二章 スキルを習得し、装備を充実させる その3

 そして四十分後。カットが終わり、美容師さんが声をかけてきた。

「お疲れさまでしたー。いかがですか?」

 僕はしぶしぶ鏡を見た。

 なるべく己の姿を見ないようにしてたのだ。ブサメンの悲しいさがである。

 だが改めて自分を見てみると──

(ん? んんん!?)

 結構かっこよくない?

 もっさりした感じが消え、すごくさわやかになっている。

「気に入っていただけましたか?」

 僕は何度もうなずく。

 この美容師さんが、ブサメンというやまいを治してくれた名医ゴツドハンドに思えてきた。握手したい気分だ。

(よく漫画であるじゃないか。地味な女の子が髪を切ったら、別人みたいに可愛くなるってのが)

 僕もそのタイプかもしれない。

 レジへ向かってようようと歩く。待合所のソファで、舞が長い脚を組んで雑誌を読んでいた。

 僕に気付くと勢いよく立ち上がり、目を輝かせて──

「すごいっ!! 一気によくなりましたよ!」

「そうだろう」

「見た目の点数、五点から二十五点くらいに」

「……」

 まだ余裕で赤点。

 どうやら僕は、髪を切っただけで美青年になれる男ではなかったらしい。

「だ、だが、点数が五倍になっただけよしとしよう」

「そうですよ。これから服を買って、もっと点数を上げるんですから」

 僕は高い会計をすませ、店を出た。

 次の目的地へ、またスマホのナビを使して進んでいると、

「センパイ、さっきのクエストですけど、美容師さんにどんな話題を振りました?」

「じ、人毛醬油……」

 はぁ? とあきれられた。まぁ無理もない。

 それから十分ほど歩いて、きれいなビルにたどりついた。

 仙台エヴァース。

 よくテレビCMを流している、県内では有名なファッションビルだ。

 僕の手を舞が握って、引っ張る。

「さあ次のクエストです。ここで服を買いましょう!」

(わわっ、手すべすべで、ちやちや小さい……)

 女子と手を繋いだのなんて、三年前のたかみねさんと以来だ。心臓がバクバクする。

 中に入る。

 仙台エヴァースは一階~二階がウニクロやCUなどの低価格帯の店。三階以上がブランドもののフロアになっているようだ。

 まずエスカレーターで三階に行き、手近な店に入ってみた。

 なにげなくTシャツを手に取る……タグを見て仰天した。

(高い!)

 七千円。

 Tシャツなのになんという価格。新作ゲームが買えるじゃないか。

「『新作ゲームが買える』って顔してますね」

 タグをのぞき込んできた舞に、図星をつかれる。

 Tシャツのデザインを見ても、高い理由がわからない。白地に、ブランド名のロゴがあるだけだ。デザイン以外の特長があるのだろうか。

「これ、ウニクロより丈夫だったりするの?」

「そんなことはないですよ」

 舞は値段の理由を説明してくれた。

「ウニクロが安い理由の一つが、同じ品を大量生産するからです。こういうブランドものは、少数生産だから高くなるんですよ」

「くっ。陸奥大生が、女子高生に経済論理を教えられるとは……年上としての立場がないよ」

「今日、ほとんど『年上の立場』なかったじゃないですか」

 納得してしまう自分が悲しい。

「勉強を教えてくれるときは、頼りがいあってカッコイイんですけどねー」

 さきほど教わったマイナス・プラス話法だ。それがわかってるのに喜んでしまうのが、ちょっと悔しい。

 やられっぱなしもシャクなので、こう言い返してみる。

「僕には『頼りがいがある』か……なるほどね」

「え、なんですか?」

「一度はそこに、君がれたくらいだからな」

「そ、それはガウェインへの話ですっ! ガウェインの!」

 舞が頰を染めて言い返してきたとき、トートバッグから着信音がした。

「あ、すみません。ちょっと友達から電話です」

 舞はスマホを耳に当て、ろうへ出て行った。

 一人になった僕。手持ちぶさたにジャケットの値札を見ていると、足音が後ろから近づいてきた。

「どんな商品をお探しですか?」

 若い女性店員だ。いきなり声をかけられ、たじろいでしまう。

(いかんいかん。これもコミュニケーションの練習)

『声の張り』『笑顔』『目を見る』を一つずつ意識してあいたいする。RPGで、防御魔法かけまくってから戦うヤツみたいだな。

「あの、普段着られるものが欲しくて。あとは……」

 僕のつたない説明に「へぇ」「なるほどぉ~」などと、笑顔でハキハキ返してくれる。

、お客様にオススメの商品があるんです」

 そして店員さんが持ってきたのは、鮮やかすぎるほど紫色のジャケットだった。

(え、紫??)

 戸惑う僕に、店員さんは流れるようにセールストーク。

「これ今すごい売れてて、残り一着しかないんですよ。紫は今年のトレンドカラーと一部で言われてますし、着回しもききます。読モのみねぎしトオル君も着てますし」

「へー。売れてる……残り一着しかない……」

「お客様にお似合いだと思います」

 素敵な笑顔。この店員さんが言うなら、検討してもいいのでは?

 それに結構会話したし、何も買わないのも申し訳な……

(いや待て!)

