第17話『初遭遇』



「―――あっ、ウィリアムさん。またありましたよ!」


 イヴはウィリアムにそう告げると、目当ての場所に向けて走り出した。そこには目的の採集品である、ポーション材料の薬草が群生している。


 青々と茂っている様は見た目的に雑草に近く見えるが、ちゃんと薬草として扱われる植物である。


 それをイヴは見間違える事も無く薬草だけを採集していき、それを収集用の袋にへと入れていった。


「よしっ。これで袋いっぱい集まりました」


 彼女はそう口にしてからウィリアムの傍に近寄っていき、そして彼に向けて収集袋を見せてきた。


「ウィリアムさん。これぐらい集まれば、依頼は達成出来たでしょうか?」


 イヴははち切れそうなぐらいに膨らんだ収集袋をウィリアムにへと掲げ、達成具合の確認を求めた。


「まぁ、そうだな。これだけ集まっていれば、大丈夫だろう。……というよりも、採り過ぎな気もするが」


「えっ、そうなんですか?」


「今回の依頼だと、この半分の量もあれば達成と見なされると思う。しかし、この短時間で良くもまあこれだけ集めたというか……」


「じゃあ、私……余計な事をしてしまったんでしょうか? てっきり、いっぱい集めてくれば、それだけギルドから評価して貰えると思って……」


「いや、余計でも無い。余剰分はギルドで買い取ってくれるし、その分の評価もちゃんとされる。だから、大丈夫だ」


「あっ、なるほど。それなら良かったです。駄目なのかと思って、少し心配しました」


 イヴはホッと安堵の息を漏らした。そして詰め終えた袋の口を紐でギュッと縛り、間違っても動いた際に中から薬草が出ていってしまわない様にときっちりと結んだ。その様子を見ながら、ウィリアムはある考え事をしていた。


(……初めての依頼なはずなのに、妙に手馴れているな。まるで熟練の手つきだ)


 初めての依頼、初めて入る場所。本当であれば戸惑う事が多く、もっと手こずってもおかしくはない。それなのにも関わらず、イヴは淡々と依頼を進めていった。薬草にしたって絵を見ただけで判別出来ている。


 ウィリアムに対して確認を取ったのは、書類を見せた最初の1回きりである。それ以外はイヴ自身の判断で全て通せていて間違いは一度としてない。


 それにここまでの量を集めるのなら、今以上の時間を要すると踏んでいたのだが、ウィリアムのその考えは大きく外れた。


 時間も限られているので見つけられなかった時の事も考え、ある程度の時間が経過した場合、ウィリアムの知っている薬草が群生しているポイントを教えようとも考えていた。


 が、しかし。イヴは手助けも要らずに、次々と薬草の群生している場所を見つけ出し、その必要も無かったのだ。


 ウィリアムは当初、薬草の必要数が集まった段階でイヴに忠告をし、そこで止めようと考えていた。けれども、そうしたイヴの行動を観察していた結果、この少女の力量がどれ程のものかを確認するべく、ここまで何も言わずにいたのだった。


(それに彼女……山の事を良く分かっている。採集において守るべき点については、俺が口出ししなくても良さそうだな)


 大量の薬草を集めたイヴであったが、実はその場所に生えている薬草を全て採り尽してはいなかった。ある程度の量を残した上で別の場所へと移動し、そしてまた見つけては採集する。それを何度も繰り返した。これは理にかなった行動である。


 そこに生えている薬草を全て採集してしまえば、新しい芽は芽吹いてこない。次にやって来た時に同じ場所では薬草は採れなくなってしまう。なので、ある程度の量を残すというのは山の鉄則ともいえる。それを知らない初心者は何も考えず、全てを採り尽してしまうのだ。


 そうした行動を彼女がした場合にはウィリアムもその事について注意するつもりだったが、それさえもイヴは必要とせずに分かっていた。


(そういえば、自分の出身地に『山』と書いていたな。そう書いただけあって、こうした事情に詳しいのだろうか……)


