1章

第1話『街へと続く道中にて』



 ―――見渡す限りの大平原。辺りには静かな時が流れており、争いの痕跡も見受けられない長閑な世界。広大な平原をただ風が吹き渡り、柔らかな緑の草がそれに合わせて音もなく揺れている。


 そんな平原のど真ん中を断ち切る様に、一本の道が引かれている。この世界に生存する多数の種族の中の一つ、人間達が往来の為に長い年月を掛けて繋げた道だ。多少の曲り道はあったとしても、基本的には街と街を真っ直ぐに結ぶ街道である。


 そしてその長く伸びた街道をゆったりと、呑気に歩いている男がいた。男の名前はウィリアム。この道をずっと進んだ先にある辺境の街、そこを拠点とする中堅の冒険者である。


 腰に愛用しているショートソードを下げ、左手には丸盾が括り付けられている。そして上半身を防護する為の少し年季の入ったレザーアーマーを身に着けていた。


 傍から見ればあまり強そうにも思えない外見ではあるが、中堅者らしく装備自体はしっかりと整備されている。


 その装備とこれまで培ってきた経験が合わされば、戦いにおいては十分な働きをする事が出来る。


 強くもなければ、決して弱くもない。序列をつけるのであれば中の下。それが周りから見た、ウィリアムの冒険者としての評価であった。


「くぁ……」


 そんなウィリアムだが、彼は青く広がる空を見上げると、歩きながら大口を開けて気の抜けた欠伸をした。


 周りに人がいれば少しは遠慮をし、控え目にしたかもしれないが、彼の周りには誰一人としていなかった。だからこそ人目を気にせず、大っぴらにしてみせたのだった。


「ふぁあ……」


 そして一度したというのにも関わらず、間を置かぬ内にもう一度してしまう。特段眠いという訳ではなかったが、どういう訳か自然と出てしまう。とにかく気の抜けている証拠であった。


 歩き始めた最初の内はそうでも無かったのだが、依頼を終えて拠点に戻るまでの道中、ここまでウィリアムは休む事も無くずっと歩き通しだった。


 単純に疲れているというのもあるが、道中でこれといった事もなく順調に進み過ぎて如何せん退屈なのであった。


 だからこその気の緩みであった。普段なら周囲を警戒するぐらいには気は保っているのだが、良い天気だというのも相まって余計に緩んでいるのだった。


「まだ日も高いし……少し休憩でもしていくか……?」


 とはいえ、周囲には休憩出来そうな施設も、少しの間だけでも寛げそうな場所も無い。休むには危険だとも思えた。


 平原に直接寝転び、うたた寝をする事も出来なくはない。が、もしも野盗なんかに狙われたら対処は出来ないだろう。


「まぁ、仕方がないか」


 そうした理由もあって小休止を取るという計画は頓挫する。


「しかし、街との間に乗り合い馬車の一つでも通れば、もう少し楽が出来るんだけどな……」


 愚痴を零しつつも、ウィリアムは諦めて拠点までの道をひたすらに歩くのだった。


 そうしてしばらく進んでいくと、ウィリアムは最後の分かれ道の前にまでやってきた。この分かれ道を右にへと曲がって進めば、後は拠点にへと真っ直ぐに辿り着ける。


 あともう少しの辛抱だと思うと、ウィリアムは安堵の息を漏らした。早く拠点にへと戻ってゆっくりと休みたい。そんな気分であった。


 と、そこで彼はある事に気づいた。街道のど真ん中、分かれ道の分岐手前に誰かが立っている事を。


 これまでの道中では珍しく人と出くわす事も無かったが、ここに来て初めて自分以外の誰かの姿を目にしたのである。


 どんな相手なのかは背中を向けている為、顔を見る事は叶わない。しかし、背後からでも小柄な背丈である事と魔術師の様な装いをしている事をウィリアムは視認出来た。


 そしてその人物は分岐手前で立ち尽くしたまま、そこから動こうとする気配は一向に窺えなかった。



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