春風ひとつ、想いを揺らして

増田朋美

春風ひとつ、想いを揺らして

春風ひとつ、想いを揺らして

春が間近のその日、外はひどい雨だった。春になると、天気が矢鱈変わりやすいという現象が多いが、なぜか今年は、雨ばかり降って、おかしな日が続いている。そして、この長雨の中、二本だけで発疹熱が大流行し、終には、大物芸能人までが死亡したというから、みんな怖がって、外出を自粛したりとか、大勢の人が集まるのを遠慮したりとか、そういうことをして、対処しているのだった。

そういう訳で、多くの人が、家でテレビを見たり、動画サイトで投稿された動画を見たりしているのである。でも、時折やっている、報道番組では、みんな発疹熱のニュースばかりやっていたし、人気のあるテレビドラマも放送が禁止されるなどの措置がとられたため、テレビも面白くないとして、余計にストレスがたまる一方なのだった。一方で、ドメスティックバイオレンスとか、児童虐待が過去最多と報道されたこともあるが、それはきっと、こういう事と、無関係とは言い切れないのではないかと思われる専門家もいた。

蘭は、テレビを見るのがあまり好きではなかったが、天気予報だけは、見ておこうかなと思っていた。妻のアリスは、テレビをつけると、決まってやめようよと言っていたが、蘭は、天気予報だけだからと言って、テレビのスイッチを入れた。まだ、天気予報は始まっておらず、報道番組をやっていたが、

蘭は、それを見て、目の玉が飛び出すほど驚いてしまう。

「今日、発疹熱のため、若い女性が死亡したと、静岡県富士市の中央病院で記者会見がありました。病院の記者会見によりますと、死亡したのは富士市在住の無職、加藤菜摘さん、23歳とみられ、病院を訪れたときは、すでに重症であったようです、、、。」

そして、加藤菜摘という人の氏名と顔写真がテレビの画面一面に張り出される。

「何、加藤菜摘だって!」

蘭は、思わず声を上げた。

「どうしたのよ蘭。そんな声上げて、、、。」

アリスは、思わず驚いてそう蘭を止めたが、

「いや、ごめん。何だか見覚えのある顔の女性だと思ったら、僕の客に同姓同名の女が来たぞ!」

と、蘭は、急いで車いすを仕事場に動かして、顧客名簿を広げた。もう、テレビを消すのを忘れて、とアリスは、テレビを消して、蘭についていく。

「もう、蘭。かとうなつみという名前の女性は、きっと富士市内に何百人もいるはずよ。それに、蘭のところに来た加藤菜摘さんと、亡くなった加藤菜摘さんが、本当に同一人物なのか、わからないじゃないの!」

「いや、ここに、23歳と書いてある。住所は富士市永田町、中央病院のすぐ近くじゃないか。それに、顔も何となく覚えているよ。確か、背中に、観音様を入れてくれと言って頼みに来て、とりあえず、筋彫りまでは完成した筈だ。来月は色入れをしようと取り決めをしたはずだよ!」

と、蘭は、スマートフォンをとって、顧客名簿に書いてある、電話番号を回した。

「ダメだ、繋がらない。現在使われておりませんになってる。という事は、やっぱり亡くなったのは、あの加藤菜摘さんだよ。半端彫りで逝ってしまった客も少なくないが、こういう形で逝ってしまうのは、余りにも残酷だ。僕、ちょっとお線香をあげに行ってくるよ。すまないけど、留守番を頼むな。」

「はいはい、わかったわ。お客さんがそういう事になると、ほっとけないのが、蘭だもんね。そんなに、刺青師として、半端彫りは嫌なのかしらねエ。」

アリスがそういっている間に、蘭は、支度を済ませて、玄関から出て行ってしまった。直ぐにタクシーを呼び出し、永田町の加藤さんのお宅まで行ってくれと頼む。加藤さんのお宅はすぐにわかった。報道陣が山のように押しかけているからである。せめて、葬儀くらいそっとしておいてやればいいのになあと、蘭は思うのだが、報道陣というものは、そうではないようだ。

