第14話『アイリスの真意』



「そういえば、だ。あんな事をしても良かったのか?」


「あんな事? 何の事です?」


 アイリスはそう言ってきたが、彼女がとぼけている事はウィリアムにはお見通しだった。


 が、それを分かった上でウィリアムは話を続ける。そうでもしなければ、アイリスは口を割らないだろうと考えての事だ。


「イヴの要望を断った事だ。あれってもしかしなくても、お前の独断だったんじゃないか」


「……そうですね。あれは完全に、私の独断行動です。普通なら忠告だけで済ませて、それでも聞かない場合はその方の判断に任せます。そして断りはしません」


 そしてアイリスはウィリアムからの質問に肯定してみせた。その事もウィリアムは薄々と感づいていた。


「パーティを組む事はあくまでギルドとして推奨をしているだけで、あの場合は別に断る必要性なんてありませんから。ただ―――」


 ―――もしも上司か別の職員に聞かれでもしていたら、これでした。と、口には出さなかったが、アイリスは右手を水平にして自分の首を切る様な動作をしてみせた。


「私以外の受付職員はみんな休憩中。今が暇で誰もいなかったからそうしましたけど、他に誰かしら1人でもいましたら、彼女を単独で送り出していましたよ」


 つまりは業務の内容を越えた越権行為だったのだ。ウィリアムとしては呆れるばかりだった。


「でも、仕方がないじゃないですか。イヴさんを1人で送り出す危険性を考えれば、そうした方が安全です。私達ギルド職員は冒険者の方々をわざわざ死なせる為に依頼を斡旋している訳じゃないですから」


「その言い分については分からない訳でもないが、それなら俺に押し付けなくても良かったんじゃないか?」


「何を言ってるんですか。イヴさんはウィリアムさんが連れてきたんですよ。ですから、責任を持って世話をするのが筋というものじゃないですか」


「世話って……彼女は犬か何かなのか」


「それに―――私が断らなかったとしても、ウィリアムさんはイヴさんの面倒を見てたと思いますよ」


「……」


「ウィリアムさんは優しいですからね。ほっとけないでしょう?」


 アイリスのその言葉にウィリアムは何も返事はしなかった。ただ、照れて顔を赤くして、気恥ずかしくてそっぽを向いた。それがほぼ返答となっていた。


「だけど、良かったです。イヴさんが話を聞く方で。こちらが忠告したとしても、中には話を聞いてくれない方もいますから」


「……そんな奴、いないだ―――いや、違うな。それなりにはいるか」


「えぇ、それはもう。前にもいましたからね。まだ少ししか依頼をこなせていないのに、俺なら大丈夫だと散々と豪語し、依頼を受けて出ていった挙句、結局は認識票しか戻ってこなかった実力を顧みない新人のお馬鹿さんが」


 アイリスは前例を思い出しつつ、そう語る。その語り口調はどこか嘲笑っている様だった。


「お馬鹿さんって……おい、あのな」


「間違った事は言っていませんよ。そういう人達は自己責任で自業自得なだけです。死んで当たり前ですから」


「……それも上司とかに聞かれでもしたらまずいんじゃないか」


「大丈夫ですよ。鬼の居ぬ間に何とやら……って言うじゃないですか。黙っていれば分からないですし、聞かれる事はありませんよ」


「―――それはつまり、俺にも黙ってろ。って事か?」


「そういう事です。もちろん、黙っていてくれますよね。私とウィリア―――いえ、ウィルさんの仲ですもの」


 唐突なまでに、アイリスは呼称や言葉遣いを変える。―――いや、いつもの感じにへと戻す。あぁ、もう面倒だ。と、言わんばかりの態度だ。


 くすくすと笑みを浮かべて意見を通そうとする彼女の姿勢に、ウィリアムはまたも呆れてため息が出そうだった。


「……おい、受付嬢。職務と外面はどうした?」


「だって、疲れるんです。付き合いの長いウィルさんに対して、変に丁寧な感じを装い続けるのって」


 アイリスは自らの髪の先を指で弄りながら、ウィリアムにへとそう言った。


「さっきはイヴさんがいたから、それ相応の対応をしましたけど……今はもうここにいないですし。それに今なら周りに咎める人も誰もいないんですから、私の好きにしてもいいじゃないですか」


「はぁ……もういい。勝手にしろ」


「はい、そうします。―――まぁ、そもそもの話。ウィルさんに何を言われようとも、勝手にそうさせて貰うつもりでしたけど」


 飄々とした態度でアイリスはウィリアムにへとそう言ってのけた。そうも言われては、ウィリアムとしてはもう返す言葉が無かった。


「―――とにかく。俺はもう行くぞ。あまり時間も無い訳だし、彼女を待たせてもいるからな」


 ギルドの外で待っているであろうイヴがいる辺りを指差して、ウィリアムはぶっきら棒にそう言った。


「もう、そんな機嫌を悪くしないでくださいよ。こっちにだって、ちゃんと考えがあるんです」


「本当か?」


「本当です。そうですねぇ……次に私が暇な時にでも、ちゃんと埋め合わせで『サービス』してあげますから」


「……お前の言うサービスはとても信用ならないから、聞かなかった事にする」


「って、ちょっと、失礼ですね。そんな酷い言い様はないんじゃないですか」


「いや、前にサービスだと称されて、酔ったお前に奢らされた事があったんだが。それについて、何か釈明でもあるか?」


 そう言いつつ、ウィリアムは突き刺さる様な視線でアイリスを見る。その視線の圧に負けてか、アイリスは少しばかり目を泳がせた。


「……そ、その、嫌だなぁ、ウィルさん。今回は違いますよ。イヴさんの件も含めて、しっかりとお礼はするつもりです。本当ですよ」


「どうだかな。まっ、あまり期待はしないでおく。それについてはまた今度……そうだな、戻ってきた時にでもするか」


「―――はい、了解です。それでは、気をつけて行ってきてください。さっきも言いましたがイヴさんはともかく、ウィルさんは連続での依頼になりますから、体調には十分に注意してください」


「あぁ、分かってる。さくっと出向いて、彼女に依頼がどんなものかって分からせて、それで終わりだ。別に今回の依頼は危険なものでもないし、無事に戻ってくるさ」


 そしてウィリアムはアイリスにそう伝えた後、ギルドの建物を後にした。それから外で待っていたイヴと合流、彼女を伴って街を出て、依頼達成の為に必要なものがある場所にへと向かって歩いていった。



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