エピローグ 俺が好きなのは妹だけど妹じゃない

「えへ、えへへへへ…………、ハッ!?」

 私は不意に我に返ると、キョロキョロと辺りを見回して、自分が今どこで何をしているのかを思い出します。

 私は今、自分の部屋でレポート作成の作業をしているところでした。例の「妹が絶対に負けないラブコメ」を作るために「兄妹における最高の関係」とは何かを模索するというテーマのものです。

 結局編集部では完成させることができず、家に戻ってから改めて取り組もうと机に向かったのですが……、

「う……、ま、またやってしまいました……」

 私は目の前のノートPCを見てガクリと肩を落とします。

 というのも、その画面に映し出された文書作成ソフトには本来ならレポートの内容が記入されていないといけないはずなのですが、なんとそこに書かれているのはお兄ちゃんとのラブラブ妄想だというのですから、我ながら目を覆いたくなります。

「こ、これでは編集部での時とまったく同じではないですか……」

 その呟きの通り、私はまたレポート作成に行き詰まり、代わりにお兄ちゃんとイチャイチャするシーンを想像して無意識のうちに妄想を書き綴っていたようです。

 ……テーマがテーマだからとはいえ何度も同じことを繰り返すなんて、まったく、私はどれだけお兄ちゃんのことが好きなんですか……。いえ、もちろん大好きなんですけど。

「……ふぅ、ちゃんとしないといけません」

 私は新規の文書を作り(もちろん、妄想を書き綴った分はちゃんと保存しました)、今度こそはと気を引き締めて、改めてレポート作成に取り組みます。

「…………う、ううん」

 ですが、そうするとやはり手が止まってしまいます。妄想に浸っていた間にはおそらく高速でキーボードを叩いていたはずなのに、今はその手がピクリとも動かず、ノートPCの画面は真っ白なままです。

「……ああ、ダメです。何を書けばいいのかまるでわかりません……」

 数分後、私は一文字も書かれていない文書ファイルを前に、机に突っ伏します。

 お兄ちゃんのことが大好きで、隙あらばさっきのようにお兄ちゃんとのラブラブな関係を妄想し、現実では編集長として今まで数多くの兄妹モノ作品を世に出してきた私ですが、

改めて「兄妹における最高の関係」というテーマを前にすると、これといった答えが出せずにいるのでした。

 私はすっかり困り果ててしまいました。そして、こういう自分の力だけではどうにもならない事態に直面した時に、私がとる行動は一つしかありませんでした。

 私は自室を後にすると、隣にあるお兄ちゃんの部屋と向かいます。そうしてノックをして返事を待ってから中に入ると、いきなりこう切り出したのでした。

「お、お兄ちゃん、私とイチャイチャしてください!」

「はぁっ!?」

 

 数分後。

「えへへへへ……」  

 私はお兄ちゃんの膝の上に座って、お兄ちゃんの腕の中で至福の時間を過ごしていました。お兄ちゃんの温かさと優しい匂いに包まれて、頭の中がフワフワしています。

「あ、あのー……、そろそろなんでこんなことになってるか説明してほしいんですが……」

「ぴぅっ!?」

 ですが、お兄ちゃんにそう言われて私は慌てて正気に戻ります。

「で、ですから仕事です! 編集長としての仕事の一環でこうする必要があったんです! 二人で一人の編集長であるお兄ちゃんは、私に協力してもらわないといけません!」

 思わずお兄ちゃんとのイチャイチャを堪能してしまっていた私は、恥ずかしさを誤魔化すようにそう勢いよくまくし立てます。

 そう、皆さんには秘密にしているのですが、私はシスタジア文庫編集長の仕事をお兄ちゃんに協力してもらいながらこなしているのでした。

「い、いや、仕事ってのはもう聞いたし、もちろん協力はするけどさ。その仕事の内容ってのは具体的にどんなもんなんだ?」

 そう訊ねられて、私は例のレポートのことをお兄ちゃんに説明します。編集長なのにそんなことで苦戦してるのかと失望されるかもしれませんが、もはやお兄ちゃんに頼る以外術がないのです。

「…………」

「……お兄ちゃん?」

 しかし、お兄ちゃんは私の話を聞いて、なぜか複雑な顔をして黙り込んでしまいました。

 私は不思議に思って首を傾げたのですが、その瞬間、なぜかお兄ちゃんが私の頭を優しく撫で始めたではありませんか!?

