Chapter 22 ただいま!あかりの復活

 朝から雨が降り続いていた。

 カーテンが閉じられた薄暗い部屋の中であかりは一人、身体を丸めて布団にくるまっている。

 布団の中での表情はとても暗く、目を赤くして泣き腫らしていた。

 昨日、変貌を遂げた上に力を増して再び現れたファニスによってひどく痛めつけられたあかりは、ショックで部屋に引きこもってしまう。

 身体の傷はファニスが去った後に改めて転生した蒼き神の神術によって治されたものの、心の傷は癒えぬままだった。

 今まで魔法少女が出てくるアニメを見て憧れを抱きながら前進し続けていた彼女を襲った初めての挫折、これを機に自分が生半可な気持ちで輝石の神をやっていたのだと思い知る。

 あかりの今の様子に紅き輝石のヴェルガは、気の利いた言葉が見つからず声をかけられないでいた。

 そこへ部屋のドアがノックされるが、聞こえていないのか無視しているのかあかりはまったく反応しない。


「――あかっちぃ、起きてるかしら~?」


 ノックしたのはロッサだった、あかりのことが心配で呼びに来たのだ。

 ロッサはドアノブを回して開けようとしたが鍵がかかっていて開けることが出来ない。


「んもう、こうなったら――」

「――あかり~、ガッコ行くよ~」


 術を放とうと構えていたロッサの手が止まる、階下から聞こえた声が聞き慣れたものだったからだ。

 あかりの母の代わりにロッサが玄関に顔を出すと、制服姿の千里が右手に傘を持ちながらカバンを手に立っていた。


「いらっしゃぁい、っち」

「おはようロッサさん、あかりは?」

「紅っちなら部屋にいるわよぉ、でもぉ……」


 そう言ってロッサは階段を見上げたのち、千里を見て首を横に振る。

 事態を察して千里は一人、寂しげな表情を浮かべてあかりの家を出た。



 一方闇の城の外でも雨は降っていて、城内でリーヴェッドは玉座に座り誰よりもファニスの復活を喜んだ。


「ファニスよ、よくぞ戻ってきた。輝石を持つ異世界の神へ、闇の力を今一度思い知らせることが出来たようだな。褒めてつかわす」

「リーヴェッド様によるお褒めの言葉、ありがたき幸せ」


 向かい合って立つファニスはその場で一礼する。

 輝石を持つ異世界の神たちへ闇の力を改めてまざまざと見せつけた満足感があり、その嬉しさからリーヴェッドとともに笑い合った。

 片や仮面姿の女帝、片や鴉のくちばしのようなマスクを付けた男が向かい合う光景は漆黒の闇といえど物陰から見ているサラゼンから見れば異様なものだった。


「ファニスのやつ、以前会った時と姿が違うから誰かと思ったじゃねーか。ってか輝石の神に打ち勝ったって、オレにも出来なかったことをあいつは容易くやったのかよ……」


 サラゼンからすれば真っ先に自分が輝石の神に勝って、リーヴェッドにいいところを見せようと意気がっていただけに闇の刺客の誰よりも悔しがった。


「輝石が持つ力は強大であっても、輝石を持つ異世界の神は力を持て余していたのだと……今宵そう感じました。ならば、輝石は我々漆黒の闇が手にすればよいのだと」

「では今一度、そなたに機会を与えよう。甦りし闇を纏い、輝石を我々の手の中に……」

「承知しました」


 ファニスはマスク越しに怪しく目を細めると、その場で影となって消えた。



 場は変わって本来はあかりと千里が通っている学校内の教室、窓の外のグラウンドは依然として降り続く雨でぬかるんでいた。

 今は授業中で千里は一人空いた机を見つめる。

 誰も座っていないそこはあかりの席で、授業の内容によってじっと黒板を見つめたりノートに落書きしている様子を見て密かに楽しんでいただけにどこか物足りなさを感じていた。


