第7話『街の名は』



「わぁっ……!」


 ウィリアムの後ろをずっと着いて歩いていたイヴだったが、唐突にその歩みを止めた。目の前に現れた光景を目にし、それに目を奪われてイヴは感嘆の声を上げる。


 そしてイヴは喜びのあまり、前方を歩いていたウィリアムを追い越して、もっと良く見えそうな場所に向かって駆け出した。


「―――凄い。凄いです」


 自分の感情を言葉にしようとするも、それを上手く表現する事が出来ない。イヴの口からはそんな短絡的な言葉しか出てこなかった。


 それ程にイヴは興奮していて、そうした感情を抑えられないでいた。


「これが……街なんですね」


 イヴが見た光景というのは、遠くから眺めた街の風景の事である。そこからは街に入る為の門や外部からの侵入を阻む為の防壁が見え、周りには警護の兵士や往来する住民や旅人の姿が確認出来る。


 他にも木や石を建材にして建てられた家屋の数々。一際目立つ様にそびえ立っている中心部の高い塔。奥の方に位置している街の中でも特に大きい施設等といった街の様子を一望する事が出来た。


 ウィリアムからすれば特に何も感じる事の無い、いつもの見慣れた風景でしかない。それは他の人間においても同じ事だった。ここじゃなくても見れるものであって、何ら特別では無い。


 けれども、イヴにとっては違った。彼女にとってはこれが初めてみるものであって特別なものなのだ。だからこそ、イヴの立つ場所から見えるこの眺めを凄いと思うのだった。


「そんなにこの景色が珍しいのか?」


 そうした一連の行動を全て見ていたウィリアムは、イヴの背後からそう声を掛けた後、イヴの隣にへと並び立った。


「はい。私にとって、初めて見る街ですから。だから……今はとっても、凄く新鮮な気持ちです」


「そうか。なら、他の街に行けばもっと驚く事になるだろうな」


「え? 何でですか?」


「それはまぁ……水を差す様で悪いけど、この街以上の規模のところは結構あるからな」


「えっ!? こんな大きな街よりも、もっと大きな街があるんですか!?」


「そこと比べると、まだまだこの街は序の口といったところだよ。……とはいえ、大きな規模の街だからといって、そこが住みやすいとは限らないけどな」


 ウィリアムはそう言いつつ、随分と昔に長期的に滞在をしていたある場所の事を思い出す。


 そこは規模としては最大級の場所ではあったが、生活するには到底住みやすい場所とは思えなかった。その記憶があるからこそ、ウィリアムはイヴに対してそう言ったのだった。


「その点、ここは住みやすくて良い街なのは保証する。何年もここで過ごしてきたから、それは確実だ」


「へぇ、そうなんですね。そういえば、一つ気になったんですが……」


「ん?」


「この街の名前は何というんですか? ウィリアムさん、さっき言ってましたよね。街にもちゃんと名前があるって。だから、教えてくれませんか?」


「あぁ、それはだな―――」


 ウィリアムは苦笑を浮かべながら、イヴに向けてこう言った。


「辺境の街、エイス。それがこの街の名前だ」


「エイス、ですね。ありがとうございます。ちゃんと覚えました」


 杖を持ちながら両手をぎゅっと握り締め、イヴは満足そうに笑みを浮かべた。


「それではエイスに向かって急ぎましょう。私、早く冒険者になりたいんです」


 イヴはそう言ってからエイスに向けて走り出した。あまりにも突然の行動だった為、ウィリアムは反応に遅れた。


「って、おいおい……そんなに急がなくてもあまり変わらないんだが。それに冒険者の施設は街の奥の方なんだけどな……」


 やれやれといった感じにそう呟き、ウィリアムはイヴの後を追い掛けていった。


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