Chapter 21 復活!あいつが帰ってきた!?

 漆黒の闇が根城にしている城内にある謁見の間。

 いつもは玉座に座るリーヴェッドが不在の中で、サラゼンとパレッティの二人は他愛のない会話をしていた。

 実際はその中にグロックもいたが、腕を組んで黙ったまま何も話さないでいる。


「輝石の神は漆黒の闇にどれだけ歯向かえば気が済むのかしら、私たちにとっとと渡せばいいのに……」

「本当にな。ロッサは退いちまったし、アディートも……!」

「そういえば、アディート見ないわね。サラゼン、あなた何か知ってるの?」


 アディートとは漆黒の闇の中で初めてあかりたち輝石の神と出会い接触した人物である、ここ最近城にも姿を見せていないことにパレッティはふと思い出したように話を振った。

 するとサラゼンは怒りで肩を震わせ、悔しさをにじませる表情に変わる。


「あいつは……アディートは、光とともに消えてったよ……」

「えぇっ!? そ、それは本当なのっ?」


 思わぬことを聞いて驚くパレッティにサラゼンは肩を震わせたまま頷く。

 闇の刺客である者にとってそれはこの世からの死を意味しているため、二人の会話を聞いているだけだったグロックも言葉では言い表せない驚きを見せた。

 思ってもいなかった事実に謁見の間は重苦しい空気に包まれる。


「――ならば、俺が行こう……」


 影からくぐもった低い声が聞こえ、三人は振り向く。

 その姿を見てサラゼンはどこの誰なのかわからなかった。


「お前見かけねぇ顔だな、漆黒の闇に新入りか?」


 サラゼンは軽く挑発すると低い声の男は何事かをつぶやくと、その場で右手を強くかざして術を放った。


「!?」


 一瞬のことにサラゼンは訳がわからない表情を見せて後ずさる、それを横で見ていたパレッティは目を白黒させグロックと顔を見合わせた。


「行ってくる。闇の手へ輝石をもたらすために……」


 そう言って振り向き、その場にあったつばの広い帽子をかぶると男はその場で影となって消えた。



 朝の登校時、夏服姿のあかりと千里はこれまでの戦いについて話しあう。

 空に浮かぶ雲は多いが雨になるところまでは至っていないが、いつ梅雨入りしてもおかしくはなかった。


「この前は千里ちゃんすごかったよね、あんな大っきいのに負けなかったんだもん」


 あかりは身振り手振りでグロックの体格を表しながら話す、自らの手で戦いを引き分けに持ち込めたことに千里は照れくさそうに笑った。


「それに新しい神術使ってたよね、私もいつか使える時が来るのかな?」

『――それはまだわからぬ。強き思いを持っていれば、自ずと使うことが出来る』


 あかりが持つ紅き輝石ヴェルガと出会った時から言われている“強き思い”、あかりにはそれが何なのかわからぬまま戦い続けていた。


「強き思い、か……私が魔法少女になりたいって思いだけじゃダメなのかな?」


 そう言ってあかりはいつも見ている魔法少女アニメから、魔法を唱えるポーズを取るがその場で身体を回転させたためスカートがふわりと揺れた。


「ねぇ、どう?」

「あかり、スカートの中見えてるよ」


 言われてようやくそれに気付いたあかりはスカートを押さえ恥ずかしがった、それを見て千里は吹き出す。


「あっはっはっは! あかりまさか、見えてないと思ったの?」

「うぅ、だって……」


 理由を説明しようとしてやめた、何故ならあかりが言おうとしていたことはアニメの中だけの話なのだから。


『――!?』

「ん? どうしたの、ヴェルガ」

『――黒い気配だ』


 まさかと思った二人はカバンから輝石を取り出した。

 輝石は黒い気配を感じた時に強く瞬き、どこでそれが起きているのか教えてくれる。

 普段は下校時や週末に瞬くが、登校している時間という珍しさにあかりと千里はその場で顔を見合わせる。

 どこでそれを感じ取っているのか考えていると、突然二つの輝石の瞬きは消えた。


「あれ?」

「どうしたの?」

『――おかしい、黒い気配が消えた……』


 あかりが持つ紅き輝石のヴェルガが突然のことに違和感を覚えた。


