第4話 好きすぎるから彼女以上の、妹として愛してください。



「うぅ~……わかんないよぉ……」


 自分の部屋。普段、テスト前以外は全然使わない机に突っ伏して、アタシはうーうーと唸る。

 でも、どんなに唸っても、ちーっとも答えなんて出てこない。はぁ……これなら、古文の試験のほうがまだ簡単だよ……。


「『兄妹における最高の関係』かぁ……」


 うああ! どうしよう!? さっぱり思いつかないぃ~!


 うぅ……まさかフクヘンシューチョーとして、シスタジア文庫のお手伝いすることになっちゃうなんて……! 主任さんは『ただのバイトだ』って言ってたのに、責任ジューダイすぎるよ~……。


「『兄妹における最高の関係』……『最高の関係』……『最高』……サイコー……うぅぅぅ~……」


 最高……最高って、つまり、一番いいってことじゃん。でもでも! 世界には、いろーんな妹とお兄ちゃんがいるのに、その中の一番が何かなんて、そんなの簡単に決められないよ~……。


 そ、そりゃあ、アタシだってお兄ちゃんのことは……大好きだし。『お兄ちゃんとこんな風になれたら最高!』って思うことなら、いくらだって書けるけど。


 例えば……朝起こしに来てもらったりとか、ご飯『あーん』してもらったりとか? 一緒にお店の手伝いして、疲れたなーって時には肩揉んであげたり、揉んでもらったり! 夜は添い寝とかしてもらってー。腕枕とか、子守歌とか……そんでそんで、将来はお兄ちゃんにウチのお店を継いでもらって、お兄ちゃんが大将、アタシが女将で、二人でニニンサンキャク……みたいな? 近所でもヒョーバンの仲良し兄妹になって、お客さんに『まるで夫婦みたい』とか言われちゃったりして!


「はふぅ……最高……えへへ……」


 ……はっ!? だ、だめだめ! 今はそーゆーの考えてる時間じゃないってば!


 だって、今のって結局、『アタシがしてほしいこと』だし……それって最高と違うし……お兄ちゃんの理想はもっと別かもしんないし……。

 ……っていうか、お兄ちゃんだったら、どんなレポート書くんだろ。

 お兄ちゃんにとっての、『兄妹における最高の関係』……それがわかったら、アタシももっと、お兄ちゃんにとっての『理想の妹』に、近付けるかな?


「…………そ、そうだよね! このままアタシ一人で悩んでても、答え出ないかもしんないし! それじゃ、編集部にもメーワク掛かっちゃうし! 兄妹のレポートなんだから、お兄ちゃんに手伝ってもらうのは、間違ってないよね! フツーだよね!」


 早速、アタシはスマホに手を伸ばす。


 ……実は。『妹』ってことでフクヘンシューチョーを任されたアタシだけど、アタシとお兄ちゃんは、本当は兄妹じゃない。両親が再婚して義理の兄妹になったとか、そういうんでもない。


 でも、それでもアタシが、お兄ちゃんのこと『お兄ちゃん』って呼んでるのは……呼べてるのは、ちゃーんと理由がある。


 『レンタルお兄ちゃん』。お兄ちゃんが始めたバイト。そこでお兄ちゃんを『レンタル』することで、ホントは血のつながりのないアタシでも、お兄ちゃんの『妹』になれちゃうんだ。


 ◆◆◆


「『兄妹における最高の関係』……?」

「そうそう! お兄ちゃんは、どう思うかなーって」


 お店に『出前』をお願いして、近所のハンバーガーショップでお兄ちゃんと合流する。


 えへへ、お兄ちゃんとデート…………じゃない! こ、これはレポートのためなんだから、真面目にやんなきゃ! 真面目に!


「アタシもずっと考えてるんだけど、なかなか『これ!』っていうの決まんなくて……だ、だからね? あくまでも参考になんだけど、お兄ちゃんにとっての『最高の妹』ってどんななのか、教えてほしいな~って……」

「いや、けど初葉……お前軽く言ってるけど、それはすさまじく、すさまじく重大な問題だぞ……。極めて慎重に扱う必要がある議題だ……下手をすれば戦争が起きかねない……」

「そんなに!?」

「だってさ! 世の中には星の数ほど妹ヒロインがいるんだぞ! 当然関係性だって妹ごとに違ってくる……その中で誰が一番かなんて争うような真似、俺にはできない!! みんな世界にひとつだけの妹(花)なんだよ!!」

「そ、そんなにむつかしく考えなくても……んーと、じゃあ! 『最高の関係』のことは、一旦置いといて! その……お兄ちゃんは、アタシにどんなことしてもらったら、一番嬉しい……?」

「え?」


 あわわ……い、いざ聞いたらドキドキしてきた……! 顔が熱いよ~……! でも、お兄ちゃんの『理想の妹』に、近付くチャンスだし!


「どんなことって……な、なんか話がずれてないか? レポートのテーマは『兄妹における最高の関係』なんだろ?」

「だから、その参考のために、お兄ちゃんにとって『最高の妹』がどんななのか、教えてほしいの! アタシはお兄ちゃんに、一番だって……『最高に』可愛い妹だって、思ってほしいもん……!」


 恥ずかしいのを我慢してじーっとお兄ちゃんを見つめたら、お兄ちゃんはちょっと顔を赤くして、目を逸らした。よーし、もうひと頑張り――。


「あれ? 初葉じゃん。え~、ぐーぜーん。何してんの~」

「え!?」


 びっくりして振り返ったら、そこにはクラスの友達がいた。


 や、やば……!? お兄ちゃんと一緒にいるとこ、見られちゃった! バイトのことはヒミツなのに……!!