「すみません!」

と、タクシーを降りた蘭は、報道陣が詰めかけている玄関に突進した。報道陣が、加藤菜摘さんの

関係者かとか、発祥する前何をしていたのか、知っているかとか、色々詰問してきたけれど、蘭が、着物の袖をめくって、刺青を見せると、報道陣たちは身を引いてしまった。

とりあえず蘭は、インターフォンを押す。はい、どなたでしょうか、と中年の女性の声が聞こえる。たぶん家政婦のおばさんだ。本人から、家政婦のおばちゃんが、私の味方だと聞いたことがあったので。

「あの、僕、加藤菜摘さんと交流のありました、伊能蘭とです。生前の加藤さんの背中に観音様を施術した者ですが、、、。今日テレビで、菜摘さんが亡くなったのを知りまして。お線香でもあげさせてもらえないかと思いまして。」

と蘭が言うと、お入りくださいという声がして、玄関のドアがガラッと開いた。家政婦のおばさんが、蘭を中へ招き入れる。蘭が居間にはいると、真ん中に祭壇が置かれていて、加藤菜摘さんの遺影が、置かれていた。その前に、小さくなって、加藤菜摘さんの母親である、加藤優菜さんが座っていた。

「この度は、本当にご愁傷さまで、、、。」

蘭は、車いすに乗ったまま、頭を下げる。

「ええ、本当に来ていただいて有難うございました。菜摘は、何でも話を聞いてくれる人がいると、喜んでおりました。」

と、優菜さんは、涙をポロンとこぼした。

「いえいえ、僕も菜摘さんに来ていただいて、嬉しかったです。お線香でもあげさせてください。」

蘭はそう言って、優菜さんからチャカマンを受け取り、ろうそくに火をつけた。そして、線香に火をつけ、灰に差し込み、小径を鳴らした。

「まだ、実感がわきません。菜摘がいなくなってしまったなんて。」

優菜さんはそういうことを言っている。

「そうですよね、僕も、テレビで知って、おどろいてしまいましたよ。一週間前に筋彫りを完成させたときは、とても喜んでいて、次の色入れを楽しみにしているとにこやかに言っていたのを記録しています。そんな菜摘さんが、どうして、逝ってしまわれたのか、僕も信じられません。こういう事を聞くのは、失礼かも知れないんですけど、いったいどういう経緯で亡くなられたのでしょうか?」

と、蘭は、優菜さんに聞いた。優菜さんが、ええ、と、涙をこぼしながら、話そうか話すまいか迷っているような顔をすると同時に、家政婦のおばさんが、

「影浦先生がお見えです。」

と、優菜さんに言った。影浦先生?と優菜さんが聞き返すと、ええ、お嬢様が、生前影浦医院に通われていたそうです、と、家政婦のおばさんは答える。蘭は、もう帰ろうかと身構えるが、歩ける影浦先生は、もう、おばさんと一緒に、居間に入ってしまっていた。

「ああ、蘭さんが来ていらしたんですか。そう言えば彼女、自傷行為と引き換えに、背中に彫ってもらったと嬉しそうに話していました。僕も今日の報道で彼女がなくなったことを知って、急いでこちらに来させてもらったわけでして。」

影浦がいうと、優菜さんは、申し訳ありませんと、また座礼した。

「いいえ、お子さんを亡くされたんですから、そんなに気を使わなくても結構です。」

影浦は、線香に火をつけて、灰に差し込み、小径を鳴らして合掌した。

「すみません。着替える暇もなくて、とりあえず、黒紋付の羽織だけの略喪装ですが、お許しください。」

影浦の着物は、薄紫に、細かい麻の葉柄だった。それに、黒の紋付羽織を着ている。蘭は、自分もこうしなければならなかったなと、一寸恥ずかしく思った。

「医者として、彼女を助けられなかったことを、謹んでお詫びいたします。申し訳ありませんでした。」

「いいえ、先生は、菜摘に一生懸命尽くしてくださいました。本当に、こちらからお礼をしなければなりません。」

優菜さんはそういうことを言っている。蘭は、医者というのは、こういう時には、得をするのだなと、ちょっと嫌な顔をした。自分だって、菜摘さんの寂しさや、悲しみを聞いてあげたはずなのにな。

