第5話『イヴ』
「それって、どこの街の事なんだ?」
「……? 『街』は『街』ですけど……?」
少女はきょとんとした顔でウィリアムにそう返した。何を言っているのか分からないという感じの少女。そしてそれはウィリアムも同じだった。
行きたい場所があると言っているのに、その街の名を口にしない。回答として成り立っていなかった。明らかにウィリアムと少女との会話には齟齬が生じている。
「そうじゃなくて……君の行きたい街の名を聞きたいんだけど……」
「街の、名……?」
ウィリアムが改めてそう聞き直すと、少女は困惑気味にそう呟き、少しだけ思案に耽る。
その後、少女は得心のいった表情をその顔に浮かべたのだった。そしてウィリアムに向けて恐る恐るこう問い掛けた。
「……あの、もしかして……街って1つだけじゃないんですか?」
「いや、まぁ……そうだけど」
「ええっ!?」
ウィリアムの言葉に少女は驚いた反応を見せた。その様子は本当に知らないといった感じだった。
「そうだったんですね……。私はてっきり、『街』という場所がこの世界のどこかにあるものだと思って……」
「……認識としてはあながち間違ってはいないかもしれないが、情報としては正確さに欠けてる感じだな。君にも名前がある様に、それと同じでちゃんと街にも名称はある」
「なるほどなるほど……それは新しい発見です。教えてくれて、ありがとうございます」
少女はウィリアムに向けてお礼を言った。しかし、ウィリアムはどうにも腑に落ちなかった。
都市、街、村と集落の規模は違えども、どこも伝承や土地柄に因んだ名称は必ずあるはず。
それはその土地で、世間で生活するのなら、誰でも知っている常識的な事である。知らない訳が無い。
―――それすらも知らないなんて……この少女は一体、どこから来たっていうんだ……?
ウィリアムの心の中でそんな疑問が生じる。常識知らずというのは偶に見かけるが、少女のそれは度が過ぎている。
推測ではあるが、真新しい衣服や質の良い新品の杖を手にしている事から、この少女はどこかの貴族の末子なのかもしれない。
と、ウィリアムは何んとなしにそう考えていた。しかし、その推測は外れであって、どうも毛色が違うみたいだ。
「でも、街が1つじゃないのなら……私はどこを目指せばいいんでしょうか? お師匠様は『困った時は街に行けば良い』としか言っていなかったし……」
目的地を見失った事で、少女は困り果てていた。自問自答をしては一人でぶつぶつと何かを呟いている。その様子を見兼ねて、ウィリアムは後頭部を掻いてどうしたものかと考える。
助け船を出してやりたいところだが、ウィリアムが口出しをして解決出来るとも、思えない。なので、ウィリアムは少女が答えを出すまで待ち続ける。そして―――
「よしっ、決めました! あの、この辺りで一番近い街の場所を教えてくれませんか?」
少女は決心し、ウィリアムに向けてそう言った。
「一番近い街って……えっと、そんな適当な感じの決め方で大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫です。考えてみたんですけど……お師匠様からは『街に行け』としか言われていないので、特に指定は無いんだと思います。だから、街ならどこでもいいです」
少女はそう言うが、何とも大雑把な回答だった。少女の師匠とやらも話に聞く限りでは適当な感じにも思えたが、弟子の少女も同じ様な感じがする。しかし、少女がそれでいいというのなら、ウィリアムとしてはそれに応えるだけである。
「それなら、この道を右方向に進んでいくと、俺が拠点にしている街があるんだが……そこでも良いのなら案内するけど」
「本当ですか。なら、それでお願いします。」
少女からの了承を得た事で、ウィリアムは案内するべく街にへと向けて歩き出す。
しかし、数歩だけ進んだところでその歩みを止める。ある事柄に思い当たり、ウィリアムは振り返って少女を見た。
「そういえば聞き忘れていたけど……君、名前は何ていうんだ?」
街までの間、少しの付き合いと言えども一緒に行動するのだ。一応、お互いの名前は知っておいた方がいい。ウィリアムはそう考えて少女に対して名前を尋ねた。
「私ですか? えっと……お師匠様からはイヴ、って呼ばれてました」
「イヴ―――か。俺はウィリアム。短い付き合いかもしれないが、よろしくな」
「ウィリアムさんですね。よろしくお願いします」
そうしてお互いに名前を伝え合ったので、ウィリアムは再び街に向かって歩き出す。その後ろを少女―――イヴは離れてしまわない様に付き従っていくのだった。
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