 ここブレナーク山と同じ様な環境に住んでいたのなら、直ぐに適応出来た事にも納得がいく。薬草を直ぐに見つけれた事についても、群生しそうなポイントに関して予め目星がついているからこそ、可能とした事なのかもしれない。


(……それについて探ってみるか)


 と、ウィリアムは詮索してみようとも考えたが、少しだけ間を空けた後に空を見上げた。木々の隙間から覗く空の模様、出発時にはまだ高かった太陽が傾きつつあり、あと数時間もすれば地平線の彼方に沈むであろうと思われた。


 いくら魔物の出ない場所とはいえ、夜中に山中で行動するのは危険が伴う。これまでは獣にも遭遇してこなかったが、夜行性の獣が活動を始め、それに遭遇するという可能性もある。それを考えると、これ以上の滞在は避けなければならなかった。


(依頼達成の必要な量は確保出来ている。なら、これ以上ここに長居する必要も無さそうだ……)


 イヴについて詮索するのはここじゃなくても、山から下山してからでも出来る事である。ウィリアムはそう考えてこの場で探るというのは止める事にした。


「―――ちょっと、いいか」


「……? どうかしましたか?」


 そして下山する旨をイヴに伝えようとして、ウィリアムは彼女に声を掛けた。


「そろそろだな―――」


 ―――だが、その時だった。


 イヴの背後。彼女よりも奥側にある茂みが突如としてガサガサと音を立てて揺れ出したのだ。その音にウィリアム、そしてイヴも反応して音の発信元にへと視線を向ける。


 茂みはしばらくガサガサと音を鳴らして揺れていたが、少ししてその音は止まった。そしてそれを鳴らしていたと思われる張本人が二人の前にへと顔を出したのだ。


「―――」


 茂みの中から現れたのは猪だった。何てことは無い、魔力を帯びてもいない普通の獣である。しかし、その猪は通常の個体と違って、大きな体格をしていた。人間と比べても遜色の無いくらいだと思われる。


 発達した個体なのか、それとも群れのリーダーなのか。その巨体から繰り出される突進を受ければ、例え鍛えていたとしても無事では済まないだろう。通常の個体でも突進を喰らえばひとたまりも無いのだから、その威力は容易に想像出来てしまう。


 猪はウィリアムとイヴの2人に対し、完全に敵意を向けている。低く鳴き声を上げて威嚇をしてきていた。獣だと侮って掛かるのは危険だと思われた。ウィリアムは中堅者らしく、現れる前から警戒態勢を敷いている。


(ちっ、こんな時に……少々まずいかもしれない)


 ウィリアムは盾を構え、腰に下がっているショートソードの柄に手を掛けつつ、傍にいるイヴにへと視線を向けた。


 この状況、ウィリアム1人であれば特に問題も無く片付けられるだろう。しかし、今はそうではない。近くにはイヴがいるのだ。


 猪との距離はウィリアムよりもイヴの方がより近い。真っ先に狙われるとすれば、彼女の方が先だろう。


 そして猪がイヴに標的を向けた場合、彼女はそれを避けれる事が出来るのか。その可能性を考えると不安の方が勝ってしまう。


(とにかく、ここは前衛職の俺があの猪を引き付けて、彼女の安全を確保しなければ……まずは彼女の前に出て、そして挑発をして注意を俺にへと向けて……)


 鞘から剣を引き抜いて、それからイヴの前にへとウィリアムは躍り出ようとした。だが、しかし……ウィリアムの行動よりも早く、先に動いた者がいた。もちろん、それは猪では無い。先に動いたのは―――


「ウィリアムさん! 下がってくださいっ!!」


 イヴだった。彼女は持っていた収集袋を隅にへと投げ捨て、その手に杖を携えて猪に真っ向と立ち向かったのだ。


 ウィリアムが彼女を守ろうとして動くよりも先に、守るべき対象なはずのイヴの方が動いてしまったのだ。



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