第八話 ランカーの意地
「すごい! すごいよ! ハンバードって大会でも名前が出るレベルの大物だよ。それを相手にあそこまで上手くやるなんて」
リスポーンして客席にやって来たウィンドを興奮気味に賞賛するチューリップ。まあ名前が出ると言っても戦闘能力じゃなくて我ながら酷いプレイスタイルとあだ名のせいだけどな。
あととある有名実況者に目をつけられてしまったのも大きいと思う。
それにしてもウィンドの実力は本当に凄まじいものがある。絶対に相手のペースに乗らず、逆にこちらのペースに相手を引きずり出すのが俺の持ち味なのだが、今回は見事にウィンドのペースに乗せられた形となってしまった。
あの駆け引きのうまさは天賦の才のみならず経験によって培われたものだろう。どこでそんなもの身につけたことやら。
「あの……もしよろしければ、私とも一戦……いかがですか? あ、もちろん無理にとは言いませんが……」
そして観客席ではクローバーがウィンドに対戦を持ちかけていた。
「ちょ、ちょっとクローバーちゃん? さすがにそれは……」
「いや、わからんぞ」
チューリップはトップランカー相手はさすがに無理だとでも言いたげだったが、俺はそうは思っていなかった。
「はい! 喜んで」
そしてウィンドも二つ返事で了承した。
「あいつなら一矢報いる位はできるんじゃないかな?」
「一矢報いるって……まあさすがに勝てるとは思えないけどさ……あの子好きなものにはとことんこだわる子だから手加減したりとかしないと思うし」
下に降りていく二人を心配そうに見送るチューリップにそう声をかける。
「それにここでトップランカーの実力に触れておくのも悪くないと思う。ランカークラスとやり合えるなんてなかなかないぞ。俺も長いことやってて二回くらいしか経験が無い。しかも両方サシじゃなくて団体戦だ」
「それでも二回あるんだ……」
両方ともかつての所属ギルドの抗争の中での話で今となっては昔の話だ。両方とも負けたし。片っぽは虐殺同然で勝ち負けとかそういう次元じゃなかったし。
「それにゲーマーは殴り合って仲良くなるものだ。これはファミコンの時代から続く伝統だ。オンゲーならリアルファイトに発展する心配は無いしな」
「いやリアルファイトに発展ってそれ仲悪くなってない? 言っとくけど殴り合った後に仲直りできるのは男子だけだからね」
「冗談だって。一回負けたくらいでアイツが拗ねるわけねえだろ。そら始まるぞ!」
向かい合った状態からウィンドが右斜め前に猛然と走り出す。それを迎え撃つ形でクローバーは風魔法、ストームエッジを放つ。
高弾速低火力で知られ、牽制等に多用される技で、避けづらい為本来ならテンポを崩すくらいなら受けるという手も選択肢に入ってくるのだが、ステータスの低いウィンドは一発喰らうだけでも結構なダメージを負うことになるだろう。その上偏差調整は素人目に見ても完璧で、避けるのは不可能かに見える。
しかしウィンドもさるもの、瞬時に横向きの一撃の下に滑り込み間一髪回避に成功、そのまま左斜め前を向き直った。
だがクローバーは動じない。ストームエッジをもう一発ウィンドの前方へ放つ。
高等技術であるはずの偏差射撃だが、ランカー勢からすれば基礎技能の内。
しかし二発目のストームエッジの着弾を確認するより早くクローバーは反対側に向き直り、ウィンドと相対していた。
どうも俺はクローバー共々ウィンドに嵌められたらしい。
あいつは左へ方向転換すると見せかけ、右方面から距離を詰めようとしていたのだ。
ランカーレベルだと先読みが必須になることを逆手に取り、一瞬身体を左に向け無駄撃ちを誘発させたのだ。
到底初心者とは思えないムーブ。ここまでくるとえげつないとでも言うほか形容のしようがない。
だがそこまでだった。剣を使うウィンドは当然相手へ接近しなければならないが、そこは「狂乱の魔女」クローバーの間合いである。
なんとか不意を突こうとしたウィンドだったが、クローバーの方が一枚上手だった。
クローバーの杖から藍色のまばゆい稲妻が放たれるやウィンドの姿が霧散して消える。
あれは「
雷魔法の中でも最高の威力を誇るスキルで、燃費の悪さがネックになるものの同程度の威力の魔法と比べて発射までの予備動作が短い、クローバーを代表する魔法の一つだ。
結局、ランカーの意地か一太刀も入れる事が敵わぬままウィンドは散っていった。
当然と言えば当然の結果なのだが。
「よくわかんないけどあれ結構な大技でしょ? なんであんたといい芽依ちゃんといいゲーマーって大人げないの?」
「大人げないのは否定しないが、格下の相手にも全力で当たるのはゲーマーにとってある種の敬意の現れだ。まぁそういうのに関係なく勝負事で手加減が出来ない人種ってのはいるけどな。個人的にクローバーはそっちだと思う」
思わず呆れるチューリップと、苦笑いする俺の前にウィンドとクローバーが戻ってきた。
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