Chapter 20 なんだっけ?輝石の記憶

 一日の授業が終わり、いつものようにあかりは教科書やノートをカバンに入れ下校の準備に取り掛かる。


「千里ちゃん、帰ろ」

「いいよ」


 準備を済ませ、千里と一緒に教室を出ようとした時クラスメイトに呼び止められる。

 話によると毎週行う教室の掃除当番が千里に回ってきたのだと言う、それを聞いて当の本人はすっかり忘れていた。


「ごめん、あかり先に帰ってて」

「気にしなくていいよ、千里ちゃんまたね」


 千里は一人で帰っていくあかりを手を振って見送る、その後は他のクラスメイトと教室の掃除に取り掛かった。

 ホウキを使っての掃きや雑巾がけなど人一倍張り切っている。

 次第に掃除に力が入っていくと、その勢いで胸ポケットから何かが落ち床を転がっていきクラスメイトがそれを拾い上げる。


「龍丘、何か落としたぞ?」

「えへへっ、ありが……ゲッ!」


 千里はそれを受け取って思わず目を大きく見開く、クラスメイトが拾ってくれたそれは黄の輝石だった。


『――チサト、俺を落とすなよ!』

(ごめんごめん、掃除に夢中になっちゃって……)

『――ったく……これからも俺のことを忘れるんじゃないぞ!?』


 ジェセから言われて千里は思い直す、始めは輝石の神を見ている側にいて自分には出来る訳がないと思っていたがあかりたちを見ていて自分もやれるだけやってやろうと強く感じた。

 そう考えているうちに掃除は終わり、当番皆帰宅の途に就く。

 太陽は沈みかけていて、空も橙色と青色が混ざり合っていた。

 これを見て千里はふと思い立って携帯を取り出し、カメラ機能で撮影を始める。

 普段はデジタルカメラを使うが学校へは持っていくことが出来ないため、こうして携帯を使っている。


『――ん、チサト……』


 それを中断するようにジェセが話しかけてきた、千里は特に気にも留めず撮影を続ける。


『――チサト!』

「んー? どしたの、ジェセ」

『――黒い気配だ』


 それを聞いて千里は撮影を切り上げ、転生の構えに入る。

 どこから現れるのだろうか、それがわからず周りを眺めた。


「えぇい、――ヴァイス・ガイルス!」


 その場で急ぐように転生した、夕空に黄色い髪が輝く。


「お前が輝石の神か?」


 野太い声でゆっくりと歩を進めながら現れたそれは、人一倍大きな壁だった。

 突然何が起きたのかわからず黄の神が見上げると2メートルはあろうかという背丈、広い肩幅と丸太のように太い腕、隆々とした筋肉、それら全て彼女がよくテレビで見ている格闘家よりも凄まじいものだった。


「お前強そうだな! よし、俺と勝負しろ!」


 そう言うと男は自分の両握り拳を力強く合わせ、餌を見つけた獣のような獰猛な笑みを浮かべる。

 その笑みから凶悪な長い牙が見えた。

 今まで見たことがないタイプの闇の刺客に黄の神はどのように挑めばいいかわからず、その場で立ち尽くしていた。

 

「うがあああぁぁっ!!!!」


 男が吼えるように叫ぶと突進した。


「――ガイルス・タウラ!」


 獰猛な相手にはこれが利くだろう、そう思った黄の神は暴れ牛を模した神術を放ち男へタックルを仕掛けた。

 だが男はそれを待っていたかのように薄く笑い 左手一つで勢いよく彼女の体をつかみ取る。

 男にとってこれは空き缶を握りつぶしているようなものだが、黄の神にとっては力強く握り締められている感覚だった。


「ぐっ……苦しい、何これ、抜け出せない……」

「さぁ、次は俺の番だ!」


 男の右手が勢いよく振りかぶり、そのまま黄の神の頭上を直撃した。

 何が起きたのかわからない彼女の目の前に一瞬できらめく星がいくつも見え、そのまま気を失った。

 