 こんな派手なジャケット買っても、普段着にはしたくないぞ。絶対無駄になる。

「すいません! 持ち合わせがありませんでした」

 逃げるように店から出る。

 そこに舞が立っていた。電話は終わったらしい。

 柔らかそうな髪を、耳の上に掻き上げながら、

「今のやりとり見てましたけど、あのショップの店員、在庫を消化するつもりでしたね」

「そうか」

「でもあの店員さん見ると好感持っちゃって、なんか『買わないと悪いな』という気分になりますよね。さすが接客のプロです。ああいう笑顔とか、見習った方がいいと思いますよ」

 世間には、手本とするべき人間が山ほどいる。それは一人だと気付けないことだな。

 しかしあの店員……ダサイ僕をナメて、在庫を売りつけようとは。ちょっと腹が立ってきた。

「おのれ……つうか『ショップの店員』ってなんだよ。ショップって『店』って意味だから、訳すと『店の店員』になるじゃないか。『山の山奥』みたいなもんだろ」

「はいはい、そーゆーのいいですから」

 舞が面倒そうに流して、僕の腕をひっぱってくる。ボ、ボディタッチ多いな。お兄さんがいるせいか、それともリア充だからか。

「まだセンパイは、このビルで一人にはできませんね。店員に食い物にされるおそれがあります。姿勢の悪さ、ダサめの服装などが、店員にナメられる要因ですよ」

 強い仲間なしでは魔物に瞬殺される、ザコプレイヤーみたいだ。

 ふだんは孤独を気取っていても、人の中で揉まれるとなかなかうまくいかないもんだな。


    ●


 とりあえず、店をひととおり回ることにした。

「『この店の服、なんかいいな』と思うのがあったら、覚えておいてください」

 舞に言われた通り、そういう店をスマホでメモしておく。

 店員さんが話しかけてきたら、『笑顔』『声の張り』『目を見る』に留意しつつ応対する。猫背になってきたら、頭頂部の髪をつかんで直す。受験勉強と同様、訓練はコツコツやるのが大事だ。

 一通り店を見終わった後、舞にメモを見せてみる。

「じゃあこの三つの店の、どこかで買いましょうか」

「僕が選んだ店でいいの? 自信ないけど」

「直感は大事です。自分が『この服着てみたい』と思わないと、買っても楽しくないですからね」

 それから僕たちは、その中の『ヴィズマ』というブランドの店に入った。

「ここ、全体的に落ち着いた感じで、なんかいいな、と思った」

「なるほど──あ、あのパンツ、センパイにいいですね」

 なんで下着? と思ったら、舞が指さしたのは、マネキンが穿いている黒いデニムのジーンズだった。ジーンズをパンツっていうふうちよう、ややこしくない?

 だがこのジーンズ、もといパンツは……細い。身体に張り付くような感じだ。僕が穿いているブカブカのものとは随分違う。

「こういうの穿くと、僕の貧弱な足腰が丸わかりになって、ひ弱さがきわだたないか?」

「センパイの体型は、確かにド貧弱ですけど」

「おい」

 僕が軽く突っ込むと、舞が白い歯を見せた、

「あはは、ごめんなさい──でも、手足が長くてモデル体型ともいえるんですよ」

(モ、モデル体型?)

 そんなの初めて言われたぞ。貧弱体型は高校時代にイジられたこともあり、コンプレックスなのに。

 納得しきれないでいると、男の店員さんが近づいてきた。

「お連れの方が言われた『モデル体型』というのは正しいと思いますよ」

 そう言った店員さんこそ、モデルみたいだった。

 身長は百八十なかばくらい。かなり整った顔立ちに、安心感を与えるような柔らかい微笑み。

 スーツが似合っているけれど、履いているのは革靴でなくスニーカーだ。これが『外し』ってヤツか? なるほど、革靴より親しみが持ちやすい気がする。

(あれ? でも、この人どこかで見たような……)

 げんに思っていると、店員さんが僕の脚を見て、

「いま穿かれてるゆったりしたパンツより」

 そして先程、舞が提示したマネキンを指さす。

「あれくらいの方が、お客様の美しいシルエットをかせていいと思います」

(美しい)

 自分の身体で、そんなこと言われたの初めてだ。

 僕は頰を染めて、もじもじした。

「そ、そこまで言うんだったら……試着しちゃおっかな」

 純朴な女の子が、おだてられて水着グラビアを撮られるときって、こんな感じかもしれない。


 試着室に入ってジーンズを脱ぎ、店のものを穿いてみる。

 そして、鏡に映った自分を見てみた。

「お……」

 さっきまで穿いていたジーンズは、今考えるとだらしない感じだった。

 でも今はシュッとしてて、足が長くも見える。驚いた。パンツ一つでこんなに違って見えるのか。

 期待半分、不安半分でカーテンを開けてみる。

「「いいですね!」」

 舞と店員さんの、どうおんさん

 舞がしゃがんで、パンツのすそを伸ばしながら、

「私の予想通り綺麗なシルエットですね。しかも黒なら、他の服とも合わせやすい! さあレジへ!」

「君は店員か」

 そう返すと二人が笑う。僕も嬉しくなる……なるほど。笑顔って、会話相手を気持ちよくするものなんだな。

 店員さんは外国人のように肩をすくめて、

「私の言いたいこと、お連れ様に全て言われてしまいましたね。でも本当にお似合いですよ」

「ですよねー! じゃあ店員さん。次は上着をつくろいましょう」

「喜んで」

 そして舞は店員さんとともに、シャツやジャケットを手に取って議論したり、僕の背中に服を当てたりする。

 ……その真剣な姿に、少し見とれてしまった。

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