第10話『魔術』



「ふぅ……後は、イヴさんが使える魔術に関しての記入だけですね」


 アイリスは重々しいため息を吐き、疲労感の含んだ声をしてそう言った。


 普段であれば常に笑顔を浮かべて応対しているアイリスなのだが、それも少し剥がれかけていた。


 冒険者登録の書類を記入するぐらいではそこまで時間は掛からないものなのだが、イヴの場合はかなり時間が掛かっている。


 おまけに変に記入した事によって書き直しが多く、最初に渡していた書類は使い物にならない状態となっている。


 なので今、イヴが書いている書類はなんと3枚目だ。書類もそれなりに金の掛かるものではある為、それも踏まえた上でアイリスとしても早く終わって欲しいと思っているだろう。


「それではこちらに、イヴさんの使える魔術についてご記入をお願いします」


「分かりました! それじゃあ……た―――」


「くれぐれも! 『いっぱい』だとか『たくさん』とかは書かないでくださいね!」


 イヴの書きそうな内容を予測してか、アイリスは先んじてそう注意を入れた。


「……えっと、分かりました」


「先程の技能の欄と同じです。主に使用する魔術を多くても2、3個ぐらい書いてくれれば大丈夫ですから」


「ん-っと、2、3個……うーん、2、3個……」


 イヴはそう言われて、悩みながらもその欄を埋めていく。


 ―――そこまで悩む様なものなのか?


 その様子を見ていたウィリアムはそう思った。新人であれば覚えている魔術の数なんてたかが知れている。1つがほとんど、稀に2つぐらい覚えている程度だ。


 魔術には適性というものがあって、それに応じた魔術を使う事が出来る。逆に適性が無ければその魔術は使えない。


 更に魔術は細分化されていて、四元論に基づいた火、水、風、地といった四属性。その他にも無属性、補助系、特殊な例として光や闇もある。


 四属性についてはその中のどれか1つに当てはまれば良い方だと言われている。一般的には適性が無い方の割合が多いとされているからだ。ちなみにウィリアムもその例に漏れず、四属性の適性は持ち合わせていない。


 適性があればその属性を伸ばしていくものだが、更に2つ以上の適性を有しているものは優秀。3つ以上なら天才クラスの者に該当する。


 例を挙げれば2つの属性を組み合わせ、新たに別の属性を生み出す等、出来る事の幅は更に広がる。それが天才と呼ばれる由縁だ。


 だからこそ、魔術師という役職は選ばれた者の役職とされている。ただ、どんなに選ばれた者とはいっても出来る事には限りがある。


 弱点としてはソロ―――1人での行動がしにくいという点だろう。魔術師は盾や鎧といった防御手段を持たないので、敵からの攻撃を受ければひとたまりもない。


 防御系の魔術も存在するが、それも万能では無い。どの魔術も自らに宿る魔力を消費して発動するので、それが切れれば使用は不可となる。


 なので、魔術師が活躍するには盾役の前衛職が必須だ。冒険者ギルドとしてもパーティーを組む事を推奨している。


「はいっ、書けました。すみません、これでお願いします」


 そしてイヴは書き終えるとペンを置き、書類をアイリスにへと渡した。長く時間が掛かったが、ようやくだ。


「はい、ありがとうございます。それでは、確認させていただきますね」


 アイリスは書類を受け取ると、その欄に書かれた内容を読み上げていく。


速度上昇ヘイスト』『跳躍強化ジャンプ』『燈火トーチライト


 それがイヴが記入した魔術の名であった。それぞれの効果については以下の通り。


速度上昇ヘイスト


 対象となる相手に対し、速度を上昇させる効果を与える。


跳躍強化ジャンプ


 使用者の跳躍力を向上させる為、脚力を強化する。尚、この効果は重複する事が可能である。


燈火トーチライト


 周囲に明かりを灯す光源を発生させる。火というよりかは光球。一定時間が経過すると消滅する。


 という効果を持っている。どれも補助系の分類に当てはまる魔術であるが、新人の魔術師が習得しているものとしては大変珍しいものだ。


 そもそも、補助系の魔術というのはあまり人気の無いジャンルである。攻撃系の魔術の多い四属性と比べると、地味だという評価をされていてあまり選ばれない。


 大多数が初めに攻撃系統の魔術を習得するので、補助系を率先して習得したいという者は少数派だ。


 それでも補助系の魔術を覚えているという事は、魔術の適性が補助系に傾いているか、それとも余程の物好きかのどちらかだ。


「―――以上の内容で登録しますが、よろしいでしょうか?」


「はいっ、よろしくお願いします!」


「分かりました。それ以外の項目に関しましては、その都度で確認をしていましたので省略させていただきます」


 ここで間違いがあれば問題になるので、通常なら確認は必須である。が、イヴは何度も書き直しをしているので、確認は必要は無いだろうと判断しての事だった。


「お疲れさまでした。それでは……準備をしてきますので、お待ちくださいね」


 アイリスは渡された書類を持って席を立つと、そのままギルドの奥にへと消えていった。そしてしばらく経った後……アイリスが2人の前にへと戻ってきた。


 持っていた書類は消えており、その手にはウィリアムがイヴに見せたのと同じ、身分を証明する為の認識票が握られていた。


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