「あっれぇ? こんなんでのびるとは……輝石の神ってやつぁ大したことねーなぁ!」


 男が左手を開いて黄の神はその場で横たわる、同時に転生が解け制服姿の千里に戻った。

 輝石の神を倒したことに満足げな表情を見せる。

 その時背後から炎の矢が飛んできた、男はそれを余裕の表情でかわす。

 振り向くとそこにいたのは神術の構えをしている紅き神だった。


「おっ? お前も輝石の神か、だが俺はこれで帰らしてもらうぜ。んじゃあなぁ!」


 男は高笑いをしながらその場で影となって消える。


「千里ちゃん!」


 直後に転生を解いた私服姿のあかりが横たわる千里へ駆け寄り、助け起こす。 

 少しばかり体を揺すっていると彼女はゆっくりと目を開ける、頭を殴打と言っても無事だったようだ。


「あれ? あかり、どうしたの……?」

「よかった、千里ちゃん……うええぇんっ!」


 嬉しさのあまりあかりは泣きじゃくりながら千里を抱きしめる、その後頭部や顔に傷がないことを確認すると二人はその場で別れた。


『――いやぁ、一時はどうなることかと思ったぜ! チサトが無事でよかったよかった……なぁ、チサトっ』


 ジェセが安心した様子で千里に話しかけるが、彼女は返答をしなかった。


『――おい! どうしたんだよ急に、俺をシカトしてるのか!?』


 千里は何も聞こえていないかのように帰り道を再び歩き出す、その後ジェセは何度も呼びかけるが彼女は無視を続けるばかりだった。


「ただいま~」


 千里は家に帰宅すると自分の部屋に入って、着替え始める。


「そういえばあたし……なんであそこで倒れてたんだろう?」


 上着のカッターシャツを脱いだ直後、疑問が声になって出る。

 あかりから起こされるように体を揺すられ、目を覚ました時には路上で横たわっていた。


『――なんだよチサト、覚えてないのか? 黒い気配がした後に闇の刺客が現れて、そいつに一発ぶん殴られてそのままぶっ倒れたんだぞ?』


 ジェセから本当のことを言われるが、当の千里は再び聞いていないかのように無視する。

 ふとスカートを脱いだ時、何かが転がり落ちていくのに気付いた。


「何これ……?」


 着替える途中千里はそれを拾い上げる、さっきの掃除中に落としスカートのポケットに入れた黄の輝石だった。


「千里ちゃーん、ご飯よー」

「は~い」


 階下から母親が呼ぶ声にいそいそと私服に着替える、その間に千里は輝石を机にそっと置いた。



 同じ頃、闇の城では男がリーヴェッドへ輝石の神と勝負し一発の殴打で勝ったということを報告していた。


「何、ついに輝石の神を打ち負かしたとな!?」

「はい、リーヴェッド様。このグロック、自らの力でやってやりやした!」


 自らをグロックと名乗った男は胸を張った表情で仁王立ちする、この一件は他の刺客にも届いていて今まで勝てなかった輝石の神に勝ったことは驚きだった。


「……して、輝石はどうした?」


 この問いにグロックは呆気に取られた。

 漆黒の闇の真なる目的は輝石の神を倒すことではなく、輝石を持つ者から輝石の力を奪い取り闇を増させることであるためである。


「そなたもしや……輝石のことを忘れていたというのか!」


 リーヴェッドの怒号が城内に響いた。


「グロックよ、もう一度行ってまいれ! そして次こそは輝石を!」

「お任せくださいリーヴェッド様、行ってまいります!」


 グロックは自信に満ち溢れた表情を浮かべながら両握り拳を力強く合わせ、影となって消える。

 この時彼は黄の神こと千里に起きている事態に気付いていなかった。



 翌日あかりは学校にいる間、千里のことが気になっていた。

 闇の刺客からの攻撃で何か変わったことはないか確かめるためではあるが、クラスメイトと普段通りの会話を繰り広げている様子を見てひとまずホッとする。

 やがて昼休みになり、あかりはいつものように輝石の神について話し合うため千里を屋上へ誘った。


「なぁに、あかり。改まってさ」

「あのね、千里ちゃん。昨日から何か変わったことない?」


 この問いに千里は目を丸くする、まるで何を言っているのか理解出来ていないようだった。

 あかりは話を続ける。


「ほら、昨日千里ちゃん漆黒の闇の人に襲われたじゃない?」

「はぁ? 何それ、またあかりが見てるアニメの話?」


 逆に問われてあかりは違和感を覚えた。


「――あ、ここにいた。龍丘さん、ちょっといい?」


 そこへクラスメイトが声をかけてきて千里はすぐに階段を駆け下りていった、一人取り残されたあかりは言われたことを思い返す。


「ヴェルガ、どう思う?」

『――妙だな。いつものチサトだと話に乗ってきた物だが……』


 ヴェルガも同じ思いだったようで、二人は屋上で考え込む。

 結果何も考え付かず、昼休みが終わった。

 その後千里は何ら変わりなく授業を受けている、これを見ていたあかりはさっき言った言葉を思い返した。


『――アカリよ、チサトが気になるのか?』

(うん、さっきのは冗談じゃないみたいだったもん……)

『――そうか。ではどうする? 再び同じ問いをするのか?』

(ううん。それはしない、だってまだわかんないもん)