「――それじゃあこの問題を……龍丘たつおかさん」

「ふえっ?」


 突然先生から名前を呼ばれて千里は素っ頓狂な声で答えていた。

 教室の一角からクスクスと笑い声が聞こえる中で彼女はそっとその場を立ち上がると教科書内の指定されたページを読み始め、数行読み終えたところで着席した。


『――チサト?』


 直後に黄の輝石のジェセが声をかけてきた。

 千里はあかりのことが気になり、授業が頭に入らないと言う。

 それを聞いてジェセも同意した。


『――紅き輝石の嬢ちゃん、あの後暗い顔してたもんな……』


 傷が癒えてからあかりは涙を浮かべながら自分のカバンを手に引っ手繰ると、駆け足で帰っていった姿は千里の中で強く印象に残っていた。

 授業が途方にくれながら進んで下校時間になっても千里の様子は変わらず、席を立てぬまま窓の外を眺める。


「龍丘……」


 そこへ声をかけてきたのはあかりとは腐れ縁の幼なじみである浩平だ。

 あれから剣道部の活動で忙しく、あかりとは下校出来ない日々が続いていた。


「なぁに? 藤井」

「あかり、なんで今日休んだか知ってるか?」


 浩平が知る限りであかりは小学校の頃から一度も風邪を引いたり体調の不良で学校を休んだことがなく、今日の欠席がとても珍しいと言う。


「――だからさ、龍丘なら何か知ってるかなって」

「あたしが?」


 あかりが学校を休んだ理由を知ってはいるが、それを浩平には言えなかった。

 言うことが出来なかった、


「ごめん、あたしも知らない」


 苦笑い交じりに答えた千里に浩平はその場から離れると、他の男子の輪に入っていき教室を出ていった。

 この時千里はもう一度あかりの家へ行ってみようと決める、そうと決まれば急ごうとカバンを手に取ってその場から立ち上がるとすぐさま教室を出た。

 校門をくぐろうとした時、ふとあるものが目に留まる。

 それはあかりと初めて出会った時、彼女が見ていた桜の樹。

 季節は夏になって桜は散ってしまっているが、樹だけは大きく残っているためすぐにわかった。

 初めてあかりを見た時、背丈が自分より低くて下級生に見えたことを言ったことで本気で怒った姿が印象に残っている。

 最初はそれだけの印象だったのが、紅き神であることを知って以降は彼女のファンのように活躍を追いかけ写真を撮り続けた。

 自分がピンチに陥った時、一番前に立って助けてくれたのは紅き神ことあかりだった。

 今では自分も輝石の神となり、一緒にいる時間も増えた。

 そんなあかりが初めて涙を浮かべて悲しみに暮れている、今度は自分が助けてあげる番だ。

 千里はふうっと一息つくと再び走り始めた。

 降っていた雨はすでに止んでいて、水たまりもお構いなしに濡れた道を駆けていく。

 やがてあかりの家の前に着いた千里だがインターホンを前に押すか押すのをやめようか、人差し指が震えていた。


「あら……?」

「千里……?」


 聞き馴染みがある声に振り向く、そこにいたのは制服姿の葉子と優希だった。


「葉子に優希……どうして?」

「同じだね」

「えっ……?」

「あかりさんを気にかけてこちらへ来られたのでしょう? わたくしたちもです……」


 葉子に言われて千里は心の中でホッとすると、改めてインターホンを押す。

 中からロッサが出てきて中に招き入れた、三人は一目散にあかりの部屋へ向かう。

 一度ドアを強くノックするが向こうからは何一つ反応がない。


「あかり、いるんでしょ?」


 千里が声をかけてから少しの沈黙、それを優希は息を呑んで見守る。


「――もう、ダメだよ。私……!」


 絞るような泣き声がドア越しに返ってきた。


「みんな……私、魔法少女やめる……!」


 あかりが言った言葉に葉子と優希が信じられないと言いたげに顔を見合わせる、今まで四人の中で先陣を切ってきた彼女だけになおさらだった。

 心の中に出来た傷が彼女の中にはあり、こうしてこもることしか出来ない。

 今まで会ってきて笑顔ばかり見せて悲しい表情を浮かべたことがなかった彼女に千里は一人、返す言葉が見つからなかった。

 同時にさっきまで威勢がよかった自分は再び消極的になってしまう。



 場は変わって街の中心部、人ごみの中をそっと息を殺すようにファニスが歩いていく。

 マスク姿の彼に奇異な目ですれ違うが彼は気にも留めていなかった。


「――紅き輝石の神は涙を浮かべていたな、しかしそれだけでは……」


 以前あかりをひどく痛めつけたがそれだけでは物足りない、ならば他の三人も同じようにすればよかったと思うと怪しく微笑む。

 そしてその機会に輝石を手にすればリーヴェッドも喜ぶであろう。

 そう思うとファニスは軽く鼻で笑い、指を鳴らした。

 その音は街中全体に響いた。



 再び遠城家。依然として三人はあかりの部屋の前で彼女が出てくるのを待っていた。


『――!?』


 日も暮れかけていたその時、三つの輝石が一度に瞬いた。


『――皆さん、黒い気配です!』


 三人は互いに激しく頷くと階段を下りていった。


「あ、そうだ」


 玄関まで走ったところで千里は一度部屋の前に走って戻っていく、あかりに一言言い残すためだ。


「あかり! あたしたち行くよ、あかりの分もがんばるから!」


 そう言い残すと再び走り出し、あかりの家を出た。

 そこへ買い物から帰ってきたロッサとすれ違うと、一度ノックした。


「紅っち、そろそろ出てきなさぁい?」

「……ロッサさんまで……。もう魔法少女やめるってみんなにも言ってあるし、私はいなくても別に……」


 申し訳なさそうに言ったあかりにロッサは一つため息をするとその場でそっと壁にもたれた。


「バカねぇ、あかっちは」

「……!? ば、バカって……」


 ロッサは怒ろうとするあかりを制止し話を続ける。

 以前あかりが紅き神として漆黒の闇と戦っているのを見て、他の神を引っ張りながら助けている様子を見て思ったことがあった。

 いつも皆を助けているのだから今度は自分が助けられる番なのではないか、神は一人ではないのだから四人の力を持ちあわせれば強い意志で漆黒の闇に立ち向かえるのではと言う。


