第九話 師弟誕生

「なぁウィンド、お前本格的に強くなってみる気はないか?」

「え? 本格的に強くなるって?」


 いきなり話を切り出され困惑しているウィンド。


「言葉通りの意味さ。お前には計り知れない才能がある。リアルでの生活に支障をきたさずとも相当強くなれるはずだ。せっかく買ったゲームなんだ、行けるところまで行ってみないと損じゃないか?」

「行けるとこまで……か」

 俺がそう畳みかけると、ウィンドは下を向いて考え込んだ。



 俺達三人が見守る中、ウィンドはゆっくり顔を上げ、深呼吸をした。


「うん! 乗った! 僕強くなってみる! やれるとこまで!」


「よぉしきた! これでお前もゲーマーの仲間入りだ!」

 満面の笑みを見せてそう答えるウィンドの背をバシバシと叩きながら、彼が俺達の側へ来たことを歓迎する。


「と言うわけでクローバー。申し訳ないが今後もちょくちょくこいつの面倒見てくれないか。多分俺が教えられることは効率のいいレベリング方法とかそれくらいしかない。俺が見ててもテクニックは磨けない。こいつから頼まれといて情けないが、協力して貰えるか?」

 俺はクローバーに頭を下げてこう頼んだ。


 さっきも言ったとおり、ウィンドの教練を俺が行うのは明らかに力不足だ。


 俺よりも、「狂乱の魔女」たるクローバーの方が適任であろう。


「……え……あ、私ですか?」

「ああ。この通りだ頼む」

「あ、あの僕からもお願いします。もっと強くなりたいんです」

 俺だけでなく、ウィンドもそう言って頭を下げる。


「……わかりました。私でよろしければお力添えします」

「! はい! ありがとうございます!」

「すまん、頼む」

 やや押し切られる形ではあったものの、彼女はいつになく頼もしい表情でそう承諾した。トップランカーの貫禄というやつだろうか。

 今思い返せば大会での彼女は凜々しい顔をしていたような気がする。他のトップランカー達の癖が強くあまり印象には残っていないが。



「さて、始めてから結構たつが時間は大丈夫かウィンド」

「え、あ、マズい! もう十一時回ってる! ごめんそろそろログアウトしなきゃ」

 教育係も確保したので、夜遅くなりすぎるなと家の人から言いつけられているウィンドにそう声をかける。


「あの、クローバーさん、その、ありがとうございます。それと、よろしくお願いします」

「……いいえ、こちらこそ。この時間帯は基本いつでもいるので、気軽に声をかけてください」

「はい! 頑張ります!」



「いやー、しかしあなた結構策士なのね」

 和やかに会話するウィンドとクローバーを眺めていると、チューリップが個別回線でそう言ってきた。

「策士って?」

「ほら、疾風の指導を芽依ちゃんに頼んだじゃない。よくとっさに思いついたね」

「あ、ああ……そういや当初の目的は二人をくっ付けることだっけ」

 チューリップに言われ、すっかり忘れていた当初の目的を思い出す。


「え? 忘れてたの、まぁ結果オーライだからいいけど……」

「ゲーマーの血が騒いでそれどころじゃなかった。今後は気をつける」

 そして本来の目的を思い出すや否や、抱えていた疲れが一気に襲いかかってきた。変な芝居を打っていた上に途中かなり興奮したせいだろう。



 さてそうこうしている内に、ウィンドを見送ったクローバーが口元を緩ませながらこちらにやって来た。

「ハンバードさん、今日は……ありがとうございました」

「いえいえ。力になれてなによりです」

 俺に頭を下げるクローバー。まだ周囲に気を配るだけの余裕はあるようだ。



「涼夏ちゃんもありがとう。私一人だったら……こんなこと思いつかなかったしできなかった」

「いやぁ、いいのいいの気にしないで。焚き付けたのは私なんだし」

「ごめんね、いっつも世話を焼いて貰って……」


 そのままこんな会話を聞いていた俺の感覚が、ある違和感を捉えた。


「なんだ言い出しっぺはチューリップだったのか。結構お節介なんだな」

「お節介ってなによ」

「人の恋路に頼まれてもないのに首突っ込んで、挙げ句こんな回りくどいこと考えるのは十分お節介だと思う」

「はいはい、お節介で結構。それよりこの後はどうするの? 私はそろそろ落ちようかな」

「あ、じゃあここらで一旦お開きにしましょうか」

「あ、はい……それでは」

「また今度ねー」


 女子二人と別れ、家路についた俺の中で先ほどの違和感は確信に近いものとなっていた。ノーマークだったチューリップもとい大室涼夏だが、これは警戒しておかないといけないかもしれない。


 クローバーは気がつかなかったようだが、自分が焚き付けたと言った時にチューリップは、一瞬クローバーから目を逸らしていた。そして試しに揺さぶりをかけてみると、やはり目の焦点が合うまでに時間がかかった。明らかに何かがある。



 だがまあいい。いずれにせよ急ぐ必要はないだろう。とりあえず今日のところはあの子に癒して貰おう。

 心なしか重い身体を引きずって、俺は家路についた。

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