第9話『登録申請』
「あっ……え、と」
そのイヴの勢いに対し、アイリスは少し目を丸くさせていた。こういった対応をしてくる冒険者はごく僅かである。
新人の大半が緊張や興奮をしてギルドにへと足を運んでいるので、そこまでの余裕を持ち合わせていないのがほとんどだ。
だからこそ、ウィリアムの時もそうだったがイヴの様な勢いで来られると少し戸惑ってしまう。
「―――はい。こんにちは、初めまして。冒険者ギルドへようこそっ!」
が、アイリスは自分に課せられた業務を思い出すと、それを忠実に実行するべくそう挨拶をする。
誰が見ても完璧に近い営業スマイル。ギルドの顔とも言えるこの受付を担当する者として、高水準の対応力であった。
「えっと、こちらの方は……ウィリアムさんのお知り合いでしょうか?」
「知り合い……という程じゃないな。たまたま帰り道の最中で彼女が迷っているのを見かけて……それで声を掛けてここまで案内してきたという感じだな」
「はいっ! 案内もそうですが……ウィリアムさんには色々と教えて貰ったりもして、助かりました!」
「そうだったんですね。ウィリアムさん、わざわざありがとうございます」
「いや、別に……そこまで大した事はしてないが」
「そんな事はありません! 私、ウィリアムさんが案内してくれなかったら、ここに辿り着くまでもっと掛かってました。だから、ありがとうございました!」
そう言ってイヴは90度を超える角度でウィリアムに頭を下げた。そこまで言われるとウィリアムもこそばゆい気持ちになる。照れ隠しをする様にウィリアムは後頭部を掻き、視線を斜め上辺りの方向にへと逸らした。
「それでは、その……冒険者の登録でしたね。お手続きさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「分かりました。では、こちらの書類に記入を……あっ、文字の読み書きに関しては大丈夫でしょうか?」
アイリスは書類をイヴにへと手渡そうとするが、途中で重要な事を思い出してそう尋ねた。これは人にもよるが、教育を受けれずにいて文字の読み書きが出来ない者も中にはいるので、そういった場合はギルドの職員が代わりに記入する事になる。
ちなみにウィリアムも冒険者として登録した新人の頃は読み書きが出来ず、代わりに書いて貰っている。現在では苦労をした末に読み書きを覚えているので、そういった場面で困る事にはなっていない。
「はい、大丈夫です。お師匠様に何度も教わったので、問題ありません」
そしてイヴは読み書きの出来る方の人間だった。自信を持ってそう答えた。
「でしたら、記入をお願いします。分からない事がありましたら、聞いてくださいね」
イヴはアイリスから登録用の書類を受け取ると、その事項に沿って記入をしていく。記入する内容は名前や性別、それから年齢や出身地といった基本的な事である。
ウィリアムはその様子を脇から覗いていたが、その筆致は流麗なものであって思わずほうと息を漏らした。読み書きが出来る時点で優れていると言えるが、字が綺麗というのも周りから見れば評価は高くなる。
―――が、しかし。そうした評価から一転して、ウィリアムはその書かれた内容を見て顔を顰める事となった。名前に関してだけ言えば、特に問題は無かった。しっかりとした事実が綴られている。
だが、それ以外に書かれている内容が回答としてはそぐわないと思われた。例えばだが―――
『年齢:16歳ぐらい』
冒険者ギルドが定める最低年齢は15歳とされているので、16歳であるのなら問題は無い。しかし、何故にその後でぐらいという曖昧な言葉が続いているのか。それがウィリアムには分からない。
『出身地:山』
ウィリアムはイヴが街や村といった集落に名前があるという事を知らなかったというのは分かっている。けれども、その書き方はいくら何でも抽象的過ぎるのではないか。それは場所以前に地形の事でしかない。
そしてウィリアムは思う。イヴが街や村に名前があるのを知らなかったのと同じで、山や川といった地形にも名称がある事を知らないのではないかと。
それであれば、イヴとしてはそうとしか書けないのだろう。事情が分かっているのならそうと気づけるが、それを知らないアイリスは目が点となっていた。
その他にも『性別:雌』『取得技能:いっぱい』『職業:お師匠様の弟子』といった普通であれば目を疑いたくなる様な内容が続いていく。
ウィリアムですら困惑ものである内容であるのだから、それはアイリスにとっても同じである。
分からないと言えば懇切丁寧に書く内容をイヴに教えている彼女であるが、その表情は引き攣っている。
ウィリアムもアイリスのそうした表情は初めて見る。普段であれば絶対に見ない様な表情だった。
ギルドの受付として数多の冒険者と接してきたアイリスにとっても、イヴの様な存在は初めての邂逅なのだろう。
イヴと会話を交わした最初の時もアイリスは戸惑ってはいたが、今はそれ以上に彼女は困惑していると思われる。アイリスのそうした姿を眺めながらウィリアムはそっと心の中で謝罪をするのだった。
そしてアイリスが苦心しながらも訂正や添削を重ねていき、登録書に残る事項はあと1つとなった。
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