 あかりとヴェルガが心中で話し合っているうちに授業が終わり、あかりはいつものようにカバンへ教科書やノートに入れた。


「あかり、一緒に帰ろ?」


 千里から声をかけられたことにより、二人は一緒に下校する。

 いつもと変わりない帰り道だがあかりは引っかかるものがあった。

 昼休みの屋上で言われた言葉、まるで自分が輝石の神であることを忘れてしまったかのような話し方だった。

 じっと見つめ、変わったことはないかと思ったが特に変わりはない。


「何? あたしの顔に何かついてる?」

「えっ!? ううん、なんでもない!」


 慌ててあかりは顔を背けた。


『――おーい、聞こえるか……?』


 突然彼女の耳に聞き慣れた声が響いた、それはあかりにとって馴染み深い物である。

 声は千里の方から聞こえた。


『――おーい、紅き輝石の嬢ちゃん。俺だよ、聞こえるか?』


 それは千里が持つ黄の地の輝石、ジェセだった。

 あかりにだけ聞こえたのか千里は特にこれと言った反応をしていない。

 ジェセによると千里が闇の刺客と戦って以降、何度呼びかけても彼女はまったく反応を見せなくなったのだと言う。


「それって――」

「あかり、誰と話してるの?」


 心の中ではなく口頭で尋ねようとした時、千里がさえぎる。


「千里ちゃん、わからないの? ジェセが話しかけてるのに……」

「ジェセ?」


 千里ははじめてそれを聞いたかのような素振りを見せた、するとあかりは胸ポケットから紅き輝石を取り出す。

 それを使って説明をするためだった。


「ヴェルガ、千里ちゃんに話しかけてみて」

『――チサトよ、そなたは黄の神なる存在。その手助けをするための輝石を忘れたというのか? 一体どうしたというのだ?』

「ヴェルガもこう言ってるよ? ねぇ、千里ちゃん」

「あ、あかり……ビー玉に話しかけるって、すっごいイタいよ? 頭でも打った……?」


 そう言って千里はあかりの頭を撫でた。

 すぐに否定しながら撫でられた手を払うあかりはさらなる違和感を覚える、どうやら完全に輝石や輝石の神のことを忘れてしまったようだった。


「あ、あたし先帰るね。んじゃ!」

「千里ちゃん、待って!」


 千里はその場から逃げるように家へ走って帰っていく、一人取り残されたあかりはとぼとぼと歩いていった。



 日は流れて週末、あかりは葉子と優希にそれぞれ電話とメールを入れる。


「最近、千里ちゃんが輝石や輝石の神について忘れてるっぽいんだ。だから、千里ちゃんを家に呼ぶから二人も来てほしいの」


 それを聞いてただ事ではない、そう思い葉子と優希はあかりの家へやってきた。

 少し遅れて千里もやってくる。


「あかり、来たよー?」

「いらっしゃい、千里ちゃん」


 あかりが招き入れて千里が部屋に入ると、お茶とケーキを囲んで葉子と優希が待っていた。


「ごきげんよう、千里さん」

「やあ千里、あかりから聞いたよ?」


 二人はそれぞれ挨拶するが千里は事情がわかっていない様子で立ち尽くす。

 しばし訳がわからない表情をしていたがすぐその場に座った。


「今日みんなに来てもらったのはね、千里ちゃんが最近妙に変だから」

「あたしが? 別に何も、ピンピンしてるよ?」


 そう言って千里は両手を広げ、何ともなく無傷であることを訴える。

 これに対し優希は首を振った。


「いいや、いつもの千里なら僕たちがいたら聞いてくるのに。『輝石の神が揃ったね』とか『どこか闇の刺客が現れた?』とかね」


 確信をもって言った優希に千里は返す言葉が見つからなかったのか、黙りこみ始めた。

 四人は何気ない雑談で始まるが、途中から輝石の話になると話は盛り上がるものの千里だけはついていけていない様子で浮かない表情を見せた。


「――千里ちゃん、私たちが出会ったキッカケって覚えてる?」


 途中あかりが切り出すように千里へ話題を振る、これは事前に決めていた三人の作戦でこれが話せなかったら輝石や輝石の神について完全に忘れていることになるからだった。


「覚えてるよ、もちろんっ! まず、あたしとあかりは同じ学校だから当然として、葉子と優希は……あれ? ちょっと待って、今思い出す。えっと……確か葉子とはハンバーガーショップだったっけ?」

「ええ、そうでしたね」


 千里から言わわれたことに葉子は頷いた、彼女の話は続く。


「それでえっと……優希とは――」

「それがいつか覚えてる? いつ、どこで、どうやって……」

「えっ?」


 優希からの問いに少しの沈黙が流れる、千里は記憶の隅から思い出そうと探りを入れた。


「えーっと、一ヶ月半くらい前だったかな、あれ……いつだっけ」


 これにあかりはやっぱりと思い、小さく頷いた。


『――アカリよ、チサトは?』

(うん、千里ちゃん輝石のことを忘れてる。だから――)