「消えたって……まさか二人とも、間違えて気配を感じたんじゃない? 黒い気配とかほんとは嘘で」


 千里からの問いにヴェルガはムッとする、確かに二つの輝石は黒い気配を感じ取ったのだという。

 二人が不思議に思っていると予鈴が聞こえてきた、それを聞いて我に返ったあかりと千里は急いで学校へ向かう。

 学校の門をくぐり、昇降口で靴と上履きを履き替えながら一緒に教室へ入るため並んで廊下を歩いている。


「――おはよー」


 クラスメイトへ声をかけてそれぞれの席に座る。たまに現れる闇の刺客に対してあかりは、自分たちでやっていけば漆黒の闇に対しても何とかなるだろうと心の中で思った。

 チャイムが鳴り授業が始まる、この日は最初の授業が理科ということで校内にある理科室へ移動する。

 二つの輝石は誰もいなくなった教室であかりと千里が戻ってくるまで置き忘れられた。

 今は教室の外から聞こえる生徒や、隣のクラスが行っている授業の声を除いて静かである。


『――ヴェルガさん』


 黄の輝石ジェセが近くにいるヴェルガへ話しかける、ヴェルガはこの静寂に溶けこもうとしているのか終始黙っていた。

 輝石の声は持ち主と輝石を持つ者同士にしか聞こえず、廊下を歩く他の生徒にそれは届いていない。

 今この場にはいないが他の輝石がいたら賑やかになっているだろう。


『――ヴェルガさん、ヴェルガさんってば……!』

『――ジェセよ。アカリとチサトは今、ここではないところで授業をしているところであり、こちらへ戻ってくるまでしばし待つのだ』

『――へーい……わかりましたよぉ』


 ジェセが黙ると再び教室は沈黙する、彼にとって静かな場所は退屈でしかなかった。


『――!?』


 突然二つの輝石がそれぞれ紅と黄色に瞬く、黒い気配を感じ取ったからだ。

 しかし今はあかりも千里もこの場には居らず、ただひたすら瞬くことしか出来なかった。


『――ぐっ……!』

『――くっそ~、またかよ!?』


 二つの輝石は苛立っていた、そういった事態が起きていることを知らないあかりと千里は理科室で授業を受けている。


「ではこれを、こうすると……」


 理科担当の先生がある実験を見せている、それを班ごとのテーブルに分かれて座って見つめる中にあかりと千里の班もいた。


「うわぁ、怖いよぉ……!」


 あかりが千里の腕をつかんで怖がっていた、実験の結果よりも意外な表情を見せる彼女に千里はクスッと笑う。

 しばらくしてチャイムが学校に鳴り響く、それを合図にするようにあかりと千里が対照的な表情で戻ってきた。


「あ~、怖かった……」

「ふふっ、意外なあかりが知れたよっ」


 自分の机に座るや否やあかりと千里は次の授業が始まるまで、さっきの授業の話に花を咲かせていた。

 この時二つの輝石が二人へ話しかけようとしていたがお喋りに夢中な彼女たちにタイミングがつかめなかった。



 一方あかりたちが住む街全体が見下ろせる山の中腹、つばの広い帽子をかぶった白髪姿の男が苛立った表情で腕を組みながら片足を叩きながら怒りを表す。

 彼は闇の城でサラザンへ闇の力で黙らせた男である。


「――何故だ、輝石を持つ異世界の少女たちは現れぬ……! もしや、漆黒の闇を侮辱しているというのか?」


 男は苛立ちのあまり、右手を近くにあった一本の木へ向け何事かを呟く。

 すると手からどす黒い術が放たれ木はその場に倒れた。



 昼休みを経て、この日全ての授業が終わったあかりたちはお喋りを交えて校門をくぐる。


『――アカリ』


 同じように下校していた生徒が一人もいなくなった時、頃合いを見てかヴェルガが話しかけてきた。


「何? ヴェルガ」

『――朝、我とジェセが感じた気配のことなのだが……』


 この問いにあかりは呆れた表情に変わる、一度消えたのであれば今日はもう漆黒の闇が現れることはないだろうと思ってのことだった。


「あかりの言う通り。今日はもう家帰ろうよ」

『――そ、それもそうだけど……俺たち輝石は気になって仕方ないんだよ。チサトたちがいなかった時も気配を感じたからな』

「とか言っちゃってぇ、また消えたんでしょ?」

『――本当だっての! ま、まあその後に気配が消えたのは確かだけど……』