そのまま、影浦先生は、優菜さんと三十分ほど話をした。菜摘さんが、高校の先生に叱られて、そのまま不登校になってしまった事とか、影浦先生にはさんざんお世話になったのに、申し訳ないとか、そういうことを話していた。蘭は、菜摘さんが不登校になったのは、家族が菜摘さんに無理解だったと本人から聞いたといいたかったが、それは、出来なかった。結局、蘭は、影浦と一緒に帰ることになったのである。

家政婦のおばさんにお礼を言われて、二人は、加藤家の玄関先を出て行った。怒涛のように、報道陣たちが押しかけてきた。でも、みんな、菜摘さんがどのようにして感染したのかとか、どのような経緯で死亡したのかとか、そういうくだらないことばっかり聞きたがるのだ。影浦も、蘭も、そんな事に答えている暇はないといった。それでも報道陣はしつこいので、蘭は、影浦と一緒に、タクシーに乗って帰ることにした。そうなると遠回りになってしまうのだが、今回は、影浦に従うしかなかった。

とりあえず、ハチの巣にやってくるスズメバチみたいな報道陣をかき分けて、蘭と影浦はタクシーに乗り込み、報道陣から逃げることに成功した。運転手が考慮して、大通りに出るのはやめようと、提案してくれたため、偉く時間のかかるドライブになった。

「どうもおかしいですね。」

と、影浦が、タクシーの中で、そうつぶやいた。

「おかしいって何がですか?」

「ええ、今確かに、発疹熱が流行しています。其れは確かです。しかしですね、重症化したのは、基本的に、高齢者とか、そういう人ばかりなんですよ。確かに東京都内では、20代の方も感染したと聞きましたが、彼らはさほど重症化せず、回復していると聞きましたけどね。」

影浦は医者らしくそういうことを言った。

「其れは、本当なんですか?」

「ええ、確かに、特効薬がないので、皆怖がっているんでしょうけど、重症化するのは、本当に一部の人だけなんですよ。そこをもうちょっと、詳しく報道してくれればいいんですけどね。全く報道陣というのは、しつこいものですね。確かに、加藤菜摘さんは、僕の患者でした。学校を中退したとかで、よく来院されてました。まあ、彼女が、自分がどういう状態なのか、はっきりさせたいといいますので、僕は、軽い統合失調症と診断を下しましたよ。確かに彼女は、幻聴のような症状はありましたが、つじつまが合わないことを信じ込むとか、そういう症状はありませんでしたね。でも、体の方に異常があったわけでもありませんし、重症化する確率は極めて少ないはずなんですけどね。」

蘭がそういうと影浦はそう答えた。そう言われてみればおかしいことだ。蘭も、新聞で発疹熱で亡くなった方の氏名を見たことがあるが、みんな80歳とか、90歳の人ばかりだ。あの、大物芸能人だって、80代である。そうなると確かにおかしい。

「影浦先生、かかると、急激に重症化するものなんでしょうか?」

と、蘭は聞いてみた。

「いいえ、高齢者でなければ、その可能性はありませんよ。」

と、影浦は答える。

「じゃあ、菜摘さんは、どうしてですかね。単に不幸が重なったとでもいうんですか?」

蘭が聞くと、

「ええ、普通はそういう事で片付けてしまうのかも知れませんが、僕は違うと思いますね。一つは、菜摘さんが、罹患しても死亡するような年齢ではないこと、そしてもう一つは、菜摘さんが、社会的に不利な立場だったこと。これを考えると、若しかしたら、菜摘さんが亡くなられたのは、理由があったのではないかなと思うのですよね。」

と、影浦は、何だか推理作家みたいなことを言った。

「理由ですか、、、。」

蘭も、具体的には言えないが、そんな事があると思ってしまう。施術をしている間、おしゃべりをしているお客さんは多い。と、言うのは、手彫りというのは痛いので、それを和らげるために、自分の生い立ちなどを語る人が多いのだ。刺青を入れに来るお客さんは、みんな、不幸な人生を歩んできた人ばかりだ。それが、刺青を入れる痛みと重なるのだろうか。蘭は、そういうお客さんに、思いっきり語っても良いことにしている。というのは、刺青を入れてしまうと、二度とそれまでの自分に戻ることはないからである。