「……っ!」


 あかりとヴェルガが心中で会話していたその時、彼女に激しい頭痛が起き頭を抱えた。


「千里ちゃん!?」

「うぅっ、頭痛い……!」


 頭を抱えていて脳裏に何かが見えてくる、あの日グロックと一人で勝負した瞬間だった。

 怖いという思いだけが甦ってくる、だけどそれは思い出してはいけないと千里の頭がそう呼びかけてきて首を振った。


「嫌っ!」


 怖くなった千里は勢いよく部屋を飛び出すと、靴も履かないまま家も出て行った。

 三人は何が起きたのかわからぬまま追いかける。


「千里ちゃん!」


 あかりは千里を呼ぶが見失ってしまう、三人は一旦別れて彼女を捜すことにした。



 我に返った千里は俯いたまま裸足で街を歩く、何故あのように取り乱してしまったのかわからなかった。


「あかりたちに悪いことしちゃったな……」


 家へ戻って三人に謝ろう、そう思い歩き続ける。

 しかし自分の中で何故あのような光景が浮かんだのだろう、おぼろげに見えた光景は何者かにつかまれ自分が苦しんでいる様子だった。

 だがその何者かは自分には思い出せない、思い出そうとするとカーテンで遮られたかのように何も見えなかった。

 その時、千里が無意識ながら上着のポケットに入れていた黄の輝石が強く瞬いた。


『――チサト、黒い気配だ! って、今のチサトは俺の声が聞こえないんだった! チックショー!!』


 ジェセが悔しがっていると俯いている千里に大きな影が出来上がった、何事かと思い顔を上げる。


「よぉ、また会ったな!」


 野太い声と壁と見間違う大きさほどの背丈、あの日千里が敗れ、今困惑している原因であるグロックが目の前に立っていた。

 これを見て千里は逃げなくてはいけないと思うが怖くなって両足を震わせながら首を振りいやいやをする、何も思い出せていない中の衝動があり少しずつ後ずさりをした。



『――アカリ、黒い気配だ!』


 千里を探していたあかりはヴェルガが感じ取った黒い気配により、葉子と優希を呼び現場へ向かう。

 途中で転生を済ませ、万全の体制を整えた。


「!」


 そこには強張った表情のグロックと、嫌がる表情を変えない千里がいた。


「――ウィンスト・クエリア!」


 翠の神が神術を使い、千里の元へ瞬間移動した。

 それに油断したグロックは足を止める、その間に翠の神が千里を安心させ安全な場所へ避難させた。


「輝石の神か……俺のじゃまをするなぁっ!!」


 グロックは激しく怒りに身を震わせると、両握り拳を力強く合わせ蒼き神へ向かって突進してきた。

 蒼き神はすぐさま盾の構えに入る。


「――アクティ・セレイデ!」


 あわやというところで盾が生成され、そこへグロックの頭がぶつかってくる。

 始めは力強い打撃に耐えるが、次第にきつくなってきた。

 輝石の神になる前から彼女は体力があまりなく、こういったぶちかましは初めて受ける。


「俺の力はこんなものじゃなぁいっ!」


 そう言ってグロックはもう一度力強くぶちかました、それに油断した蒼き神は息を呑みながら盾を消してしまう。

 それに合わせるように彼女は力強い打撃を真に受け、吹き飛ばされた。

