オリンピック出場になる筈だった乗馬に風船が教えてくれた事

アほリ

オリンピック出場になる筈だった乗馬に風船が教えてくれた事

 2020年夏。


 人々が次々と感染して死に至らしめて、パニックに陥れている新型ウイルスが舞う空。


 1頭の黒鹿毛の乗馬が悔しそうに見上げていた。


 「僕、パートナーの騎手と共に頑張ってオリンピックの晴れ舞台に立てると思ったのに・・・

 ウイルスとかいうせいで、オリンピック自体が延期になっちゃったなあ・・・」


 この乗馬のレキマーは、元競走馬。


 競走馬時代は全くスランプに陥り、なかなか勝てず。

 最後のダメ元で出走した、障害戦での飛越センスが買われて、このホースライディングクラブで乗馬として暮らしている。


 「僕、元々競走馬として向いてなかったんだ・・・

 ずーーーーっと僕は厩舎の他の馬どもに、『無駄飯喰らい!』だとか、『馬刺し近いぞ!』だとか、『最弱馬!』だとか、馬鹿にされてきたからね・・・

 あの時は、本当に自分に自信無くしていじけてたけど、本当の僕の『乗馬』として見出だしてくれた、このホースライディングクラブに何時も感謝の気持ちでいっぱいで・・・

 僕もその期待に応えて、馬術競技頑張って、頑張って、頑張って、頑張ってきたのに・・・

 本当の僕が頂点立って、競走馬時代に僕を馬鹿にした奴等をみかえしてやれると闘志に燃えてたのに・・・何でこんな仕打ちに・・・?!」


 レキマーは、放牧場の柵から身を乗りだして真夏の汗ばむ時期にも関わらず、装着している新型ウイルス防ぎのマスクが蒸れながらも乗馬の世話をせかせかとする、スタッフを見詰め、深いため息をついた。


 「いったい僕の何が悪かったの・・・?!

 馬神さん!!

 何でオリンピックがやれないの?!

 何で何で何で何で何で何で?!」


 

 ドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタ!!




 「ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!うるせぇ!!うるせぇ!!うるせぇ!!うるせぇ!!」


 隣で寝そべっていた同僚馬のクローサーが起き上がって怒鳴り付けた。


 「おめえはオリンピック出場にいい気になりやがって!!

 競走馬時代に同じ厩舎で、引退して乗馬になったら同じホースクラブで!!

 おめえは俺より競走成績が弱っちぃのくせに!!何でおめえはオリンピック選手なんだ!!

 まあ、例の新型ウイルスで延期になったんだし、ははっ!!

 いい気味だ!!」


 「な、なんだと!!」


 クローサーの冷やかしにキレたレキマーは噛みつこうと、身構えた。


 「おっと!!そういえば、君がオリンピックで乗る筈の騎手。新型ウイルスに感染して、ベット数足りなくてやっと入れた病院で療養してるんだよね。

 そっちの方を心配したら?」


 クローサーのその言葉に、レキマーははっ!と気がついた。


 ・・・あああ・・・そうなんだ・・・


 ・・・僕のパートナーは、僕と人馬一体でここまでやって来た仲・・・


 ・・・でも・・・


 「いったい僕の何が悪かったの・・・?!

 馬神さん!!

 何でオリンピックがやれないの?!

 何で何で何で何で何で何で?!」


 ドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタドタバタ!!




 「ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!うるせぇ!!うるせぇ!!うるせぇ!!うるせぇ!!いい加減にしろレキマー!!」




 ・・・・・・



 ドンドンバンバン!!ドンドンバンバン!!



 「あーーー!!オリンピックに出たかった!!オリンピックに出たかった!!オリンピックに出たかった!!オリンピックに出たかった!!オリンピックに出たかった!!」


 「ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!ひひーーん!!うるせぇ!!うるせぇ!!うるせぇ!!黙れ!!黙りやがれ!!」


 「こっちだって苦しいんだよ!!ライディングクラブは新型ウイルスの利用者感染の為に閉鎖されて、スタッフ達は交代でやって来るだけだし!!

 辛い思いはみんな同じだから喚くのやめろよレキマー!!」


 この日、丁度レキマーが今ウイルスでまた感染して療養中のパートナーとオリンピック会場で馬術競技に出走していた筈だった。

 今、レキマーは厩舎の中でストレスが溜まり悔しがって壁に穴があく程暴れ転げていた。



 「ああ・・・!!馬神様!!今すぐオリンピックを・・・」


 「無理無理!!オリンピックは来年に延期でも・・・」




 ふうわり・・・



 そんな時だった。


 厩舎の中を馬の形をしたマイラー風船がふわふわと飛んできた。


 「やあ、オリンピック選手『の筈の』レキマーさん。」


 「うわっ!!風船?!が僕に向かって喋ってきた!!」


 突然、厩舎の柵越しで覗き込むレキマーの鼻先で、馬の形のマイラー風船が冷や汗を掻いているレキマーに向かって語りかけてきた。


 「あなたは・・・?」


 「ただの通りすがりの馬の風船だよ。ちょっとお腹のヘリウム抜けてるから・・・これくらいしか飛べないけどな。」


 「じゃあ!僕が!!」


 レキマーは、柵を乗り出して馬の風船の吹き口に噛みつこうとした。


 「おっと!!私の様なマイラー風船では馬じゃ膨らませられないよ!!

