第十話 出迎えと来客

「ただいま……」

「おかえりお兄ちゃん。なに腰押さえて? その歳でギックリ腰は将来苦労するよ」

「腰だけならいいんだけどな。胃やら肩やら色々痛い」

「ゲームのやり過ぎですよ、おじちゃん」


 カラグリフの心臓の郊外にある自宅に戻ると、部屋の中から容赦のない毒舌が飛んできた。



「ったく、毎度容赦ねえなイリリア」

「子供は保護者の背中を見て育つものですから」



 俺を出迎えた銀髪の幼女はイリリア。


 前作ALOからの付き合いになるNPCで、ただのNPCではなく、「ヴァダイ」と呼ばれる特殊なNPCで、ALOのイベントで手に入れる事が出来、キャラメイクや命名もプレイヤーが行える。


 もともと新型AIの試験運用の為に配布が行われたもので、NPCとは思えない人間臭い言動をとる他、データに幅を持たせる為、周囲の影響を受けて性格が変化していくようになっている。


 ヴァダイ達がALOで集めたデータを元に改良を重ねて作られたのが、ASOのNPCに標準搭載されているAIで、その言動の自然さはよく見ればNPCだと容易にわかったALOのNPCとは比べものにならない。



 俺を始め数多くのプレイヤー達に愛されているが、公式からもその人気と功績を認められ、ASOにも連れて行く事が可能となった。


 かくして今もイリリアは俺の家で、誰に似たのか毒舌を吐いているというわけだ。


「ねえ本当に大丈夫なの?」

「へーきへーき。慣れれば苦じゃなくなるから」


 だが彼女は、時に優しい気遣いを見せてくれる。



「よかったらアイスココアつくろっか?」

「ああ、頼む。二人分な」

「はいはい」


 こうやって好物のアイスココアを淹れてくれたりとか。



「ん? 誰だ?」

 VRゲームゆえ、確実に神経性の痛みを抱えつつソファーに寝っ転がっていると、訪問者を告げるウィンドウが現れる。


「ああ、アイツか。おーい、イリリア、すまんがアイスココア一人分追加で」

「あんまり飲むと胃痛が酷くなるよ」

「お客だよ。ベリヤが来たの」

「え!? ベリヤお姉ちゃん!? 早く言ってよ!」


 お姉ちゃんと慕う保護者の後輩の名前を聞くや否や喜び出すイリリア、現金な奴だ。


「イリリアちゃんこんばんはー」

「わー、ベリヤお姉ちゃんだー」

「あ、お料理中って事は……あ、やっぱ章吾先輩いた」


 合鍵である自由滞在権を持っている来訪者は、こちらの出迎えを待たずに家へと入ってきた。


「これはこれはいらっしゃい」

「こんな幼気な女の子にお料理させて自分はソファーでってずいぶんいいご身分ですね先輩」

「うっさい、こちとら体調不良なんだよ」

「ねえイリリアちゃん。こんな人のもと離れてうちにお嫁に来ない?」

「うちの娘に粉かけないで貰えますか? 小生意気だけど大事に育ててきたんですよ!」


 思えばイリリアが毒舌家なのは、このリアル後輩の影響も大きいような気がする。



 プレイヤーネームベリヤ、本名大島里美。俺の中学時代の後輩で、根はいい奴だし、気遣いが出来るし、面倒見もいいのだが。


 ロリコンであるだけでなく、俺と違ってペドフィリアでもある上に、仲間うちでの事とは言え趣味が絡むとためらいもなくアウトな発言し始めるからなぁ。



「さてと、先輩にもお話があるんですが」

「俺に話?」

 一通りイリリアをかわいがると、ベリヤはソファーの脇までやってきた。



「先輩、ASCに戻って来る気はありませんか?」

「……戻って何をしろと?」

「そりゃ当然復職して頂くんです」


 コイツ俺が誰のせいで失脚したと思ってんだ。


「お前が内務人民委員じゃいかんのか?」

「いかんのです。特に古参勢からは前任と違ってガチな感じがそんなにしないって意見があってですね」

「俺が降りたのはそのガチなロールに限界を感じたからだ。だからお前のクーデターに乗じて引退したんだろうが」

「えー。私先輩が報復に来るのオフィスに自爆装置仕掛けながら待ってたんですけどー」


 これ見よがしに頬を膨らませて見せるベリヤだが、仕草のあざとさで誤魔化せるような会話内容ではない。



「キャラが作れないんだからしょうがないだろう。もともと俺は演技とかそういう類いが得意じゃないんだ。あのキャラは半分素だったからこそできたんだ。俺も丸くなった、もう無理だよ」

「せめて半日くらいあの畜生ぶりを保てたりしません? そうすればイベントに顔出すくらいはできると思いますけど。せっかく私が襲名せずにいるんですから」


 さすがに全面復帰は無理と悟ったベリヤが、今度はイベントだけでも参戦してくれと頼んでくる。


「半日か……まあそれくらいなら? いやわからんけれども」

「それはよかったです。イベントがありそうなら連絡しますので楽しみにしててくださいね? アナザーステージコミンテルン前内務人民委員、同志エジョフ」



「アイスココアできたよー。ベリヤお姉ちゃんの分もあるけど飲んでく?」

「ほんと? いただきます!」


 その後、ベリヤはASCについて一言も言及する事なく、イリリアをかわいがるだけかわいがって帰って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日もフィルガルズは楽しいです 竹槍 @takeyari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