第20話 エピローグ
土御門は不敗の陰陽師だ。
今でもそれに変わりはないと、女は思っている。
「五百旗頭の化け狐が出てこなかったのが残念ね。あのすかした顔面に、剥離糾の一撃を入れてやれたら、どれだけすっきりしたでしょう」
その声はどこまでも甘やかで、聞く者の鼓膜をとろかすようだ。
けれど彼女を知る者は、その腹の中が怒りで煮えたぎっていることに気づくだろう。その証拠に、その紅玉のような目は異様にぎらついている。
苦汁を嘗めさせられた仕返しは、必ずどこかでしてやらなければならない。
取るに足らない小雀の式神にも、間の抜けた陰陽師――否、鏡の巫女にも、彼女が味わったものと同等の苦痛を賞味させてやらなければ。
優れた陰陽師の素質は何か。
土御門の姉弟に聞けば、こう答えが返ってくるだろう。
『執念深いこと』
飽かず、疎まず、丹念に育てた恨みは――やがて呪いの仇花となって、毒々しいまでに美しい花を咲かせるのだ。
*
復活した小夜子は、心なしか前に会った時より太っていた。
「小夜子、……け、健康になって何よりだね!」
「太ったって言いたいんでしょひよりーん! いやーなんか、ストレスでドカ食いしちゃったんだよね。大学生になって環境が変わって、それで……みたいな?」
ひよりは、小夜子の不調が剥離糾のせいだったことを知っている。
あれは負の感情のブラックホールみたいなもので、直接触れなくても、人々の気力を奪ってゆくものだ。それがなくなった今、本来の小夜子に戻ったとも言える。
「でもひよりんはなんか、新しい勉強始めた感じなの? 図書館にこもりっきりって聞いたけど」
「ちょっとね。私まだまだ未熟なんだなって思ったから」
「ふーん……。あたしも何か手伝おっか?」
小夜子の申し出に、ひよりは静かにかぶりを振る。
「気持ちだけ受け取っとく。じゃ、私これから図書館だから」
「ん。お昼はカフェテリアねー」
「分かった」
ひよりは大学図書館の書庫に向かう。年に一回、閲覧者がいればいい方の、郷土史の棚の方にするりと身を滑らせる。
薄い紫色の本を手に取り、そっと開けば――。
そこはもう弦狼堂だ。五百旗頭がにっと笑って、こちらに手招きしている。
「こんにちは、主様! 今日もお勉強ですね」
「はいっ。五百旗頭さん、よろしくお願いしますね」
「ううむ、教師役というのも新鮮で面白いな。さて今日は式神を使って情報を集めるやり方を覚えて貰おう……」
首筋の、椿と蝶のしるしにこっそり触れる。
自分が陰陽師としてやっていけるかは分からない。けれど、自分を主と慕ってくれる式神や、自分の性格を、良いものだと言ってくれる存在のために――。
今日も、ひよりは、ひよりとして在り続けるのだ。
鏡の巫女と縁切り雀 雨宮いろり・浅木伊都 @uroku_M
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