第21話『強大の存在』
「か、解体……だと?」
「えっと、猪じゃなくても何でもそうですが、殺した後はしっかりと処理をしておかないと、美味しくなくなってしまいますから」
「……やっぱり、そのつもりだったか」
「……?」
イヴから返ってきた予想通りの回答具合に、ウィリアムは疲れ気味に頭を抱えた。彼女は今、目先の晩御飯の事で頭がいっぱいで他の事が見えていない。そんな風にウィリアムは思えてしまった。
「あっ、分かりました。配分について気にされてるんですね。大丈夫ですよ。私の分だけじゃなくて、ウィリアムさんの分もちゃんと解体しますので」
「いや、そういう事じゃ―――」
「それとも、食用部位じゃなくて……猪の牙や骨、毛皮とか、そういった部分の方が欲しいですか? 私としては身肉や内臓、血液を頂けたらそれでいいですので、ぜひともウィリアムさんの希望を―――」
「だから、そうじゃなくてだな……」
「……? じゃあ、何の事でしょうか?」
ウィリアムの言葉に対して、イヴは首を傾げてそう問い掛けた。
「あー……そうだな。解体しようと気合が入っているところで申し訳ないが……悪いけど、それは中止にしてくれ」
「えぇっ!? な、何でですかっ!!??」
「下山するからだ。日の高さ、沈み具合からして、もうあまり時間も残されていない。さっさと撤収をしよう」
「えっ、いや、でも……せっかく狩れたのに……それに解体しないと、晩御飯が……」
「解体なんてしていたら、麓にまで辿り着く頃にはもう日が暮れてしまう。だから、薬草の袋を拾ってだな―――」
「ま、待ってくださいっ!」
ウィリアムの言葉を途中で遮って、イヴはそう思い切り叫んだ。その表情にはこれまでに見なかった必死さが浮かんでいる。
猪退治は余裕でしてみせたのに、今の彼女にはその時には無かった焦りの色が見えた。それ程にこの猪を解体し、その身肉や内臓を食べたいのだろうか。ウィリアムの心の中にそんな思いが浮かんできた。
「そんな事を言わずに、もう少しだけ待って頂けませんか? その、ちゃんと時間内に間に合う様に、手早く解体してみせますので……」
「……手早くって君は言うが、どれくらいなんだ?」
「その、20分……いえ、10分ほど頂けたら、何とか解体出来ると思います」
「10分……って、いや、随分と早くないか? これだけの巨体だぞ? このサイズを解体するのには、もっと時間が掛からないか?」
「大丈夫です。慣れてますので、それだけあればいけるはずです。任せてくださいっ!」
「―――それなら、まぁ……」
渋々といった感じに、ウィリアムはそう言った。本当なら許可は出したくない場面ではある。だが、結局イヴの必死なまでの熱意に根負けしてしまい、ウィリアムは仕方なく彼女が解体をするのを認めるのであった。
「その代わり、急いでくれ。夜になってからの山は危険だ。日が出ている内に、街に戻りたいからな」
「分かりました。それでは、頑張って大急ぎで―――」
許可を貰った事でイヴは再び猪の方にへと視線を向け、持っているナイフの刃先を猪の腹部に当てがって―――
「―――っ!!」
解体をしようとした直後、イヴは突如として手を止めて身を起こした。それは何らかの気配に気づいての事だった。自分達以外の生物の気配が、猪よりも大きな存在が近づいてきている。その気配を察知してでの事であった。
イヴはそれにいち早く気付くと、持っていたナイフをローブの内側にへと戻し、ウィリアムの下にへと素早く駆け寄った。
「ウィリアムさん、隠れましょう!!」
「えっ? は?」
あまりにも突然な事だったので、ウィリアムは上手く話が呑み込めなかった。気配の事に気づいていないウィリアムは、イヴが何を言っているのかがさっぱりと分からなかった。
「いいから、早くっ!!」
「どわっ!?」
だが、そんなウィリアムをイヴは彼の肩を有無を言わさず掴み、引っ張る様にしてその場から連れ去った。
そして少し先にあった深い茂みの中。イヴとウィリアムはそこにへと潜り込み、近付いてくる存在から身を隠すのであった。
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