第11話『無茶な試み』



「お待たせしました。こちらがイヴさんの認識票になります。個人情報の入った身分証になりますので、絶対に無くさない様にお願いします」


「あっ、はい! 分かりました、ありがとうございます!」


 アイリスが認識票を差し出し、それをイヴは喜んで受け取った。先程に見たのはウィリアムの物だったが、今度は正真正銘の自らの認識票だ。


 嬉しさのあまり、イヴは受け取った認識票をじっくりと見回していく。ただ、記されている内容は書類に書いたものと同じなので、目新しい情報というのは無いのだが。


「―――あれっ?」


 ふと、認識票の文字列を眺めていたイヴの視線がある一転で止まる。そして首を傾げた。


「あの……ウィリアムさん」


「ん? どうしたんだ?」


「えっと、認識票のここに書かれている数字って……どういう意味なんですか?」


 イヴは認識票を掲げながら問題の箇所を指差して、ウィリアムに尋ねた。彼女が指を差しているところには数字で『1』と記載されている。


「あぁ、それは……冒険者ランクの事だな」


「冒険者、ランク……?」


 その聞き慣れない言葉の意味を分かりかねて、イヴの疑問はますます深まった。


 ウィリアムはそれについてイヴに教えようと思ったが、途中で思い留まる。別にウィリアムが教えてしまっても良いが、こういった説明をするのはギルド職員がするものだった。


 なので、ウィリアムはアイリスに目配せをして、頼み込んだ。そしてアイリスもそれを受けて承諾しましたと頷いた。


「冒険者ランクというのは、冒険者の実績に応じて分けられた等級の事をいいます。等級は全部で10段階までありまして、『1』というのはその中でも一番下のランクという訳です」


「なるほど……そういった仕組みなんですね」


「ランクを昇格させる為には、ギルドが定める基準を満たせば上げれる事が出来ます。―――ただ、その際にはこちらで査定がありますので、それにも合格しなければ昇格にはなりません」


「さ、てい……?」


「社会貢献度や人格といった、その人の行いによる評価を査定させていただきます。いくら実績が高くても、素行に問題があればギルドとしても昇格させる訳にもいきませんので」


「……? ……??」


 最初の内の説明はイヴも理解はしていたのだろうが、後半になるにつれて理解が追い付いていない様子だった。


 その表情は明らかに難しいという顔をしている。混乱していて、今にも頭が破裂しそうな感じであった。そうしたイヴの様子を見兼ねてか、ウィリアムは助言する事にした。


「あー、要するにだ。ギルドが問題が無いと言えば昇格出来る。真面目にやってれば大丈夫って事だ」


「あっ、そういう事なんですか。それでしたら分かりやすいです。なら、とにかく頑張って……皆さんに認めて貰えばいいんですね」


「はい。多くの依頼を受けて達成し、実績を上げてください。そうすればギルドとしても、優秀な冒険者として認可出来ます」


「分かりましたっ! 私、頑張りますっ!!」


「では、以上で登録は終了となります。今後のイヴさんのご活躍をお祈りしています」


 アイリスが締め括りにそう言って、登録の作業が終了した。これで晴れて、イヴは冒険者としての道の一歩を踏み出したのである。


「じゃあ、早速……依頼を受けたいです!」


「えっ?」


「……えっ?」


 ウィリアムもアイリスも、これで一旦は終わったと思った。長く時間は掛かったが、ようやく解散すると思っていた。


 しかし、そうじゃなかった。イヴは強く握り拳を作って、意気揚々とそう宣言したのだった。


「え……っと、今からですか……?」


 困惑した表情をして、アイリスがイヴにへと尋ねる。


「はいっ! お師匠様も善は急げと言っていましたから!」


「でも、その……1人で、ですよね?」


「……? それがどうかしましたか?」


 イヴからの何も分かっていない様な返答に、アイリスは何とも言えない表情をした。それからどのように言えばイヴが聞き入れてくれるかをアイリスは考える。


 早く冒険に行きたいという強い気持ちは分からないでもない。しかし、それは無謀といってもいい行動だ。


 職業としては魔術師のイヴであるが、先程の登録用紙には補助系魔術しか記していない事から、彼女が戦闘職ではないのは明確だ。


 攻撃手段を持たない人間が1人で冒険に行って、無事に帰ってこれる訳がない。それをアイリスは危惧している。


「―――申し訳ありませんが、今のイヴさんには依頼を任せる事は出来ません」


 そしてアイリスは考え抜いた結果、現状での依頼の斡旋は不適格だという判断を下し、イヴにへとそう告げた。



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