「それにぃ、実はロッサも……くれっぷ屋さんでお仕事していて、今の紅っちと似たことがあったの」


 思わぬ言葉にあかりはまさかと思う。

 ロッサはこの世界に来て初めてアルバイトというものを始めたが、自分が店内で失敗して店長から叱られた時にひどく落ち込んだ。

 だが他の店員から励ましてもらい、自分は一人ではないと思い直せたとも言った。


「今の黄っち、見たでしょう? 紅っちも一人じゃないってこと、わかったぁ? 次はあなたの番よ」


 ロッサはそう言い残してから一つクスッと笑いながら、下の階へ降りていく。

 部屋の中であかりは今までのことを思い返した。

 自分が一度闇の力によってあわやケガをしたことがあり、その際は千里たち他の神が神術を使って助けてくれた。

 何故それを忘れていたのだろうか、そう思ったあかりの中の何かが変わった。

 涙を浮かべていた目を強く拭い、机に置かれていた輝石を手に取る。

 やがてカギが開く音を一階で聞いてロッサは待ってましたとばかりに階段の下で両手を広げた。

 しかしあかりはそれを振り切って家を出ていく、ロッサは怒るどころかもう一度クスッと笑いつぶやく。


「……がんばってらっしゃい、あかっち」


 家を出たあかりは輝石が黒い気配を感じ取った場所へ走って向かう、さっきまで悲しみに暮れて部屋にこもっていた彼女の表情からは強き意志がそこにあった。


「――ヴァイス・ファレイム!」


 その途中で紅き神に転生した、真剣な面持ちである。



 場は変わって街中では騒ぎが起きていた。

 信号待ちで停車していた数十台の自動車がファニスの手によって闇の力を手にし、獣のような形に変わり暴れまわっている。

 街の人たちは何も出来ず逃げ惑う、そこへ黄の神たち三人が現れ対処していた。

 その様子を付近にあるビルの屋上からファニスがほくそ笑んで見ている、紅き神がいない三人だけで戦っている様子を楽しんでいた。



「――レッドさん、見ていてください! わたくしたちだって……!」

「ブルーの言う通り、ボクたちもやるんだ!」

「そうだよ! レッドがいない分、三人でがんばろう!」


 今の今まで紅き神だけが見せていたかもしれない強き意志、それを三人が見せている。

 四人の中で彼女だけ人一倍悔しさを浮かべていたあの時の彼女の顔はもう見たくないという思いが三人の中にはあった。

 紅き神がいない分、三人で強き意志を発揮する。

 そのおかげか各々の神術によって闇の力を手に入れた自動車は元に戻り、空間の外へ出された。


「そろそろ行くとするか……」


 そこへ三人の目の前にファニスが現れた、すぐにファニスは三人しかいない輝石の神に違和感を持つ。


「一人足りない、か……ふむ、俺の力に屈したか」

「そんなの関係ない! あたしたち輝石の神は一人がいなくたって、あんたたち漆黒の闇を倒すんだから!」


 鼻で笑ったファニスに対して黄の神が人差し指を突き出した、待ってましたとばかりにファニスは指を鳴らす。

 それが合図となって現れたのは人型の黒い魔物だった。


「今のお前たちにはこれくらいで十分だ、その時が来たらまたここに戻り輝石をいただくとしよう」


 そう言い残すとファニスは薄く笑い、その場で影となって消えた。


「よーし、まずはボクが! ――ウィンスト・クエリア!」


 先陣を切るように翠の神が神術で魔物へ勢いよく突進する、だが魔物は右手一つで緑の神を振り払うと道路を転がっていった。

 それを蒼き神が追いかけ、助け起こした。


「グリーンさん、大丈夫ですか!?」

「う、うん、ありがとうブルー……大丈夫だよ」


 やさしく微笑む翠の神に蒼き神はホッと一息つけるとすぐに力強い表情で立ち上がった。


「グリーンさんの分もわたくし、やります!」


 蒼き神も神術の構えを見せる、今まで怯えていて悲しい表情を見せてばかりいた彼女の目は真剣だった。


