May 午前三時の小さな冒険

 すぅーっと何かから離れるような感覚がする。そして目の前に広がったのは,黒。

 そう,黒。ぼーっとする頭を少しずつ動かせば,目が慣れてきたらしく,ぼんやりと見える天井から自分の部屋であることがわかった。

 次に,カチ,カチ,カチ,カチ,と規則的になる音を辿り壁に目を向けると,そこではまあるいお皿に長さの違う棒がおやつの時間を指し示している。しかし,おやつの時間は明るい昼間であって,こんな黒に包まれた時間ではなかったはずだ。


 たどり着く答えはただ一つ。今は三時は三時でも,丑三つ時とも呼ばれる真夜中の午前三時だということだ。


 ということは,まだまだ人間は眠りについていて良い時間。草木も眠ってるなら人も寝てていいはず。と,目を瞑るがなかなか寝付けない。また音のなる方を向くが棒は少ししか進んでいない。


 「寝れへん」


 そう一言呟いて目を開く。

 明日が特に楽しみなわけでもないし,おそらくいつもと同じように学校に行くのだろうが,起きる時間には早すぎる。いや、もう今日か。

 いつもより不気味に見える部屋の中はまるでお化けでも出そうな雰囲気だ。

 年齢の割に早く寝る人間だからなのか,こんな時間に起きているのは初めてかも知れない。カーテンの隙間から見える空は,太陽ではなく星が輝いている。


 物音を立てないようそっとベットから降り,部屋に一つしかない小さな窓へ向かう。カーテンを開ければ,空には星が,少し下にはマンションの,外灯の,看板の灯りが明るく光っている。

 

 『夜ってさ,綺麗やねん。』


 そんな声がふっと頭をよぎった。

 いつだっただろうか。どこからどうやってその話に行き着いたのかなんて覚えていない。ただ,“昼と夜どっちが好きか”という話をしたのだ。

 

 『私はな,夜が好き。いつもと違うのって楽しない? なんか,冒険してるみたいで。』


 そんなことを言っていた。確かにそうかもしれないななんて柄にもないことを思った自分に少し笑ってしまう。

 いつもと同じ場所から同じものを見ているはずなのに,全く違うように見える目の前の景色は綺麗と形容するしかない。

 眠れない街は明るくて,見えない星の光のように自分が消えてしまいそうな気さえした。


 『夜は綺麗やねん。知らんけど。なんか,私が消えちゃいそうなくらい綺麗やねん。』


あのときは分からなかったけど,今ならわかったような気がする。光と美しさの前に,自分が消えてしまいそうなその感覚が。

 

 窓を開けると,少し冷たい柔らかな風が頬を撫でる。気がつくと棒は半分以上進んでいた。音をたてぬようそっと窓を閉めベットへと潜る。

 

 ほんの少しだけ残っていた自分の体温が体を包み,「おやすみ」と呟いた音は黒に溶けていった。


 誰も知らない,ほんの数十分の小さな小さな冒険は,優しく誘う睡魔によって幕を下ろした。

 

 


 



 

 

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