第19話『魔術師なのに』



「今だったら容易に逃げれると思うが、君は一体何を考えているんだっ!?」


「何を考えているのか……って、そんなの決まってるじゃないですか」


 イヴはウィリアムからの問い掛けに対し、くすっと微笑んだ。そしてそれから、ウィリアムに向けて堂々とこう告げるのだった。


「―――今日の晩御飯は、あの猪だという事です」


「はぁっ!?」


「なので、逃げる事なんてしませんっ!」


 イヴはそう宣言をした後、持っていた杖を地面にへと突き刺し、無手の状態となった。それから自らのローブの内側にへと両手を潜り込ませ、そこから何かを取り出した。


 その両手に握られているのは、燈火トーチライトの光に照らされて白く煌めく小振りの刃、魔術師の彼女が持つには似合わない、近接戦闘で扱うサイズのナイフであった。


「な、ナイフなんて取り出して、何を―――」


「大丈夫です、ウィリアムさん」


「えっ?」


「獣の相手ぐらいなら、私がすぐに終わらせてみせます。なので、安心していてください」


 イヴはそう言ってから、取り出したナイフを順手から逆手にへと持ち替えて構えを取った。膝を折って腰を屈め、獲物に向かって飛び掛かりそうな姿勢だ。


 その構えは魔術師だとは思えない程。付け焼刃とも思えない、前衛職としてのスキルを磨いてきた冒険者と変わらないぐらいに熟達としたものだった。


「―――いきますっ!!」


 その掛け声と共に、イヴは逆手に握っていたナイフ2本、それを猪に目掛けて投擲した。そして投擲したそのすぐ直後、イヴは新たに別の魔術を発動させる―――


「『速度上昇ヘイスト』」


 イヴが速度上昇ヘイストの魔術を唱えると、彼女の身体が淡く白い光に包まれた。これは速度上昇ヘイストによる魔術の恩恵を授かったという表れであった。


 魔術が発動すると、イヴは突き刺した杖を回収する事はせずに、無手のまま猪に目掛けて走り出した。


「なっ―――!?」


 速度上昇ヘイストの恩恵もあって、上昇したイヴの速度は戦士であるウィリアムを凌駕していた。


 ただ、速度が上昇したとはいっても、速度上昇ヘイストを唱える前に投げたナイフは追い越せはしない。イヴが猪に近寄るよりも先に、投擲したナイフ2本が暴れる猪の胴体にへと突き刺さった。


「―――!?!?」


 ナイフの突き刺さった箇所から血が流れ、痛みで猪は呻き声を上げ、その動きを止めた。しかし、動きが止まったのは一時的なもの。ナイフも刺さったが、猪を死に至らせる程の傷では無い。


 立派な体格を持ち、巨体を誇る獣はその程度では死なないのだ。だが、それによって猪の動きを止め、隙を作る事が出来た。その出来た隙を、イヴは見逃しはしない。ここで畳み掛ける為にも、イヴは更に魔術を発動させる。


「『跳躍強化ジャンプ』」


 新たに発動をした跳躍強化ジャンプの魔術によって、イヴの両足には白い光ともう1つ、薄緑色をした光に包まれた。


「はぁっ―――!!」


 跳躍強化ジャンプの効果は跳躍力を向上させる為に術者の脚力を強化。その効果を用いて、イヴは幅跳びの要領で飛び上がった。


 飛び上がったといっても、垂直方向で空高く飛び上がったのではない。低空の高さで横方向に、それでいて真っ直ぐに猪に飛び掛かったのだ。それから―――彼女の行動はそこで終わりはしなかった。


「更に、『跳躍強化ジャンプ』『跳躍強化ジャンプ』」


 加えて再度、跳躍強化ジャンプの魔術を唱えて効果を発動させる。それも二重に唱えてでの重ね掛けだ。


 この魔術においては効果の重複が可能であって、イヴの両足を包む光は魔術が発動をするに合わせて強まっていった。


 これによって全ての準備が整い、イヴは両足を伸ばすと、踵を合わせてぴったりと揃えた。そして揃えた足の先。そこには猪の頭部があって―――


「せい、やぁっ――――――!!」


 イヴの伸ばした両足が、踵が、猪の頭部にへと突き刺さった。所謂、ドロップキックという技である。


 速度上昇ヘイストによって速度を上げ、跳躍強化ジャンプの重ね掛けによって強化された渾身の蹴り。


 如何に立派な体格をした巨体といっても、それだけの勢いを完全に受け止める事は出来ず―――


「―――……」


 何かが潰れる様な鈍い音が周辺に鳴り、猪はバランスを崩してふらふらとよろけた。そして体を痙攣させながら、横倒れとなって地面にへと倒れ伏したのだった。


 頭部の致命的な損傷による即死。2人に害をなそうとしていた獣は結局、何も手を出せずにただ翻弄されてその命を落とす事となった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る