魔王の嫁入り

西順

第1話 その年世界は一変した

 20XX年夏、地球は魔王シンコウ軍によって征服された。


 巷間を騒がせたウイルスを乗り越えた地球人類に、更に異世界から侵攻してきた魔王シンコウ軍と戦うだけの余力は残っていなかったのだ。


 地球人類は早々に白旗を揚げ、魔王シンコウ軍による征服は可及的速やかに行われた。


 最小限の戦闘によって人的被害ほぼ0で、地球人類は魔王シンコウ軍によって史上初めて統一されたのだ。



 統一国家『魔王国』の初代女王に即位した魔王プルクラには悩みがある。


 ぽろりと口にした、「地球侵略しちゃおうかな」と言う独り言を聞き付けた、魔王シンコウ軍の総司令官が先頭となり、話はあれよあれよと現実のものとなっていった。


 気付いた時には地球各国の国家元首が自分にひざまずいていた。


(自分は魔王の器ではないのだ)


 魔王は心の中で嘆息する。ため息一つ無闇に吐けない。すれば何事か? と魔王シンコウ軍が大挙してくるからだ。


 そもそも魔王は魔王を輩出する家系の出でも何でもなかった。


 ただの魔界のアイドルだった。


「みんなー!! 魔界征服しちゃうー!?」


「しちゃうー!!」


 そんなコールアンドレスポンスが売りのアイドルだった。


 それがまさか自分のファンの中に軍の上層部がおり、その軍がクーデターを起こして魔界を乗っ取ってしまうなんて、魔神様でも思いつかなかっただろう。


 そんなこんなで魔界の女王になった元アイドルは、またもうっかり地球を侵略してしまったのだ。



 魔王には悩みがある。


 魔王も結婚適齢期の女性である。恋愛がしたい。男の人と付き合いたい。結婚がしたい。


 だがそんな事を口に出来る立場ではなかった。


 もし口にすれば、どうなるか分からない。魔王シンコウ軍の動き次第だ。


 侍女の話によれば、シンコウ軍は二つに別れているらしい。


 適齢期のうちに魔王に結婚してもらい幸せになって欲しい派と、いや、魔王は孤高でこそ魔王。誰とも付き合って欲しくない派だ。


 互いが互いを牽制しあい、それは水面下で血で血を洗うものとなっていた。


 それほど魔王シンコウ軍にとって魔王とは神聖なものだったのだ。


 何故なら魔王シンコウ軍とは魔王信仰軍だからだ。



 ここに一人の日本人がいる。名前を福王子ふくおうじ 与四郎よしろうと言う。


 実家は古くから続く庄屋の家系で、それに伴う様々なしがらみが嫌になった与四郎は、実家を離れてサラリーマンをしている。


 そんな実家から電話があった。母の話では、何でも見合いをして欲しいと言う。


 与四郎ももう29歳であり、田舎では結婚して子をもうけていてもおかしくない年齢だ。


 今までも何度も見合い話が持ち上がっては、与四郎は断り続けてきたが、父が昨年大病を患った事もあり、今回親の顔を立てる意味もあって受ける事にした。



 見合い当日はうだるような真夏日だった。


 東京の高級ホテルの和室で、座って相手を待つ与四郎。


 襖がスーッと開けられ、部屋へ入ってきた人物を見て与四郎は息が止まる思いをした。


 そこにいたのは、魔王プルクラだったからだ。


 恐らく魔界の正装であろう原色を多用した目に痛いドレスは、この和室にはそぐわないが、美しい魔王には良く似合っていた。


 与四郎の対面に座した魔王が口を開く。


「プルクラと申します」


 日本語である。


 与四郎は「知ってます」と思わず言いそうになり、それを飲み込む為にゴクリと唾を飲み込んだ。


「あ、えと、福王子与四郎と申します」


 その後話は続かず、沈黙が場を支配する。


「えと、魔王様は……」


「プルクラです」


「……プルクラ様は……」


「プルクラです」


「……プルクラさん……」


「……」


「……は、ご趣味は何でしょう?」


「アニメを少々」


「え? アニメですか?」


「あとゲームとマンガとラノベとコスプレを」


 魔王プルクラはオタクだった。


 驚いて目をぱちくりさせる与四郎。そしてもう一度プルクラの姿を良く見て気付いた。


「アルメニーナ様?」


 その瞬間目を輝かせるプルクラ。


「分かりますか!? 私の格好が『魔光戦記ドルビーネス』のアルメニーナ様だって!?」


「ええまあ、自分もアニメ見てましたから」


「良いですよね! アニメも良かったですけど、原作のラノベがまた良いんですよねぇ!」


 立て板に水とはこの事だろうか? などと思いながら与四郎はプルクラの止まらないアニメ愛トークを聴き続けたのだった。


「……やっぱり原文で見て聴きたいじゃないですか!」


「え!? もしかしてアニメの為に日本語覚えたんですか!?」


「はい!」


「もしかして地球征服したのって?」


「えへ」


 可愛く舌を出されても。……許せる。と思う与四郎だった。


 よくよく聞くと、与四郎が魔王の見合い相手に選ばれたのは本当に偶々たまたまだったようだ。


 魔界、地球を問わず全世界から見合いの申し込みがひっきりなしだった魔王プルクラが手に取ったのが、偶々与四郎のプロフィールだった。


 そんな思いがけない出会いから数日。与四郎とプルクラは婚約していた。


 魔王信仰軍は真っ二つに別れた。


 魔王の婚姻を両手を上げて喜ぶ派から、神聖な魔王がどこの馬の骨とも知れない地球人と婚約した事を嘆く派の真っ二つに別れ、今にも戦争が勃発しそうであった。


 だがそれは直前で回避された。


 きっかけは魔王プルクラと与四郎が、一緒にカラオケでアニソンを歌う姿がネットに流れたからだ。


 その仲睦まじさは、推進派だけでなく反対派さえほっこりさせたのだ。


 そんな訳で順調に結婚まで漕ぎ着けるかと思われた二人だったが、待ったをかける派閥があった。


 地球のレジスタンスだ。


 レジスタンスは魔王信仰軍の征服を良しとしない地球人派閥で組織され、地球各地で過激なテロを繰り広げていた。


 そしてレジスタンスはその活動の一環で、魔王プルクラと婚約した与四郎を誘拐したのだ。


 悪手であった。


 今や魔王プルクラととも魔王信仰軍に神聖視され始めていた与四郎の誘拐事件の解決に、魔王信仰軍は全軍を上げて対処にあたった。


 結果、与四郎は無事保護され、レジスタンスは最後の一人に至るまで葬り去られたのだった。



 その日、魔王プルクラはヴァージンロードを歩いていた。


 その先では笑顔の与四郎が待っていた。

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魔王の嫁入り 西順 @nisijun624

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