 馬の肺活量じゃ、直ぐにパンクしゃうよ。」


 馬の風船はそう言うと、鼻の孔を孕ませて息を吸い込んで身体をシワが消える位にパンパンに膨らませた。


 「ところで・・・僕・・・」


 「なんだい?君の言いたいこと知ってるよ。

 確か・・・君はオリンピックに出場する筈の選手馬でしょ?確か・・・レキマー。」


 ・・・図星だ・・・


 「付いてこいよ。本当の事を教えてやる。何で今年オリンピックが開催出来ないのを。」


 「付いてこいって・・・僕、厩舎の中なんですけど?!無理・・・」



 ふうわり・・・



 「ちょっ・・・ちょっと!!僕の身体浮いてるんですけど!!」


 「君を1時的にヘリウム入りの風船にしたよ。」


 「って・・・おっと!!」


 

 ぼよん!ぼよん!ぼよん!ぼよん!



 レキマーは馬房内の壁をバウンドした後、ふわふわと厩舎から外へ飛び出し、空へと舞い上がった。


 「ちょ・・・ちょっと降ろして!!」


 馬の風船と化したレキマーは、慌てて脚をバタバタさせて必死にもがいた。


 「ここは馬場だよ。雲の馬場だと思えば!!

 さあ、無限に拡がる雲の馬術障害を飛び越えて!!」


 「こう?」


 

 ふうわり、ふうわり。



 「おっ!!その調子!!」


 馬の風船になったレキマーは、馬風船に誘われるまま、雲の障害を飛び越え飛び越え、空高く飛んでいった。



 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。



 「うわー!!厩舎も馬場もこんなに豆粒に!!」


 空の下を見下ろすレキマーは、感嘆の声をあげた。


 「よそ見をするなよ、レキマー。まだまだ空のそのまた空の向こうへもっと上に登るぞ!!ついてこい!!」


 馬風船は、辺りをキョロキョロしているレキマーに激をあげた。


 「わ、解ったよ!!そんなに膨れないでよ!!」


 馬風船と風船レキマーは、更に空高く、空高く雲の障害馬場を飛び越えて駆けていった。



 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。


 ふうわり、ふうわり。



 「な、なんじゃこりゃ!!」


 風船レキマーは、真下に拡がる細菌の渦に仰天した。


 レキマーの飛び越していった雲の障害は、夥しい数の細菌の渦の集合体だったのだ。


 その夥しい細菌の集合体は、レキマーの住む国の土地をスッポリと被さるように、不気味に蠢いていたのだ。


 「レキマーよ。これが、今年オリンピックが出来なくなってしまった理由であり、君が騎乗して出場する筈だった乗馬選手が感染して今、隔離されて病棟で療養している訳だ!!」


 「えええええええーーーーっ?!」


 風船レキマーは、身の毛がよだち戦慄が走った。


 馬風船は、おどろおどろした声で尚も話を続けた。


 「よく見ろ。この新型ウイルスの細菌体がこの国を覆っている・・・

 そのオリンピックを開催したいが為に、この国の首相が新型ウイルスの感染を国民にひた隠し・・・検査を怠ってきたせいで!!

 この国は新型ウイルスの渦から二度と出られなくなってしまった!!

 今も・・・病院には夥しい数の感染者が・・・ベッドと足りずに・・・何百人もの死者も・・・

 もうこの国は!!この国の首相がオリンピックを開催したいが為に!!こんなにも犠牲者が!!」


 馬風船の周りには、今にも中身のガス燃え上がらん位の悲憤のオーラが覆っていた。


 「そんな!!オリンピックそのものが!!そんな!!」


 レキマーはショック過ぎて、目から大粒の涙が溢れだした。


 「そんな私は・・・実は・・・この新型ウイルスのせいでお祭りが開催中止が続出した憂き目で・・・倒産した・・・風船卸し会社の・・・売り物の風船・・・

 風船仲間と一緒に皆・・・屋台に揺られて・・・子供に買われて・・・

 そんな夢も・・・この新型ウイルスのせいで・・・!!

 新型ウイルスが憎い!!この国の首相が憎い!!!!!!」



 ばぁーーーーーーーん!!



 突然、怨念のオーラを纏う馬風船が膨張したかと思うと、突然大きな破裂音を立ててパンクしてしまった。



 「うわーーーーーーー!!」



 レキマーは、 真っ逆さまに新型ウイルス舞う空を抜けて墜落していった。




 ・・・・・・


 ・・・・・・



 「何だ、夢か。」


 レキマーは、馬房の寝藁の上からガバッと起き上がった。


 「聞いた?レキマーの馬術競技の選手。新型ウイルスの治療が成功して陰性になって、自宅療養だって。」


 「でも、本当に来年オリンピック開催出来るかしら?」


 「その時、まだウイルス蔓延しててまたこの国の首相が・・・」


 「あーやだやだ!!」


 そんな、厩舎の馬房から聞こえる馬仲間の無駄話を耳をくるくる回して聞きながら、レキマーはまた寝藁の中で踞った。


 ・・・僕は、夢の中のオリンピックで金メダルとろう・・・夢の中なら・・・


 2020年夏。新型ウイルスの終息の目処が立たないこの国の。とある乗馬クラブの出来事。


 

 ~fin~




 

 

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オリンピック出場になる筈だった乗馬に風船が教えてくれた事 アほリ @ahori1970

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