タイトル未定

@neuron2718

第1話 異変

少女はひとりでそこに住んでいた。

そこ、というのは、彼女のように若く活発な女の子が住むための十分な広さの家があり、彼女の心をときめかせる様な可愛らしい洋服があり、楽しい遊び場があり、そして美味しいご飯があり、転んで擦りむいたときに傷を治す薬があるような場所のこと。

つまり彼女にとって何も不自由のない「島」だった-その島には彼女1人だけが住んでいた。

(私以外の「人」は何処にいるのかしら?そもそも私以外に人なんているのかな?)

他者の存在を全く確かめられないようなその島で、彼女は確かな孤独感を感じていた。それはつまり、以前には彼女には家族がいて、 他愛もない話を一緒にする友人がいて、時には喧嘩をしたり、笑い合ったりをしていただろうという想像が、言葉としてではなく直感として彼女の中に湧いていたからだった。そうは言っても、彼女は島での自由な生活を楽しんでいたし、どうしようもないセンチメンタルな気分に浸る時間というのは、たまたまあるかないかだった。ししおどしに少しづつ溜まった水が解き放たれるそのときにだけ、彼女は孤独に対して少しの涙を流した。

島は全面を海に囲まれていた。彼女は何度か島から出ようと試みたことがある。それはもちろん孤独に嫌気がさしたようなタイミングで、ある種定期的に行われた。しかしそれは優しい「島」が許さなかった。彼女がどれだけ海の中を島から離れるように泳いでいっても、気がついたらまたその島に逆戻りしてしまっていた。何回やっても、どっちの方向に泳いだとしても、結果はいつも同じだった。だから彼女は何回目かでそれを諦めてしまった。

(きっとここは、私が元いたところとは違うどこか別の世界で、私だけがこの世界に閉じ込められてしまっているのね……)

結論から言うと、彼女のそんな妄想はあながち間違っていることでも無かった。けれど、そのことが本当だと彼女にバレて仕舞わないように、つまり彼女を島の外から出すことがないようにこの島はプログラムされていたし、その出来栄えは素晴らしいものだった。

その島には終わりなど無いかのように思えた。なにせ彼女は歳を取らなかった。正確には、歳を取るという感覚が無かった。同じような毎日が際限なく続いた。彼女はおよそ人並みの遊びを、いつまでも飽きずにしていた。普通ならばずっとやっていたら段々と嫌になってくるような遊びでも、ずっと飽きずに遊んでいた。彼女がいつからその島にいるのか、どれくらいいるのか、という認識は彼女の中には無かった。気が付いたらいたし、ずっとそこにいるのだ。


ある朝彼女は、島に生えている大きな1本の木の幹に腰を掛けながら、食後のデザートにと、苺ソースのかかったチーズケーキを食べていた。こういった食事は全て彼女が「想像」をすると、目の前に現れて、食べ終わると食器やフォークなどは消えた。

(チーズケーキにはやっぱり紅茶よね。)

すると、彼女の目の前の空間にカップが現れる。次にカップの底から、ゆっくりと液体が溜まっていく。湯気の上昇と共に甘い苺の匂いがした。

(ストロベリーティーね。いちご尽くしで、嬉しいわ。)

彼女はカップに手を伸ばした。すると突然、地面が轟音を立てながら揺れ出した。慌てて彼女は持っていたチーズケーキの乗ったお皿を投げ出した。カップも少し遅れて地面へ落ちる。高温のストロベリーティーは彼女の足にほとんどが落下し、思わず彼女は叫び声を上げた。お皿とカップが割れたが、その音も、彼女の叫び声も、地面から鳴る音に掻き消された。それから彼女は咄嗟に後ろを振り向き、自分の身体幅よりも何倍かも大きい木にがっしりと掴まった。地面の揺れは中々収まらず、島に打ちつける波が次第に大きくなった。彼女はガクガクと身体を震わしながら頬を木に擦りつけ泣いていた。


しばらくして、揺れは収まった。

静寂と波の音が、まるで別々にそこにいるかのように主張をし合った。彼女は半ば放心状態で動くことが出来なかった。足のやけどの痛みは感じなかった。それを感じているような余裕が、今の彼女には無かった。

幸い、足のやけど以外に彼女にはどこにも怪我も無く、彼女が住む木建の可愛らしい家も無事だった。割れたお皿とカップは既に消えていた。彼女は涙目を擦りながら家に戻り、すすり泣きをしながらふかふかのベッドにうずくまっていた。その日の彼女はそれから1歩も外には出なかった。

そしてその翌日から、島は少しだけ彼女に「優しく」なくなった。

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