きみの物語になりたい〜同題異話SR2020〜

Siren

April 春風ひとつ,想いを揺らして

真新しい制服,真新しいローファー。

高校一年生となった私は,1人学校への道を歩いていた。

近くの公園の桜はいつもなら綺麗に咲く頃だが,先週から続いた雨で半分以上散ってしまっている。

少し寂しくなった細い道は,人通りも少なく私の足音しか聞こえない。


遠くから別の足音が聞こえてきた。

軽くて跳ねるような足音が近づいてくる。

横を通り過ぎたのは小さな子たちだった。

2人とも小さな制服に小さな水筒と鞄を引っ掛けて,しっかりと手を繋いで走っていく。

少し先の交差点には黄色いバスが待っていた。

2人の顔は,晴れやかな笑顔だった。


そんな2人に追い抜かされてまた1人となった私はまたゆっくりと歩いていく。

聞こえてくるのは重く響くローファーの音。


『ゆーくん,はよはよ!』

『なーちゃんがはやいんや!まってえな。』


そんな言葉をかけながら走ったのはもうずいぶん前の記憶だ。

いつの間にか話す内容も,呼び名も,距離感も,変わってしまっていた。

何回も何回も同じ春を迎えているはずなのに,ほんの少しずつ変わっていく。

私が袖を通す制服が変わったように,去年は咲いていた桜が今年は散っているように。


変わることは当たり前のはずで毎年繰り返しているはずなのに,やっぱり不安で怖くて仕方がない。

だからこんなことを考えてしまうのだろう。


戻ることはできない。

後ろには道はないはずなのに,どうしてもその景色は目の前の景色より鮮やかに見えて,

手を伸ばしたくなる。

前に進める足がだんだんと重く感じる。


また足音が近づいてくる。

だんだんと近づいて早くなる足音に思わず振り向いた。

そこには,私が心のどこかで求めていた人が変わらない笑顔で立っていた。


「待っててって言ったやん。」

「遅かったし。」


私は笑えているだろうか。

あの時と同じ笑顔を見せれているだろうか。


「同じ場所行くんやし,ちょっとくらい待っとってくれたってええやん。」


そう言って当たり前のように隣へと並んでくる。


「それで,このスピードで行ったら遅刻決定やけど。」


示された腕時計には,ここから早歩きしてギリギリ着くという時間が映る。


地面を蹴り出す。

少し固いローファーは先ほどまでとはうって変わって軽い音をたてて私を前へと運んでいく。


「ゆーくん,はよはよ!遅れんで!」


少し声を張って言ってみた。


「その呼び方久しぶりやな。走らんでも間に合うと思うけどなあ,なーちゃん。」


声と一緒に同じような足音が後ろから聞こえる。

まるで,あの日みたいだ。

後ろの鮮やかな風景が流れていく。

いつの間にか落ちきっていた思考は止まっていた。


「私よりはやなってる!」

「当たり前やんな。」


やっぱりほんの少し変わっている。

手も繋いでいないし,追いかけているのは私だ。

でも後ろを振り向きたいとは思わなかった。

柔らかな風が背中を押した。

校門はもうすぐそこだ。













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