二章 スキルを習得し、装備を充実させる その4

「ありがとうございました」

『ヴィズマ』のイケメン店員さんが、廊下へ出て僕たちを送り出してくれた。

 初めて体験したが、こういうお洒落な店では、買った客をこうして見送ってくれるらしい。不思議なシステムだ。

 いま身にまとうのは先程試着したパンツと、舞が選んだジャケット。購入したさい、店で値札を外してもらった。着てきた服は袋の中に入れてある。

 値段は合計一万八千円。パンツとジャケットを選ぶのに、一時間を要した。

「買い物って、結構大変だね」

「何を甘いことを。まだまだこのエヴァース内で、買い物しますよ」

「え、さっき一万八千円も使ったのに?」

「高校では、私服で出かけるのは休日くらいしかないですから、少ない服でもしがききますけど……毎日私服で過ごす大学は、ある程度の服を持ってローテーション組まないと、きついです」

「なるほど~」

「って、なんで女子高生である私が教えてるんですかっ」

 舞が、軽く肩をぶつけてきた。

「でも僕、もうお金がそんなに」

「大丈夫。これから行くのはウニクロやCUです」

「え、ウニクロ?」

 今日着てきた服も、実はウニクロだ。それなのに?

 舞が指を一本立てて、

「最近のファストファッションをめてはいけません。安くて高品質です──今日着てきたヤツは、どうせ試着もぎんもせずに買ったんでしょう?」

「そりゃ、母さんが買ってきたからね」

「はぁ!? 信じられない!」

 舞がひたいに手を当てて、ガックリとうなだれた。

「私、こんな人を好きだったなんてぇ……」

「時がやすよ」

 僕は適当になぐさめつつ、

「じゃあウニクロでもいいなら、なんでブランドショップを色々回ったの?」

「最初から、スタンダードなものがメインのウニクロに行ったらセンパイの好みがわからないじゃないですか。センパイは色々見た上で、『ヴィズマ』をいいなと思い、その服を買った。その服に系統が似たものや、合わせやすいものをウニクロで色々買うんですよ。それらを組み合わせて、ローテーションを回すんです」

 立て板に水の説明に、僕はうなずくしかない。


    ●


 その後、ウニクロで着回しのできるパンツやアウター、シャツなどを買った。合わせるとかなりの出費。ついでに靴も買ったので、財布には大ダメージである。

 だが舞は「だいぶじんようが整ってきましたね」と満足げだ。一つ一つのアイテムを、まるで自分が買うみたいに悩んで、選んでくれた。感謝しかない。

 二人でエヴァースから出る。向かいにツーティワンがあったので、今日のお礼にアイスをおごることにした。

 店内の椅子に、向かい合わせに座る。

「すみません、おごってもらっちゃって」

 彼女はアイスを食べながら、イタズラっぽく微笑み、

「センパイなら『買い物終わったら、一刻も早く帰って一人になりたい』とでも言うかと思いました」

「それも考えたが、一日付き合ってもらったしお礼するのが礼儀だろうと」

「考えたんですね……」

 舞がたんそくしたあと、

「でも私、今日行った美容院にお客さんを紹介したから、次回の料金が三千円引きになるんですよ……だからお礼は、それで充分だったんですけど」

「おごられる前に言いなよ」

 舞がころころと笑った。

(……あ、今、舞は『角度をつけて投げ返す』をやったんだ)

 なるほど、会話がはずむものなんだな。

「でもこれで」

 舞がくちびるについたアイスを嘗めとる。いちいち色っぽい。

「『笑顔』『目を見る』『声を張る』が、トレーニングで改善されています。

 姿勢については、これからも意識してください。

 髪や服も整えました。

 コミュニケーションは今日、二つのコツを教えましたね」

 RPGで例えれば装備を整え、初心者スキルを覚えたってところか。スキルの熟練度はまだまだ低いけど。

「さぁ、そろそろ大学で友達を作りましょう。センパイの『ひとり至上主義』が正しいのか、私の『いっしょ至上主義』が正しいのか、検証するときです」

「具体的に、どう作ろう? 今はもう九月で、人間関係が固まってるからね」

 舞は後頭部に両手をやり「うーん」と天井を見上げた。そんな風にすると、胸元のボタンが両側から引っ張られて、ブラがちょっと見えるんですけども……

「『大学で一人でいる人』にターゲットを絞って、話しかけるのはどうですか? そういう人って『誰かに話しかけてもらいたい』って思ってるかもしれませんよ」

「そうかな」

「センパイが特殊なんですよぅ」

 舞がねたように言う。

「それだと大学内で、一人でベンチに座ってる人とか?」

「いえ、それだと誰かと待ち合わせしてる可能性もありますし……」

 頭をひねったあと、僕は言った。

「講義かな」

 思い返してみれば……僕が受けているいくつかの講義で、ボッチの人は何人かいた。彼らが『誰かに話しかけてもらいたい』と思っているなら、友達になりやすいかもしれない。

「うん、いいですね。大学でだれかれかまわず話しかけるよりは、よほどハードルが低そうです」

 舞は人差し指を立てて、

「では明後日の月曜日から、大学の講義が始まる直前、一日一人に話しかけてください」

「いつまで?」

「友達ができるまで、ずっとです」

 そういう風にノルマを決めると、不安と緊張感が出てくる。

 だが今日得た装備や、練習してきたスキルが、目標達成にどう役立つのか楽しみでもある。

 旅立つ冒険者の気分だな。

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朝日奈さんクエスト センパイ、私を一つだけ褒めてみてください 壱日千次/ファミ通文庫 @famitsu

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