 紅き神が吹き飛ばされた場所へ駆け寄るが蒼き神は傷を受けていて、自ら起き上がることが出来ずにいた。


「ブルー!」

「大丈夫です、後ほど神術で治せますから……」


 蒼き神はその場で力尽きるようにうな垂れた、これを見て紅き神は悔しさをにじませ下唇を噛む。


「ブルーの分も、私がやっつける!」

「ほぉ。その意気、気に入った! 来い!」


 グロックは両手を広げ、紅き神からの攻撃を待った。


「――ファレイム・リオラ!」


 右手に出来た炎のグローブを作って勢いよく突進すると、グロックの腹部に思いっきりぶつけた。

 だが彼の腹部は鎧のように硬い筋肉をしていて、まったく歯が立たない。


「無駄だ無駄だ、ふぅんっ!!」


 グロックはお腹を強く膨らませる、その反動で紅き神は吹き飛ばされた。

 紅き神はタイヤのように転がり、直に起き上がるがその場で立ち上がることが出来なかった。

 すぐに翠の神が駆け寄るが蒼き神と同様にケガをしていることがわかる。


「レッドとブルーの分も……次は僕の番だ!」

「よし。次はお前か、来い!」


 翠の神とグロックが戦っている様子を遠くから見ていた千里は壁から覗き見て怯えることしか出来なかった、足が震えここから逃げ出そうとしている。


「な、なんで、あんなでかい奴と戦ってるの……?」


 紅き神たち三人の神は痛々しげに横たわっていた、それを横にグロックは誇らしげに高笑いしていた。

 終始戦いを見ていた千里は自分が輝石の神であることを忘れ、何も出来ないでいる。

 あの日彼女はグロックに殴られたことで、輝石にまつわることの記憶が飛んでしまっていた。


「さぁ、あと一人いたはずだ! 輝石の神よ、出てこい! 俺は皆倒してからでないと気がすまない!」


 グロックは本来黄の神である千里を呼んでいる、当の本人は怯えて顔を出すことも出来ずいた。

 その時、震えていた足が足元にあった空き缶を蹴飛ばしてしまい音を響かせるとグロックの耳にも聞こえる。


「んっ? そこに誰かいるのか?」


 地面を摺るように歩くグロックはゆっくりと千里に近づく、ここにいることがバレてしまった彼女はもうダメだと思いながらその場でしゃがんだ。


『――チサトがシカトでも、俺がチサトを護らねぇとな!』


 黄の地の輝石ジェセは千里の上着のポケットに入っていた。

 彼女が出かける前に無意識のうちに入れていたためで、密かに思いを強くしていく。


「お。さっきのお前、ここにいたのか! さぁ、輝石を渡してもらうぜ!」


 千里はなおも首を振る、何故襲われなければならないための返事だったがグロックにはそれが輝石を渡したくないという否定の態度に見えた。


「嫌と言うならば、力ずくでいただく!」


 グロックは力いっぱい殴りかかろうと大きく腕を振りかぶった、それを見て千里は脳内で何かが見え始める。

 あの日、黄の神として戦っていた際に同じように殴られた時のものだった。

 千里は何もかも諦めてしまい、目を瞑った。


「――ガイルス・セレイデ!」


 その叫びが街中に響いた、千里にとってそれは自分の声なのだが自ら発した訳ではない声の出た先と同時に殴りかけられていたであろうに自分へ向かってそれが来ないことに疑問が生まれる。

