第16話『イヴの目標』
「薬草を集めて持っていけばそれで依頼達成……それだけで本当に大丈夫なんでしょうか?」
「そういう依頼だからな」
「ほえー……」
「危険な獣や生物に出くわさなければ、かなり安全な部類だ」
「安全な依頼……なるほど、そういうものもあるんですね。勉強になります」
「まぁ、あれだ。非戦闘員や初心者向けの依頼というやつだ。こんな依頼がほとんどという訳じゃないからな」
「でも、その……」
「ん?」
「―――こんな事で実績を積んだ事になるんでしょうか?」
「なるぞ。ギルドが依頼として認めているんだ。―――まぁ、そういった部分も加味されて、点数としては低く採点されるだろうけどな」
薬草の調達依頼を点数で換算するなら、それは最も低位な部類の点数になるだろう。それぐらいの依頼であれば、別に冒険者で無くてもこなせれるのだから。点数的に低くなっていてもおかしくはない。
(……最も、危険地帯で採れる薬草類が依頼対象であれば、もちろん話は違ってくるが)
ブレナーク山は危険な生物、魔物は生息していないのに対し、そういった場所では高レベルな魔物が出没する。時にはドラゴンといった高位な相手とも戦闘になる可能性もある。
命の危険性が高まれば当然の如く、評価の点数も増加する。今回は安全域という事によって点数は低くなっているのだ。
「もっと経験を積んで、危険な依頼をこなす様になれば、採点は自ずと高くなる。そして君の冒険者ランクも高くなるだろう」
「―――それなら、私もこの依頼を何回もこなせば……いつかは、ドラゴン退治の依頼も受けれるんですね」
「……まぁ、可能性としてはゼロでは無いかもしれないが」
薬草依頼だけをこなしていたとして、ドラゴン討伐の依頼を受けれる様になるにはどれだけの時間を要するのやら。
ウィリアムはそれを口にしようとするも、思い留まって口を噤んだ。そして遣る瀬無い感じに頬を掻いた。
イヴが何を目標として目指そうが、それは彼女の自由だ。ウィリアムがそれに対して口を出すのは違う気がしたからだ。
ただ、それついては口を出すつもりは無いが、ウィリアムは別の事に対し疑問が生じたので、それについて口にする事にした。
「―――しかし、あれだな。君は、その……ドラゴン退治に興味でもあるのか?」
「えっ?」
「最初に冒険者になりたいと言っていた時も、ドラゴンの事を口にしていたからな。ひょっとして、ドラゴンスレイヤーにでも憧れているのか?」
ドラゴンスレイヤー。竜殺しの英雄。冒険者の称号としては、最高峰に位置するものである。生物の中でも特に強大な存在であるドラゴンを倒したのであれば、その者は英雄として人々から讃えられる。
何せ人間を遥かに超越する存在を屠れるのだから、その者は絶大な力を有しており、英雄の名を冠してもおかしくはないだろう。
そして数々の冒険譚にも竜殺しの英雄の話は存在し、それらを読んで憧れた者が自分もまたと思い込んで、冒険者となって旅立っていくのだ。
そうして事例もあってか、ウィリアムは度々ドラゴンについて言及するイヴも同じ類では無いかと思い、それについて聞いてみたのだ。しかし―――
「……? どらごん、すれいやー……??」
「……なるほど。どうやら違うようだ」
初めて聞く言葉を口に出す様なイヴの反応を見て、ウィリアムはその線は無いという事を理解する。
そもそも良く考えてみると、これまでのイヴの言動や行動を見れば、彼女がそんな俗な事柄に感化される感じとは違うとウィリアムは思った。
「あの、それってどういう意味なんですか?」
「そのまんまの意味だ。ドラゴンを殺す者。冒険者にしてみれば最高の栄誉を持つ称号だ」
「―――称号、ですか。それって、あると何か違うんですか?」
「そうだな……人々から英雄として讃えられる。とかだな」
