June 間違いなく君だったよ

 もうすぐ梅雨に入るのだろうこの頃。気温も上がり夏に近づいた空は明るく澄んでいた。子守唄のような先生の声をBGMに時間だけが過ぎていく。示す時間は午後0時。カツカツと描かれる文字列を眺めながら,今日も私は存在している。


 お昼休みのチャイムがなり,子守唄から解放された生徒たちは少しずつ少しずつ賑やかになる。各々にお気に入りの場所でお気に入りの人と昼食を取るため教室から人が減っていく様子を眺めながら,1人お弁当と図書室で借りた本を取り出す。換気のために開けられた窓から少し湿った暖かい風が流れ込み,カーテンを揺らした。目の前の自作の彩りがいいわけではないお弁当と古く少し黄ばんだ本。

少し遠くから聞こえる様々な声。なぜか,周りに薄いガラスが張ってあるような気がした。


 こんなことは毎年のことだ。そうわかっているから,解決法だって知っている。そのガラスを壊す方法を私は知っているのだ。

 でも,私はそれを試したことはない。いつのまにか溶けてなくなってくれることを中で待っているだけ。もしくは,外から叩き割ってくれるのを待っている。

 そんなぐるぐるする思考を見ないふりして,頭を振った。


 時間は必ず進んでくれる。時間に縛られた学校生活は特に問題もなく進んでいく。それが私には心地良かった。


 全ての授業が終わり,放課後となった学校はまた騒がしさを取り戻していた。部活の掛け声に,楽器の音,忙しない足音。様々な音に紛れて,読み終わった本を返しに図書室へと向かう。顔見知りとなった司書の先生に会釈し目的を果たした私は,引き込まれるように本棚へと歩いた。

 そこでふと目に入ったのは幼いときから気に入っている児童文学だった。私は無意識のうちに手に取りパラパラとめくる。そのまま,カウンターへと持って行き借りてしまった。


 本を抱きながら帰り道を歩いていたとき,なんとなく途中の公園で足を止めた。家からほど近いその公園は幼いときからのお気に入りスポットだ。屋根のついたベンチに座り本を読み始める。日は長くなっており,本が読める明るさを提供してくれる。時間も気にせずにページをめくり続けた。

 物語も終盤に差し掛かったそのとき,人の気配を感じた。少し顔を上げると,目の前に見知った顔が見える。


 「何してんの?もう暗なるけど。」


 そう声をかけられたとき,公園の入り口に4、5人の同じ制服を着た生徒が見えた。女の子も男の子もいる。誰かを待っている様子を見せる彼らはこっちを見ている。目の前の人物を待っていることは明白だ。


 「本読んでた。もうちょっとやし,すぐ帰るな。ありがとう。」


 私はあの中に入っていく勇気などなかった。そんな勇気があったならきっともう少し世界が変わっていただろう。


 「そう。わかった。またな!」


 心配そうな声色ながらも笑顔で去っていく様子を見て,選択は正しかったなと思った。小さく手を振り返し見送る。彼らはそのままわいわいと話しながら行ってしまった。


 そのあとも本のページをめくっていった。全てから目を背けるためにただひたすらに本の中へと逃げていく。するとまた,人の気配がした。


 「ほら,まだ読んでる。言うたやん。」


 砂を踏みしめる音が近くで止まる。


 「何読んでるん?」


 声と一緒に本に影が落ちた。


 「『雪の女王』? よう読んでへん?」


 「帰ったんちゃうの。」


 質問には答えない。本に目を落としながらに聞いてみた。


 「また行方不明騒ぎになったら困るし,俺来んかったらまだいたつもりやろ?」


 顔を上げる。顔は見ていなかったけど,予想は当たっていたようだ。


 「うん。わかった。帰ろ。悠陽ゆうや。」


 席を立つ。日は沈みかけていた。


 「もし私ちゃうかったらどうしてたん?」


 「えー。間違えへんって。何年一緒にいると思ってんねん。というより,そっちもやん。俺の顔見てへんかったやろ?」


 「確かに,そうやな。」


 そうだ,いつだって迎えに来てくれるのは間違いなく君なのだ。ずっと前から。間違えるはずもないほどずっと見つけてもらってきたのだ。


 「いつもありがとう。」


 そう言えば,「当たり前やろ」と笑顔でかえってきた。


 

 


 



 

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