約束
翌日の放課後。私と利根川さんは裏庭にいた。二人きりでニワトリ小屋の地面をスコップでせっせと掘っていた。私たちは無言だった。ニワトリ小屋の土は柔らかくてすぐに大きめの穴を掘ることが出来た。
これくらいかな?と私が目で利根川さんに問う。利根川さんは頷いて肩にかけていた通学鞄から封筒を取り出した。私はもう一度写真を見返したいと思ったが、利根川さんは封筒を逆さまにしてバラバラと何の躊躇いや感慨もなく穴にばら蒔いた。私は思わずあっと声が出た。え?と利根川さんが私を見た。私はつい癖で目を逸らしてしまってから、いけないと思って私も利根川さんを見た。
「これを埋めちゃったら、私たちどうなるのかな?」
「どういうこと?」利根川さんは私をじっと見ていた。私は何度も目を逸らしそうになった。
「えっと、つまり私たちはぞうきんがいたから仲良くなれたんだよね。でも、ぞうきんがいなくなったら……」
言い終える前に利根川さんが人差し指を立ててしーっとジェスチャーをした。小屋の外で声が聞こえる。
「絶対、幽霊がいるんですよ。私さっき見ましたから」
「幽霊って捕まえられるかな?」
「先輩、そんなプルプル震えて私にしがみついてたら捕まえるなんて無理ですよ」
やまみちゃんとおかゆ先輩の声だ。声は次第に近づいてくる。手のひらに汗が滲み、背中に冷たいものが走り抜ける。どうする?どうしたらいい?
利根川さんはスっと立ち上がった。動揺する私に「大丈夫」と一言小声で言った。そして、迷いのない足取りで小屋から出た。
「で、でたー!」とおかゆ先輩が叫ぶ声が聞こえた。情けないことにその声で私の体はこわばりしゃがみ込んだまま動けなくなっていた。
「って、待って、おかゆ先輩。この人幽霊じゃないですよ。昨日部室に来たひらり先輩のお友達さん」
やまみちゃんの言葉に私は胸を撫で下ろす。冷静な子がいてくれてよかった。一気に緊張が解けて今度は力が抜けて動けなくなった。
「利根川です」と利根川さんがいつもの抑揚のない声で名乗った。
「おかゆです」
「やまみです」
「「二人合わせて人形劇部でーす」」
漫才みたいに息ぴったり。息ぴったり具合が気持ちよくて(これは後付けの理由だけど)何はともあれ私は立ち上がった。そして、そろそろとニワトリ小屋から出た。
私と利根川さんは人形劇部の二人にぞうきんのことやこれまでの経緯を語ると、おかゆ先輩が思わぬ提案をした。
「じゃ、思い出の写真をただ埋めるだけじゃもったいない!待ってて」と言って何処からか大きな丸型のガラス瓶を持ってきた。
「これに入れてタイムカプセルにしよう。とりあえず五年後、なんとなく五年後。この四人で掘り返そう」五年後か。いったいどうなっているだろうか。私はさっぱり五年後の自分が思い浮かばなかった。ただ五年後、どんな未来が待っていても、四人で集まることが出来たならそれは幸せなことだと思った。
瓶を埋め終わると利根川さんがぼそりと呟いた。
「人形劇部に入ってもいい?」
その言葉に部員三人は顔を見合わせて盛大にハモった。
「「「もちろん!」」」
きれいにハモったので私たちは笑った。普段、感情が読めない利根川さんも笑った。それはそれはとびきりの笑顔で笑った。ぞうきんの可愛げのない「ふーっ」って鳴き声が脳内再生された。ぞうきんはどこかで生きているんだ。そう思うことにした。懐かないし、ブサイクな猫だったけど、私に友達をくれた大好きな猫。
裏庭に幽霊なんていない 入間しゅか @illmachika
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