「――アクティ・スティルガ!」


 蠍のトゲを模した水の針が魔物へ一突きしようとするが、魔物は動じず左手一つで振り払う。

 水の針が無数の粒となって弾け飛んだ。


「そ、そんな……」


 その光景に蒼き神はショックを受けてその場から崩れ落ちた。


「次、あたしも続くから!」


 二人の前に黄の神が立ち、神術の構えを見せる。

 それに合わせるように魔物は摺り足で一歩一歩歩き出す、黄の神は軽く頷いた。


「――ガイルス・タウラ!」


 黄の神が突進した直後、魔物と真っ向からぶつかり合いどちらも負けていなかった。

 その時彼女の中で何かがひらめき、一瞬のスキで構えを変える。


「からのっ、ガイルス・ヴァルガス!」


 彼女の動きがスローモーションのようにゆっくりとした動きに変わると、右の握り拳を魔物の腹部に力強く押し当てた。

 ところが魔物の腹部がへこんだだけで特に動じていない。

 まさかのことに黄の神は神術を解いてしまう、その瞬間魔物も同じように握り拳を彼女の腹部に力強く押し当ててきた。


「ぐふっ……!」


 黄の神の目が見開くと、その場で力尽きるように倒れる。

 魔物は得意げに両手をあげてガッツポーズするとその直後、手に力が込められ魔法を放とうとしていた。

 さっきまで見せていた三人の神は魔物の予想以上の強さに諦めの表情が浮かぶ、紅き神へ宣言したのに悔しさをにじませた。

 同時にこのままでは輝石を奪われてしまうのではないか、三つの輝石は思った。


「――みんなーっ!」


 威勢の良い声が三人の耳に届いた、聞き覚えのある声に皆一斉に振り向く。

 その先には紅き神が走ってやってくる、魔物は新たに現れた神にまさかだったのか立ち止まった。


『――紅き神よ、その強き思い……確かなのだな?』

「もちろんだよヴェルガ。こいつに私の強き思い、見せてあげる!」


 紅き神は生まれ変わったように力強い表情で神術の構えを見せる、一人の魔法少女としていつも戦ってきて気付かされた。

 ロッサから言われたことによって思った。誰かが悲しんでいたり傷ついていたら励ましてあげよう、誰かが喜んでいたら一緒に喜びを分かちあおう。

 同時にこの街を守りたい、その思いが新たに加わったことでいつもよりも神術の力が増していた。


「――我が名は“真紅の烈火”。闇へ射る矢よ、紅き炎に燃え広がり放て!」


 炎の矢からじわじわと紅いオーラが浮かび上がっていた、これは今まで彼女が神術を使っていてなかったことだ。

 魔物は再び摺り足で紅き神に近付いていくが、そのようなことはもうお構いなしだった。


「――ファレイム・サジテリア!」


 力が増した炎の矢が放たれると、まっすぐ飛んでいき魔物の額部分に直撃した。

 魔物は轟音とも言うべき雄叫びをあげ、黒煙とともに空の彼方へと消失する。

 紅き神は得意げな表情を見せた。


「おかえり、レッド」


 黄の神から声をかけられ振り向く、その表情は明るい笑顔だった。


「もう、大丈夫なのですね?」

「やっぱり輝石の神にはレッドがいないとねっ」


 蒼き神と翠の神から言われて紅き神は照れくさそうに鼻をすする。


「みんなごめんね。私、傷ついてたことで大事なこと忘れてた……それを思い出すことが出来たからみんなのところへ帰ってこれたよ、ただいま!」

「なぁにカッコつけてんの、このこのぉ!」


 黄の神はいたずらっこのような表情で紅き神の髪をわしゃわしゃすると、四人は笑いに包まれた。


『――紅き神よ、強き意志がさらに強まったようだな。ロッサへは礼を言うとしよう』

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少女とキセキの軌跡 Tak or Maria Project @Tak_or_Maria

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