「あれ……真島も一緒? え、何……真島と初葉って、もしかしてそーゆー……」

「ちっ、ちがっ! ア、アタシとお兄ちゃんは別に……!」

「『お兄ちゃん』?」


 あああ! アタシのバカー!!


 ど、どうしよう……!? なんとか誤魔化さなきゃ……! で、でも、なんて言えば――。


「――あのなぁ、いい加減にしてくれよ片瀬(・・)! 偶然会ったからって、人のこと『お兄ちゃん』とか呼んで、からかってきてさ。そういう冗談はせめて教室にいる時だけにしてくれよ」


 アタシがなんにも言えないでいたら、お兄ちゃんが、そう言って席を立った。そんでもって、ちらっと目で合図してくる。


 ハッ! 『話を合わせろ!』ってことだよね、これ!?


「な~んだ。またいつもの真島いじり? 初葉も飽きないね~」

「だ、だって“真島”ってば、反応面白いんだもん! すーぐ真っ赤になるし~。ねー、『お兄ちゃん』?」


 いつも教室でしてるみたいに、ふざけた振りでお兄ちゃんに胸を押し付ける。


 わ、わ~! 恥ずかしいよぉ~! なんでアタシ教室でこんなキャラ作っちゃったの!? こうでもしないと、お兄ちゃんに話しかけらんなかったからだけど!


 お兄ちゃんはいつもみたいに、「やめろよっ」って慌ててアタシから離れて……でも、アタシのこと押しのける手付きは、ちゃんと優しくて。そのまま、これ以上アタシが困らないように、一人でお店を出て行ってくれた。


「……あ。ごめんね、初葉。あたしもかれぴと待ち合わせしてて、もう行かなきゃ」

「う、うん。またガッコでね~」


 ……………………がっくし。


 うぅ……アタシから呼び出したのに、お兄ちゃんに迷惑掛けちゃった。結局ちょっとしか一緒にいられなかったし、『兄妹における最高の関係』は、全然わかんないままだし……。


 ……それとも。アタシがお兄ちゃんのホントの妹じゃなくて、『レンタル』してるだけだから、わかんないのかな……。


「……はぁ」


 思わずため息を吐いたとき、テーブルに置いてたスマホが『ピロン』と光った。誰からだろ……って、お兄ちゃん!?


◆◆◆


 お兄ちゃんに連絡もらって、アタシは『レンタルお兄ちゃん』のお店にダッシュ。


 そこにはお兄ちゃんが待っててくれて。『まだレンタル時間は残ってるから』って、一緒にいてもらえることになったんだけど……。


「……でも、なんで膝枕?」

「してほしいって言ったのは初葉だろ」

「そ、そうだけど! だって、お兄ちゃんが『甘えてくれ』って言うから……」

「さっき聞いたじゃないか。『お兄ちゃんはアタシに何してほしいの?』って。俺は、こうやって初葉に甘えてもらえるのが一番嬉しいんだよ」

「……それって、お兄ちゃんは、『甘えてくれる妹』がリソーってこと?」

「そういうわけじゃなくて……その、ただのクラスメイトだったら、こんなことできないだろ? こうしてるとさ。俺は初葉の『お兄ちゃん』なんだって……『お兄ちゃん』でいてもいいんだって、そう思えるんだよ」


 なんだかホッとしたようなその言葉に、ハッとする。


 もしかして……『レンタルだから』って、気にしてたのは、アタシだけじゃなかったのかな? お兄ちゃんも、不安だったとか……?


「ア、アタシにとっては、お兄ちゃんはずーっとお兄ちゃんだよ!」

「ずっとって、俺と初葉が会ったのは入学式だから、まだ二ヶ月ぐらいしか経ってないだろ」

「そ、そうだけど……」


 ……そう。本当はちっちゃい頃から、ずっと大好きだったお兄ちゃん。せっかく高校でまた会えたのに、お兄ちゃんは忘れちゃってて……だから、アタシはずっと、お兄ちゃんにホントのこと言い出せなくて。


 でも今は、昔みたいに、お兄ちゃんって呼んで、一杯甘えさせてもらってる。『レンタルお兄ちゃん』のバイトがあるおかげで。


 もしかしたら、それって、とっくに――。


「……うん! そーだよね!」

「きゅ、急に一人で頷いてどうした……?」

「えへへ、なんでもない。それより……えへへ、おにーちゃん、だーい好き!」

「うわっ!? い、いきなり抱きつくなよ……! 危ないだろ」

「だって、好きなだけ甘えてもいいんでしょ? レンタルだけど、アタシとお兄ちゃんは、ちゃんと『兄妹』だもんっ」

「そうだけど……っていうか、お前、のんびりしてるけど、レポートいいのか?」

「いーの! 何書けばいいか、ちゃーんと思いついたから! お兄ちゃんのおかげで!」


 ――相手のこと、『お兄ちゃん』って呼べること。呼んでもいいこと。お兄ちゃんはアタシのお兄ちゃんで、アタシはお兄ちゃんの妹で、お互いに、ちゃんとそう思ってる。


 それって、それだけでじゅーぶん……最高の関係、だよね?

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