「確かに、僕も彼女から話を聞きました。彼女は、将来の不安というモノが大きかったようです。今現在、家族に食べさせてもらっているが、将来は一人で生きていかなければならない、そこが不安だとよくしゃべっておられました。それできっと、神仏が守ってくれると思いたくて、背中に観音様を彫るようにと言ったんだと思いますが、、、。」

「ええ、それは分かりますよ。心が病むと、長期戦になってしまいますからね。それに、癌は取れば治りますが、心の病気というのは、病巣を取れば治るという事でもありません。それを解決するために、神仏に頼る人も多いですよね。それに、リストカットなどの自傷行為をやめるために、刺青をする人も少なくありませんので、僕もよくわかりますよ。少なくとも、蘭さんのお宅へ通っていたというのなら、彼女なりに、なんとかしようと思っていたという事ですからね。」

蘭と影浦は、顔を見合わせた。

「影浦先生。ちょっと、僕たちで、調べてみる必要がありそうですね。これはきっと、たまたまかかってしまったという事ではないような気がします。」

蘭が、影浦にそう言うと、影浦も、そうですね、と頷いた。そうしているうちに、蘭の家の前でタクシーがとまった。よかったですね、蘭さん、報道陣は、ここまで追いかけて来ませんでしたよ、と影浦に、言われながら、蘭は、タクシーを降りた。

数日後、蘭は、暫くほかの客の相手をするのが忙しくて、なかなか富士の永田町を訪れることができなかったが、ある日、市役所に提出する書類があって、タクシーで永田町に行った。ついでに、加藤菜摘の家の前を通ってみてくれとお願いする。また報道陣に捕まったら嫌だなあと運転手は嫌な顔をするが、蘭は、金は払うからお願いだと言った。しかたなく、運転手は、そこを通ってくれた。

「あ、あれ、、、?」

加藤菜摘の家は誰かに売却されたのだろうか、家ではなく、食べ物屋になっている。庭にはテーブルが置かれていて、何人かの男女が、お食事を楽しんでいた。

「どうしてこんな風に、、、?」

と、蘭は思った。娘を亡くしたのなら、こんな急速に家を売りに出してしまうのだろうか?確かに、事件を忘れたいというのは分かるが、それにしても早すぎるのだ。蘭は、影浦のスマートフォンに、加藤菜摘さんの家が、食べ物屋になっていると電話すると、影浦もそれは知っていたようで、すぐ蘭の話に同意した。

「わかりました。もしかしたら、家政婦のおばさんであれば話を聞けるかも知れません。生前、菜摘さんは、映莉子さんという名前の方だと言っていました。ちょっと家政婦斡旋所に、映莉子さんという名前の家政婦がいるかどうか、聞いてみます。」

と、影浦はそういっている。多分、影浦の診察を受けた時に、家政婦のおばさんの事を、話していたのだろう。

「お客さん、もう行ってもいいですか。待ち賃、すごいかかっているんで。」

と、運転手に言われて、蘭は、は、はい、と直ぐに言って、電話を切った。


次の日、蘭は、影浦の診察が終了した時間に、影浦医院に行ってみた。影浦は、ちょうど、最後の患者さんを送り出したところだった。

「ああ、蘭さん。加藤菜摘さんの家で働いていた、家政婦さんの名前がわかりました。杉原映莉子さんです。彼女にお会いして、菜摘さんがなくなられた時の状況も、聞くことができました。なんでも、菜摘さんは、何度もお母様に体がだるいとか、熱があるとかそういう事を訴えていたそうなんです。それを、おかあさんの加藤優菜さんは、単なる風邪だと勘違いしたという事がわかりました。」