「おおおお兄ちゃん!?」

 私はうれしいながらもビックリして「ど、どうしたんですか!?」と問いかけます。

「……いや、俺ってちゃんとした兄貴として認識されていないのかなって思って」

 すると、お兄ちゃんはそんなわけのわからないことを言ってきたのです。

「え? ど、どういうことですか?」

「いや、だって『兄妹における最高の関係』がわからないって言っただろ? 俺もそういう難しいことはよくわからないけどさ……。俺はお前のことを、よく気が利くし、優しいし、支えてもらってるし、最高の妹だって思ってるから、そんなお前との関係は最高の兄妹だなって考えてたんだ。でも、お前の方はそう思ってないのかなって考えるとなんか寂しくなってさ。だったらせめてこれから少しでもそう思ってもらえるように、もっとお前の力にならないとなって……」

 ——だから、イチャイチャしたいって言ってたからもっとそうしようと考えた。

 お兄ちゃんはそう言って、言葉通りどこか寂しそうな顔を見せます。

 私はそれを聞いて、慌ててそんなことはないと否定しようとしました。私にとってもお兄ちゃんは最高のお兄ちゃんですと、すぐさま返そうと思いましたが、

「あ……」

 その瞬間、私はわかってしまったのです。

 「兄妹における最高の関係」とは、お兄ちゃんは最高の妹だと思い、妹は最高のお兄ちゃんだと思い、そしてお互いに支え合うことなんだと。そういう関係を気付き上げることができる妹が「絶対に負けない妹」なんだと。

「……そんなことありません。お兄ちゃんはもう十分私の力になってくれています。その証拠に、レポートの答えが見つかりましたから」

「え? なんで急に?」

 私がそう言うと、お兄ちゃんは驚いて目を見開きます。

 そうやって、無意識のうちに私を支えてくれるから、お兄ちゃんは最高のお兄ちゃんなんです。そして、そんなお兄ちゃんを私も無意識のうちに支えられていたのなら、それはやはり「最高の関係」と言っていいのではないでしょうか。

「まあ、よくわからないけど、仕事が進みそうならよかったな」

 お兄ちゃんは首を傾げながらも、優しい笑顔でそう言ってくれました。なので私は「はい」と頷きながら、こう返しました。

「ではお兄ちゃん、悩みも解決したところでイチャイチャの続きをお願いします!」

「は!? な、なんでだよ! その悩みを解決するためにやってたんじゃないのか!?」

「そ、それはそうですが、より完璧に解決するため、さらなるイチャイチャが必要なんです!」

 私は慌てるお兄ちゃんに向かって、強引にそう言い切ります。

 もちろん、もうそんなことをしなくてもレポートは作成できるでしょう。

 ですが……、お兄ちゃんとイチャイチャできるせっかくの機会を、そうやすやすと手放すなんてできるはずがありません!

「さ、さあ次は、後ろからギュッと抱きしめたまま耳元で優しく囁いて……!」

 これはまぎれもなく私のわがままです。

 でも、こんなわがままも時には許されるんじゃないかと信じています。

 だって、私達はそれだけの最高の関係を築き上げてきた兄妹なんですから……。


「皆さんも、どうやらそれぞれの結論に達したようですね」

 後日、編集部にて。

 私は皆さんから提出されたレポートに目を通しながら、そう呟きます。

 みんな、それぞれの「お兄ちゃん」との関係を通して「兄妹における最高の関係」という難しい問いかけに、立派に答えを出していました。

 私はその結果に満足しながら、これで我が編集部も今まで以上にハイクオリティな作品を世に出し、ひいては「妹が絶対に負けないラブコメ」の完成に尽力してくれることでしょう。

 いろいろ苦労はしましたが、今回のレポート企画は大成功でした。今後とも折を見て、選ばれしシスタジア文庫編集部の一員として、こういったテーマを追求していくのはいいことなのかもしれません。

「……それに、これを口実にお兄ちゃんとイチャイチャすることもできますしね。えへへ、えへへへへ……」

 ……っと、なんだか本音——ではなく! 失言が漏れてしまいましたが、聞かなかったことにしてくださいね! えへへ……。

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「俺が好きなのは妹だけど妹じゃない」×「好きすぎるから彼女以上の、妹として愛してください。」×「両手に妹。どっちを選んでくれますか?」コラボ小説 恵比須清司×滝沢慧/ファンタジア文庫 @fantasia

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