「ほら、やっぱり!」


 このやり取りでジェセと千里が喧嘩になりかけていたその時、二つの輝石が強く瞬いた。


「……嘘……」

『――ほら見ろ、言ったろう!?』

『――そのようなことはもういい、あっちだ!』


 ヴェルガがそう言うと、紅い光の筋を放って二人を導き始めた。

 あかりと千里はこれを頼りに走り始める。

 途中すれ違ったり道行くから見てその光の筋は見えておらず、ただ二人が駆けていくようにしか見えなかった。

 ヴェルガが導くそれはあかりたちが住む家への道程だったが、途中違う道を通る。


「あっ、葉子ちゃん!」

「優希!」


 街の郊外に近付いた時、反対側の道から葉子と優希が二人と同じように駆けてきて合流する。

 この時もあかりたちと同様に蒼の輝石ファレーゼから蒼い光の筋が放たれ、葉子と優希を導いていた。

 優希によるとそれぞれの輝石も黒い気配を感じ、現場へ向かっているところだと言う。


「葉子たちの輝石も感じたんだ、黒い気配」

『――ええ。しかし感じては消え、感じては消えの繰り返しでとても疑い深いのです』

『――僕は違うって思うんだけど、ファレーゼが聞かないんだもんっ』


 翠の輝石アルヴィンが面倒くさそうに言うと、優希がそれを宥めその場はひとまず収まった。

 にわかには信じ難かったが、四つの輝石が気配を感じるのは確かだ。

 あかりたち四人はヴェルガによる紅い光の筋に導かれるまま、気配の場所へ急いだ。


「――ここ?」


 気配を感じた場所にやってきたが、そこはあかりたちにとって初めて来るところだった。

 少し長めの階段を上ってたどり着いたのは、街中を見下ろせる広い神社だった。

 神社といっても人は誰もおらず、遠くからカラスの鳴き声が響いて閑散としていた。


「ここに、漆黒の闇がいらっしゃるのですか? わたくし、なんだか怖い……」

「大丈夫だよ葉子、みんなでいれば怖くないって――」


 優希が葉子を励ましていた時、突然強風が吹き始めた。

 あまりの強さに四人はまともに立つことも出来ないでいると、何か強烈な力で引っ張られるような感覚に陥った。


「な、何これ!?」


 四人が必死に耐えていると、境内にどす黒い渦状の異空間が現れる。

 引っ張っている強烈な力はここから発せられているようだった。


「うっ、う……うわああぁっ!!」


 次第に四人は力尽きて異空間の中に吸い込まれていく、渦状の異空間は四人が下校時に持っていたカバンだけが残って何事もなかったようにその場で消えた。



「――ハッ……!」


 吸い込まれてから一時的に気を失っていたあかりは、紅い光に照らされた中で目を覚ました。

 その光は紅の輝石によるもので、まるで松明のように明るい。


「ありがとう、ヴェルガ」

『――気にすることではない。アカリも大丈夫だったか?』

「うん、大丈夫」


 あかりが輝石の光を使って周りを照らすと、葉子たち三人もその場に横たわっていた。

 あかりは一人ずつ身体を揺すって起こし、特にケガはなく目を覚ました。


「う、うーん……あ、あかりさん」

「あかり、それにみんなも無事だったんだね」

「何ここ……」


 四人は周りを見るが、紅い光以外何もない暗闇だけだった。


『――ひとまず転生しておいた方がいいんじゃねぇか? 何が来るかわかんねーし』

「そ、そうだね……」


 ジェセから言われるがまま四人はその場で転生すると、どこから現れてもいいように各自四方を向いた。

 その時、暗闇の中から足音が響く。


『――来るぞ!』


 紅き輝石の光に照らされたそれは、カラスのくちばしのようなマスクで顔が半分隠れた男だった。

 漆黒の闇にまた新たな刺客か、そう思った四人はその場で身構えた。


「異世界に現れし、輝石の神たちよ……」


 マスク越しにくぐもった声でそう呟くと男はおもむろに指を鳴らす、すると瞬く間に暗闇は消え灰色の空間に変わった。

 これに合わせるように紅き輝石の光も消えていく。


「フッ、久しぶりだな……」


 闇から現れた男は蠟引きされたガウンを着こなしていた。