と、影浦は、椅子に座りながら言った。やっぱり医者だ。そういうことは、直ぐに、聞き取ることはできるようである。

「で、加藤菜摘さんのお母さんは今どこに?」

「其れが、菜摘さんの葬儀が終わった後、自宅を売却して、出て行ったと映莉子さんに聞きました。

映莉子さんは、長年働いてくれたお礼金をもらったそうですが、ちょっと物足りないというか、変だなと思ったそうです。若しかしたら、実家にでも行かれたんでしょうかね。」

と、影浦はそう言った。

「勘違いですか、娘さんの事を愛しているのであれば、そんな勘違いはしないで、直感的に娘さんの危機だとわかるはずですよね。うちの妻がね、産婆の仕事をしているんですが、息子とか娘が生まれたときは、とても感動的だと言っているんですよ。そういう存在ですから、娘さんの事を心配しようとか、そう思うんじゃないかな。」

と、蘭はそういうが、影浦は、腕組みをした。

「ウーンそうですね。でも愛しているからこそ、おかしくなることもありますよ。愛しているからこそ、娘をこの世では生かしていけない、と思ってしまうこともあるんです。それで、娘や息子を殺すしかない、と思ってしまう親もたまに居ます。娘や息子の方は、親がそうすればそうするほど、親と敵対意識を持ってしまうというか。第三者が介入しなければ、子どもの心の病は治せない、というのが、僕たちの結論でしてね。家族だけで何とかしようというのは、一番いけないんですよ。」

「そうなんですか、、、?」

蘭が聞くと、

「ええ、そうなんです。家族と言いますのは、そういう事に陥ると、変なところに行ってしまうんですよね。なぜかは分からないですけどね。僕たちも知っている通り、加藤菜摘さんは、学校に行けなくなって、精神を病んでしまわれた。そうなるとね、親は一度や二度は思うんですよ。娘に死んでくれって。」

と、影浦は淡々と答えた。

「そういうもんなんですか?」

蘭はもう一回聞くと、

「ええ、だから、菜摘さんが亡くなったのも、たぶん、発疹熱に罹患したのは偶然だったかも知れませんが、それを風邪と勘違いしたのではなくて、わざと放置したんだと思います。そうすれば、死因は発疹熱という事になるから、犯罪には当たらない。そういう事魂胆だったんだと思いますね。」

と、影浦は答えた。

「しかし、其れは、立派な悪事という事になるのでは?」

「そうでしょうか。」

影浦は、ふっとため息をつく。

「僕は、どちらが悪いのか、踏ん切りがつかなくなる事もあるんですよ。どちらが、可哀そうなのかなって。誰かに、相談するか、何か支援を求めるとか、そういうことをしてくれればと思うんですが、そうもいかないのかな。」

「ちょっと待ってくれ!それなら、親として、何をしているかってことになるよな!最悪の事態になるまで、放置しておくなんて!しかも、罪にならないとは、、、。」

蘭は思わず、声を荒げた。

「いいえ、そういう事になっちゃうんですよ。人間ってのは、そういうモノです。」

影浦は、遠くを眺めるような目つきでそう言って、ふっと溜息をついた。

「でも、影浦先生。僕は、やっぱり、彼女は許されないことをしたのではないかと思います。菜摘さんには、なんの罪もないわけですし。菜摘さんは、生きていてはいけない存在だったわけではないでしょう。それを、死なせるというのは、ヤッパリいけないと思う。だから、僕はやっぱり、菜摘さんのおかあさんに、つぐなってほしいと思うのですが、、、。」

「そうですね。確かに倫理的に言ったらそういうことになりますが、人間は、倫理通りには、行かないものですよね。行けないという事は分かっていても、やってしまうという事は、有るんだと思いますよ。」

「僕は、菜摘さんのおかあさんに会って、話をつけてきたい!」

と蘭は言った。

「僕も行きましょうか。」

と、影浦も電話をとった。影浦が電話をかけているのを眺めながら、蘭は、菜摘さんと優菜さんの想いはなぜ伝わらなかったのか、大きなため息をついた。あの二人の想いを、春風は運んで行ってくれなかったのだろうか。



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春風ひとつ、想いを揺らして 増田朋美 @masubuchi4996

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