「はぁ……そうですか」
「……得られる称号には興味が無い感じだな。君は単純に、ドラゴンを倒したいだけなのか?」
「―――はい。その通りです。私はドラゴンを倒して、それから試してみたい事があるんです」
「試したい事?」
ウィリアムはそう言われて、イヴがドラゴンを倒した末に何を試したいのかを自分なりに考えてみた。しかし、考えてみたとは言っても出てきたのは一通りの考えだけであった。
それはドラゴンから剥ぎ取った素材を使われた武器や装具を身に着け、実戦で活躍するというものだ。誰もが思いつきそうな単純な発想。それがウィリアムが考えうる限界だった。
なので、ウィリアムは延々と考える事はせずに、率直にその答えを彼女の口から聞く事にした。
「それはどんな事なんだ?」
(……きっと彼女の事だから、思いも寄らない何か別の……それも変な答えをしてくるだろう)
ウィリアムはそう思いつつ予防した上で、イヴにへと試したい事は何なのかを尋ねた。そして、イヴから返ってきたのは―――
「倒したドラゴンから心臓を取り出して、それを食べてみたいんです!」
実に少女の口から飛び出てくるとは思えない、何とも言えない荒唐無稽な回答であった。
「は? し、心臓を、食べる……?」
「他の箇所、ドラゴンの肉も美味しそうなので興味はあるんですが……私は心臓の部位が好きなので、ぜひとも食してみたいんです!」
「……ちょっと待て。という事は、あれだ。君にはその……ドラゴンが食べたいぐらいに、美味しそうに見えるのか?」
「はい!」
(嘘だろ……)
「きっと、ドラゴンぐらいの強い生物なら、その肉や臓器も栄養価が高そうだと思うんです。それに何より人間を上回る大きな身体でしょうから、量に困る事は無さそうですし、お腹いっぱい食べられそうです!」
ウィリアムはそれを聞いて頭を抱えた。ドラゴンと言えば全てを滅ぼす恐怖の対象か、それとも神聖さを象徴する信仰の対象になりうる生物だ。
それを美味しそうだと、食の対象に見るというのはイヴが初めてなのではないだろうか。少なくとも、ウィリアムの知り合いにそういう人物は1人としていない。
使えそうな素材となる部位には興味はあっても、肉には興味はいかないだろう。ある程度は常識外れな回答をしてくる事は予期していたが、それはウィリアムの予測を遥かに超越している回答である。
(……本当にこの少女は、変な事ばかり口にする)
ウィリアムは改めてイヴの問題児ぶりを再認識し、重くため息を吐いた。彼女には一度、常識というものを叩き込んだ方がいいのではとも思えた。
「―――ドラゴンを食べたいのは分かった。ただ、今の君には倒すのは難しいと思う。あれは上級の冒険者が束になっても敵わない存在だ」
「あっ、やっぱりそうですよね。実は同じ事をお師匠様にも言われていまして……『無謀な事を考えるのはやめろ』って」
「ドラゴン討伐を目標にするのは悪くは無いが、現時点では高過ぎる目標でしかない。それでは身を亡ぼすだけだ。もっと下の……身近な目標をクリアしてからにした方がいい」
「身近な目標、ですか?」
「例えば……そう。ゴブリンやオークを倒せる実力を身に着ける、とか」
「ゴブリン……オーク……」
「まだその方が実現可能な目標だ。それぐらいなら君でもいつかは―――」
「―――あの、ウィリアムさん」
「ん?」
「ゴブリンとかオークって、食べられるんでしょうか?」
「……はぁ?」
どこまでいっても食にしか関心の無い発言ぶりに、ウィリアムは目眩がしそうになった。
そうした会話を交えつつ、2人は山の奥にへと進んでいく。交わした会話の迷走具合とは裏腹に、その進み具合は順調なものであった。
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