 久しぶりと言われ四人は見知らぬ素振りを見せる、これまでいろんな漆黒の闇の刺客と戦ってきたが自分たちの目の前にいる存在は初めて会う存在だった。


「あの……どちらさまでしょうか?」


 当然のように蒼の神が尋ねた、すると男はその場で左手で帽子を取り右手で髪をかきあげる。


「あっ!」


 その仕草を見て声を上げたのは翠の神だった。

 彼女が思い出した彼はかつて闇の刺客として輝石を手に現れるが、いつの間にか姿を消していたキザな男だった。


「姿変われば存在をも忘れる、か……俺の名はファニス。封じられし闇の力を今、解き放つ!」


 あれから容姿も口調も変わったファニスが帽子をかぶり直し四人へ右手を突き出すと、どす黒い闇の力が放たれた。


「そんなの私が! ――ファレイム・サジテリア!!」


 たまらず紅き神が神術を放つ、それを待っていたかのようにファニスは何かを見透かした目で怪しく笑った。


「……え?」


 闇の力と神術が合わさり、闇が消えるかと思っていた紅き神は一瞬言葉を失った。

 彼女の神術はかき消されると闇の力が四人へ迫ってきた。

 まさかの事態に紅き神はその場で立ち尽くす。


「レッド! 逃げて、逃げて!」


 黄の神から言われるも呆然としたまま動かず、三人は一瞬のことに逃げることしか出来なかった。

 闇の力をまともに受けてしまった紅き神は傷を負ってその場で倒れる、ファニスは攻撃を続ける。


「レッド! 大丈夫!?」

「そんな……なんで?」

「どうした? 今まで俺へ放った力をもう一度見せてみろっ!」


 深く傷を負った紅き神が倒れているのも目にくれず、ファニスは逃げる三人へも闇の力を放った。


「キャッ!」


 その時蒼き神の足がもつれ、その場で転倒した。

 すぐに翠の神が駆け寄って近づく。


「そこだ!」


 闇の力が二人へ放たれる、助けることしか出来ないでいる翠の神と立ち上がろうとしている蒼き神とで盾を出すタイミングもなかった。


「ブルー! グリーン! 大丈夫!?」

「うぅ……だ、大丈夫です。のちほどわたくしの神術で癒えればいいのですが……」

「ブルー、喋らないで! 僕たちは……うぅ」


 蒼き神と翠の神はその場でうなだれた、これを見て黄の神は下唇を噛む。


「残るはお前だけか」

「えぇい、レッドたちの分をあたしが!」


 一人残った黄の神は自らの両握り拳を合わせ、神術の構えに入った。


「――俺、“雄黄の大地”が行う! 強き尖角よ、派手に突っ込め! ガイルス・タウラ!」


 黄色い光の暴れ牛がファニスへ迫る、彼は表情を変えぬまま右手を彼女へ向けた。


「無駄だ」


 あともう少しというところで闇の力が放たれ、黄の神は吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 四人は各自ファニスによる闇の力で傷を負い、立ち上がることも出来なかった。

 これを見て彼は誇らしげに笑う。


「異世界の神たちよ、今までの俺とは違うことがわかっただろう? だが、これはすべての始まりだ! 今こそ、その絶望にひれ伏すがいい!」


 そう言ってファニスは再び紅き神へ闇の力を放つ、傷を負っていて倒れて動けないでいる彼女へとどめを刺すためだった。

 それを三人は見ていることしか出来ずにいる。

 ある程度放つとファニスは輝石を奪い取るという漆黒の闇による真の目的も忘れ、高笑いを始めた。


「――あれから俺は、今までの闇の力にさらなる強さを身につけ甦った。異世界の神たちよ、思い知ったか」


 ファニスは向きを変え、その場で影となって消える。

 同時に全体が灰色だった空間も消え、先ほどまで四人がいた神社に戻ってきた。


「うぅ……」


 転生が解けたあかりはボロボロになった身体で俯いている、それに比べてわずかに軽傷で済んだ葉子たち三人は這いずり近づく。


「あ、あかり……」


 空が暗くなり、やがて雨に変わった。

 傘を持っていないあかりは、濡れた身体で輝石の神になってから今まで受けたことがない屈辱に涙を浮かべることしかできなかった。

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