 恐る恐る目を開けると目の前には自分が右手を掲げ、黄色く光った盾でグロックの拳を防いでいた。


「何これ、あたしが何したって言うの……?」


 今の千里には訳がわからなかった。

 自分で声を出し、これを自らの意思で出して防いだわけではないからである。


「ぐっ、この……!」


 悔しさをにじませるグロックは一度拳を引く、これを見てジェセは一度盾を消した。

 その刹那、グロックは勢いよく振りかぶる。


『――やべっ、間に合わね……!』


 油断したジェセは盾の詠唱をしようとする間に千里の頭に拳が直撃して気を失った。

 直後に千里は夢の中で一人、広い大地の上に立っている。


「――何ここ?」


 周りは荒れ果てていて、厚い雲に覆われどこからも光が射していない。


『――サト……』


 遠くから声がする、それと同時に大地が響いた。


「わわっ、何これ!」

『――チサト……!』


 さっき聞こえた声がはっきりと耳に届き、千里は周りを見た。

 それに合わせるように地響きも大きくなっていった。


『――思い出せ、思い出してくれ! 俺と出会ったあの日から、一緒に戦っていった全部を!』


 地響きが続く中で厚い雲から一筋の光が千里を照らす。

 その光が合図となって彼女の脳内から何かが見え始めた、グロックに殴られたことで抜け落ちていた記憶ばかりが改めて埋まっていく。


「大人しくしていればこうはならなかった! さぁ、輝石をいただくぞ!」


 腰に両手を当てながら高笑いをしていたグロックは気を失っている千里に手を掛けようとした。

 その時黄色く眩い光が千里の体を包み込む、グロックは目を覆った。


「なんだこの光は!? 目が、目が開けられない!」

「――ヴァイス・ガイルス!」


 聞き覚えのある言葉、遠くから見ていた紅き神はもしやと思いながら体を起こした。

 その声とともに光がゆっくりと止む、現れたのは黄色いポニーテールを揺らす黄の神だった。

 闇の刺客を倒そうと言う強い意志が生まれ、グロックに立ち向かう。


『――イエロー! 思い出したんだな、俺のことも何もかも!』


 ジェセの問いに黄の神は激しく頷く、これを見て以前戦った時と違うことを察したグロックは両握り拳を力強く合わせ腕を振りかぶった。


「――俺、“雄黄の大地”が行う! 強き心、力をでっかくしろ!」


 その言葉を唱えた後、黄の神の全体を黄色い光が包みこむ。

 先ほどから心の奥底から地響きのように響く物が何なのか今の彼女にはわかっていた。


「ガイルス・ヴァルガス!」


 新たに得た神術の詠唱と同時にグロックの拳が目の前に見えたが黄の神にとってスローモーションのように見え、すばやく身をかわす。

 同時に右拳をグロックの頬に直撃させた。

 紅き神から見て二人の戦いは、早送りのように動く黄の神と普段と変わらない動きのグロックに見えている。


「ぐっぬぅ……!」


 同じことを繰り返していてグロックは次第に疲れ始めた。


「お前、俺の中で一番強い! この戦いはまた預けておく!」


 悔しさを残しながらも彼はその場で影となって消える、闇の刺客を倒した訳ではないため黄の神にとっても悔しさがあった。

 そこへ紅き神たち三人が駆け寄る、改めて記憶が戻った黄の神は申し訳なさそうに頭をかいた。



 戦いを終えたあかりと千里は笑顔交じりに談笑していた。


「そういえばあかり」

「何? 千里ちゃん」

「あいつに殴られて記憶が飛んだらしいけどさ、あたし変なことしなかった?」


 これを言われてあかりは千里から頭を撫でられたことを思い出す、だが今は大切な仲間の記憶が戻ってきたことに喜びを感じていた。


「あかり、あたしの質問に答えて」

「えっ? う、ううん。何も、何もなかったよ!」


 いつもの日常と周りとは異なる日常が戻ってきて、二人の帰り道は笑顔だった。


『――よかったなチサト! 俺と一緒に輝石の力で、どこまでも突き進もうぜ!』

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