14章 村人Aは教国を吹っ飛ばす

1:帝国侵攻

「兵ってなんだ? 教兵ってことはないから、それ以外? どこの兵だ?」

「お母様の軍よ!」


 兵が侵攻してきたという一報にエリザベートは歓声を上げた。


「お母様?」

「帝国軍です!」


 教兵が俺の問いに答えた。いつの間にか俺たちは教団にとって敵じゃなくなっているらしい。まあ、女神が神託でもしたんだろうと思っておく。


「お母様って王妃か? なんで帝国軍が?」

「エリザベートの母は帝国の王族だ」


 ローネが短く説明し、俺はため息をつく。貴族とか王族ってこういうのが当たり前なんだろうなと。


「ああ、政略結婚的な感じ?」

「そうだ。この教会は帝国の領土にある特別な地域だからな。王国としても教会と帝国の双方に繋がりが欲しかったのだ」

「なるほど」

「しかし、帝国の力は想像以上だった。次第に王妃の力が国王をしのぐようになり」

「それで、ローネの立場が邪魔になって政略結婚の道具にされるようになったってわけか」

「そういうことだ」

「ジェイくん、すごいねー。わかったんだー」

「ジェイト、実は貴族?」


 うんざりするような貴族・王族の関係も、こいつらにかかればただの難しい話だ。が、いちいち相手をしていたら話が進まない。って言うか、状況がそんな悠長なものじゃない。


「で、帝国軍がここに来たと。なんで?」

「お母様が私を助けに来たのよ! 私に刃向かう者どもを血祭りに上げに!」


 エリザベートがはしゃいだ声を上げる。こうやってると内容以外は無邪気な子供みたいなもんだけどな。


「それだけは絶対にない」


 ローネが妹のかすかな希望を木っ端微塵に砕いた。


「お姉さま、どうして私をいじめるの?」

「どの口が言うわけ?」


 ローネの声音が今まで聞いたことのない冷たさになっていた。


「ひ……」


 エリザベートが喉の奥で引きつった音を漏らす。今のローネにメディアが入ってるわけじゃない。これがローネの本気で怒った顔だ。うん、怒らせないようにしよう。


「姉妹ケンカはそこまでにして――」

「ジェイト、これはケンカじゃないの」


 ローネを怒らせないと誓った3秒後に誓いを破ってしまった。


「ジェイくん、他人のケンカに口を出したらダメなんだよー」

「ジェイト、犬も食わない」


 なんかいろいろ突っ込みたいが、それどころじゃないって言ってるだろ、状況が!


「そこの教兵とレジスタンス、ボケッとしてないで状況の確認と報告」

「レジスタンス!? 反乱軍か!」

「もう反乱終わったし」

「そうなのか!?」

「エリザベートはこのざまだし」

「報告は、だ、誰に?」

「誰ってローネしかいねーだろ。女神がご指名なんだし」

「は! そうでありました!」


 教兵は急に生き生きとしてローネに報告を始める。まあ、自分たちが崇める女神に直接口がきけるようなもんだし、うれしいんだろうな。

 さて、俺の目的も達したし、さっさと逃げるかーと思ったけど、肝心のローネは教祖様みたいになってしまって、動けない。どうしよう?


「ダーリン、これからどうするの?」


 ローネがメディアモードになって尋ねてきた。いや、こっちが訊きたいんだが。


「まさか、この女神と行動を共にするなどと言うまいな?」

「言っておくが、面倒しか生まないぞ」


 魔王と勇者がファミとセイルの顔で声音を変えて突っ込んでくる。俺の周りは二重人格ばっかりなのか?


「それは後で考える。それより報告はどうだったんだ?」

「えっとねー、帝国軍10万が進行中だってー」

「そうか。大変だな……って、10万!?」

「10万と聞いた」

「娘の危機とはいえ多すぎるだろ」

「娘の危機で派兵するわけはない。だいたい、娘の危機はついさっきだ。大軍を動かすには早すぎる」


 ローネの冷静な指摘にうなずく。


「じゃあ、その前から動かしてたってことか」

「私を助けに……」

「来たわけないでしょう」


 エリザベートのワラにもすがるような問いを、ローネは冷たく切って捨てた。容赦ない。仕方ないけどな。


「帝国は自国領にある教国を手に入れる機会を探っていたんでしょう。そこにちょうど反乱っていう絶好の名目ができた。自国民を含む信徒を守るって大義で聖地を占領し、なし崩しで自国領にするつもりよ」

「ローネちゃんが難しいこと言ってるー。すごいね!」

「ローネはファミとは違う」

「えー、じゃあ、セイルちゃんはわかってるの?」

「もちろん」

「あ、オレは全然わからんぞ」


 セイルの後に続けて勇者が胸を張って言う。威張るところじゃない。

 しかし、どうしたもんだろ? このまま放置しておくと、帝国兵が教会本部だけじゃなくて街にも雪崩れ込んでくるんだよな。民間人に手を出さなきゃいいんだけど。


「女神よ、我らに死ねとご命令を。聖地を死守致します!」


 ずっと膝をついたままだった教兵が勇ましいことを言う。さらにレジスタンスのゴウトとレンディンまで畏まった声を上げる。


「我々も命を惜しむものではありません」

「ああイヤだイヤだ。どうしてこう皆死ぬ死ぬって言うのかしらね」


 ローネ、いや、メディアのうんざりした声。


「私はダーリンとしっぽりと過ごしたいだけなのに」


 そう言いながら、俺に寄ってくると、人差し指でつつつっと二の腕を滑らせる。何だか可愛いぞ。ローネの姿だからなのか、それとも女神がなんか力を使っているのか。


「あたしもすっぽりするー!」

「しっぽりしたい」


 ファミは指で俺の腕をこすり始め、セイルは俺に遠慮がちにもたれかかる。どう考えてもファミだけ間違っているが、間違いを正すと面倒なことになるので放置。


「で、どうするんだよ? あんたの信者だろ?」

「う~ん、しっぽりしたいのに……」


 メディアがすっぽりしているファミを見る。


「ねえ、魔王? すっぽりしてる暇があるなら何とかしなさいよ」

「なぜ我がそのようなことをする義理がある?」

「このままじゃ帝国が攻め込んでくるよ。あんたならなんとか出来るでしょう?」


 ファミこと魔王はすっぽりしながらため息をついた。魔王の中身ですっぽりし続けるんじゃない。


「はあ……。仕方あるまい」


 ファミはようやくすっぽりをやめて、すっくと立ち上がると、部屋の奥に向かって腕を真っ直ぐに伸ばした。


「魔王城、起動せよ!」

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わたし魔王の生まれ変わりなの、と幼馴染みは言った。 神代創 @sowkami

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