった。イヴが起こした急な行動を前にして戸惑いを隠せず、彼女に向けて問い質そうとするも、それすらも阻まれてしまう。


 しかし、イヴの発した言葉や妙に緊迫感の漂う表情を見て、何かが起こっている程度には状況を察した。


「……何か、いるのか?」


 今度は通常の声量よりも抑え気味にし、小声でウィリアムはイヴにへと質問をする。そしてその問い掛けにイヴは首肯をして答えた。自分達以外の何かが、何者かがこの周辺にいると。


「はい。正体までは分かりませんが、あちらの方向に何かいるはずです。気をつけてください」


「魔物か……? いや、この周辺には魔物は生息していないはずだ。……なら、さっきの猪の仲間でもやって来たのか?」


「いえ、違います。猪ではありません」


 ウィリアムの言葉に対し、イヴもまた小声でそう返した。憶測な言葉では無くて、明らかに断定をしてでの言葉だった。


「……何だって? 何故、それが分かるんだ?」


「そもそもの気配が違います。猪みたいな獣の様な感じでは無くて……もっとこう、存在感のある……大きな……そう、魔力を帯びた強そうな感じの気配がしています」


「強そうな感じ……魔物じゃないとすると、もしや……」


「あっ、来ました―――」


 イヴの言葉を頼りにし、近付いてくる生物についての推測をウィリアムは立てるも、それを言う前に相手の方から姿を現わそうとしていた。


 出てきそうな方向にイヴは指を差し、ウィリアムの視線や注意をそこにへと向ける。それと同時にイヴが指差した方向、林の奥から大きな物音が生じ、それがはっきりと2人の耳に聞こえてきた。


 物音は茂みをかき分ける様なガサガサといった音では無く、どちらかと言えばバキバキという様な木やその枝が折れる様な音に近かった。そして……茂みに隠れる2人の前に、遂に謎の存在が顔を出した。


「あれは―――」


「えーっと、熊……でしょうか?」


 林から出てきたのは熊であった。しかし、この熊―――普通の熊とはどこか違っていた。雰囲気もそうだが、その容姿、体格すらも普通の姿とは全くといって異なっている。


 何せ、その体格の大きさがウィリアムの背の3倍程もあると思われた。先程の猪もかなりの大きさだったが、この熊はそれに比較にならないぐらいの巨体だった。


 そして更に、熊の身体の表面部分。頭や首、胸や腕といった本来は体毛で覆われている箇所が硬い皮膚、爬虫類の鱗の様なもので覆われていた。その様相はまるで人が鎧を着る様に、熊が兜や鎧を身に着けている風に遠目からは見えた。


「でも、変な熊ですね。私が住んでいた場所には、あんな感じの熊はいなかったですが……何か違う、特別な種なんでしょうか?」


「……いや、そんなものじゃない。あれは熊とは違う」


「えっ? でも、姿形は熊に見えますけど……それでも違うのですか?」


「あれは―――魔獣だ」


「魔獣……?」


装甲熊アーマーグリズリーといってだな。熊が変質した種族の魔獣だ」


 魔獣―――普通の獣とは違い、魔力を帯びて強化された突然変異種の総称である。


 特色としては肉体的に能力が向上していたり、身体が変質していて本来有していない特徴を持っていたり等、基となる生物とは違った性質を持つ生物にへと変化している。


 しかし、如何に能力が向上していても、知能的には獣と変わりはない。けれども、脅威度で測れば魔獣の方が断然と上である。 身体能力が上がっている分、魔獣の方が非常に厄介な存在なのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る