August 願いをさえずる鳥の歌

夏休みに入り1週間。宿題もそこそこにクーラーのかかったリビングで1人本を読んでいた。マ マは朝から仕事に行っており,4時を過ぎないと帰ってこない。聞こえるのは,エアコンの音と ページをめくる音,鳥の声。まだ時計は10時を指したばかりなので,外からは誰かが遊んでいる声が微かに聞こえるものの,遊びに行こうとは思えなかった。遊ぶのは嫌いではない。ただ夏 の暑さとたくさんの人が苦手なのだ。わたしが遊びにも行けるように,氷入りのお茶が入った水筒にお弁当,お気に入りの麦わら帽子を置いてくれている。だけどたぶん,お弁当はおうちで食 べるし麦わら帽子も被らない。それなら図書室で借りてみた面白そうな本を読んでいようと思う のだ。ほんのちょっと寂しいし遊びたいけど,苦手なものは仕方が無い。ペラペラと読み進めて いたとき,突然インターホンがなった。


「はーい。」


  知らない人なら静かに無視しようと背伸びをしてインターホンの画面を見上げる。しかしそこ に写っていたのはゆーくんだった。


「ゆうやでーす。なーちゃんいますかー?」


  インターホンからいつもとはちょっと違う声が聞こえる。パタパタと玄関に走り扉を開ければ,暑い日向に満面の笑みを浮かべて立っていた。汗がほっぺたをつたって落ちている。


「あーそぼ!」


「お外で遊ぶん?それやったらなーいやや。」


  暑い中遊ぶことを想像してほんの少しだけ嫌な気分になる。


「そうなん?じゃあうちに来てゲームする?新しいの買ってん。」


うちの家にはゲームがない。わたしもあまり得意ではないし,ママもパパも本を買ってくれる。でも,ゲームをすることは好きだった。


「でも,ゆーくんのママ怒らへん?今日は約束してなかったし。」


「大丈夫やって。お母さん,なーちゃん一人やったらお昼一緒に食べようかって言うてたからな!」


「じゃあ行く。ちょっと待っとって。」


  急いでいつもお出かけの時に使う手提げかばんにお弁当を入れて,クーラーのリモコンの止まるボタンをおす。水筒を首に引っ掛け,帽子をかぶってもう一度お外に出るとお日様は容赦なくわ たしを照らしてきた。

 扉は胸にかかる鍵でがしゃんとしめる


「準備おっけー!」


  15分ほど歩いてゆーくんの家についた。おじゃましますといつものように声をかけるとゆーく んのママはにっこり笑って,いらっしゃいと言ってくれた。


「それでなに買うたん?」


わたしがそう話しかけると,たくさんのゲームがしまわれた棚を漁っていたゆーくんがこちらを向く。


「これ!」


  その手に持っていたのは,最近新しいものがでたといっていた格闘ゲームだった。慣れた手つ きでディスクを機械に入れると,わたしがいつも使っているピンクのコントローラーを渡され た。

  わたしは得意ではないからたくさん負けるけど,何度も何度もやった。お昼ご飯もゆーくんと ゆーくんのママと食べたから,いつもおいしいお弁当がもっとおいしかった。

 食べた後も,ゆーくんはずっと同じゲームに付き合ってくれた。わたしもちょっとだけ勝てるようになった。


「明日も一人なん?」


何十回目の試合が終わった後,そう聞かれた。


「うん。でも明日は図書館行こう思ってる。」


「じゃあ,悠陽も行ってきたら?夏休みくらい本読みいな。」


後ろで,お茶を飲みながらゲームを見てたゆーくんのママは,いいことを思いついたような感じで話しかけてきた。


「やったら,明日も同じくらいに迎えに行くな。」


  そう言いながら,ゆーくんは次の試合のスタートボタンを押した。







  ゲームに夢中になっていると,ゆーくんのママの声がした。


「もう4時やけど。大丈夫なん?」



わたしは慌てて帰る準備をして,ゆーくんの家を出る。きちんとおじゃましましたといったはず なので大丈夫だと思う。軽くなった水筒をかけ直すと,後ろから声がした。振り向いてみれば窓 からゆーくんが顔を出している。


「また明日な!バイバイ!」


コクリとうなずき,手を振る。まだお外は暑いが朝ほど嫌な気分ではなかった。明日の予定があることが嬉しくて,走り出す。ママももうすぐ帰ってくる頃だ。 遠くの方でほーほけきょと鳥の声がした。



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