エピローグ ~未来へ~
「……以上。各自、速やかに部活動へ向かうように」
静まり返った教室内に、凛とした声が響く。担任教諭こと陽姉はわざとらしく足音を鳴らして教室を去る。
ピシャリと音を立てて扉が閉じられた瞬間、ようやく場を支配していた緊張感が緩み、そこかしこから話し声が聞こえ始めた。そんな喧騒から逃れるように、そそくさと立ち上がって廊下へと向かう――その途中。
「オメデト」
すれ違いざま、ぶっきらぼうに投げられた祝福の言葉。振り返ると、
「……ありがとな」
小声で……それでも羽美には届く程度の声量で答えてから教室を後にする。
昨日行われた牙城高校との試合は、峯ヶ崎学園の勝利で幕を閉じた。試合終了後、集合場所として用意されていた簡易空間は即座に崩されてしまい、俺たちは強制的にログアウトさせられた。現実に戻って没入装置から出ると、部室で様子を見ていたらしい陽姉が待っていた……のだけれど。
『おめでとう。わたしはさっそく結果を伝えてくるから、今日のところは帰りなさい』
と、早々に帰宅を厳命されてしまった。しかも校門までの見送りつきで。
そんなわけで、試合後の余韻に浸ることも許されずに解散する運びとなった。白雪やウィルと話したいことは色々あったが、久々の全力戦闘で疲労感に襲われていたため大人しく帰宅。夜になって、陽姉からFB部が認可されたとの連絡を受けた。
試合が終わったのは夕方だったので、陽姉と学園上層部の間で一悶着を超えるやり取りが繰り広げられていたのだろう。いざこざを見越して、俺たちを帰らせた陽姉には頭が下がる。今度、愚痴を聞いてやらないとな。
そんな風に考えながら誰もいない廊下を歩いていると――
「不知火くん! 待って下さ――へぶッ!?」
後方から痛々しい鈍い音と間の抜けた悲鳴が届いた。誰のものかは一目……せずとも瞭然である。
堂々たるさまで廊下に突っ伏す茶髪の少女へ近寄り、手を差し出す。
「危ないから走るなよ。ほら、掴まれ」
「えへへ、どうもありがとうございます。……じゃなくて! どうして先に行っちゃうんですか! 一緒に行きましょうよ!」
「いや、そんな約束してないだろ」
「正気ですか!? 女子と一緒に部室へ向かう、最高にエモな青春シチュエーションに興味がないとでも!?」
「微塵もないが」
「そうでした……不知火くんは男子を辞めてましたもんね……」
「勝手に人の性別を変えないで欲しいけどな……っと」
素直に伸ばされた手を掴み、引っ張り上げる。白雪がぽんぽんと制服をはたき終わってから、並んで部室への移動を再開した。
放課後になるまでの間、白雪は座席が前後なのを有効に活用して休み時間に休む間なく話しかけてきた。……いやまあ、俺も訊きたかったからいいんだけど。
ウィルからは、俺の試合中に事情を説明されたらしい。謝罪もされたとのことだが、いかに温厚な白雪といえども怒り心頭なご様子で、『一週間無視の刑』が執行中だ。随分と軽い気もしたが、「まあ、悪い事ばかりでもなかったので」とは彼女の言葉。その気持ちは分からなくもない。釈然とはしないけれど。
他にも、足の怪我で剣道を諦めたこと。リハビリ中ではあるが、日常生活に支障はないことも教えてくれた。たまに何もない所で転ぶ原因に納得がいった。
ただ、一番気にしていることについてはまだ訊けていない。両目を赤く腫らしている……その結果を。
「それで、どうだったんだ?」
「おお!? 女子には興味が無くても、わたしには興味津々ですか!? もうこれは告白といっても過言ではないのでは!」
「過分にして過言だ。……それだけ目を腫らしていたら誰だって気になる」
「……やっぱり分かっちゃいます?」
「控えめに言ってヤバいな」
「控えてその評価!?」
うう~、と両手で顔を覆いながら、指の隙間から俺の表情を窺ってくる。
「……まあ、無理に聞き出そうとは思っていない。話したくなかったら聞き流してくれ」
「……ホント、不知火くんは優しいね」
「お前にだけは言われたくないけどな」
「はいはい。……不知火くんの想像通り、昨日はそのまま家に帰らずに秀一くんの妹――咲ちゃんの家へ向かいました。連絡も入れずにいきなり押し掛けたので凄く驚いていて……って当然ですよね。元友人とはいえ、絶縁状態だった人が急にやって来たら誰だってビックリします」
全くもってその通りだ。数日前、羽美が俺の部屋で待機していたことを思い出す。……あいつも、白雪みたいに勇気を振り絞って来てくれたんだろうな。
「それでも、わたしの話を真剣に聞いてくれました。支離滅裂で自分勝手な話だったはずなのに、咲ちゃんってば泣きながらごめんね、ありがとうって言ってくれて。わたしは泣いちゃいけないって思っていたのに、一緒になってわんわん泣いちゃいました」
恥ずかしそうに、はにかみながら。
「もちろん、すぐに全部が全部元通りとはならないって分かってます。だからゆっくりと前みたいに……ううん、前以上に仲良くなれるよう頑張っていきます!」
一切の迷いなく、決意を示す。真っ直ぐに、前だけを見据えて。
……本当に、強い奴だよ。己の過ちを認めて、受け入れて……その上で最高の未来を求めて。
そんなお前だから、俺も変わろうと思えたんだ。
「……ありがとな」
「ふぇ?」
「FB部を作ってくれて。……お前に会えてよかったよ」
「な、なななななな、なんですか! 急にデレ期なんですか!? よくもまあ、真顔で歯が浮くような台詞を口に出来ますね!?」
偽りない心からの感謝を告げると、顔を真っ赤にして喚きだす白雪。
「何度も言ってるだろ。俺は思ったことは素直に伝えるタイプだ」
「ちょっと、止めて下さい! わたしを恥ずか死させるつもりですか!?」
「それは困る。団体戦のメンバーが足りなくなるからな」
「いや、そこは寂しいとか言って下さいよ! って、団体戦……?」
「目指すんだろ? 全国大会」
白雪がFBを始めた目的は達成したけれど。
Fantasy Battleに楽しさを見出したのであれば、次に目指す先はただひとつ。
誰しもが夢見る舞台。
――かつて、『俺たち』が約束した地。
「――はいっ!」
満面の笑みで頷く白雪。その表情は、今まで見た中で一番輝いていて。
「それにしても、やる気満々じゃないですか!」
「ま、お前をFBに引き込んだ責任があるからな」
「うぇ? …………なあっ!? い、いつから気づいてたんですか!?」
「最初からに決まってるだろ」
「嘘ですよ! 少なくともショッピングモールで話した時は全然ピンと来てなかったじゃないですか!?」
「お前違って嘘が上手いんだよ」
「思ったことは素直に伝えるんじゃないんですか!?」
やいのやいのと言い合いながら、俺たちは歩き続ける。
時には立ち止まり、振り返ることもあるだろう。それでも決して諦めない。
望む未来を手にするために進み続ける。それこそが、『現在』の俺たちに出来る最良の選択なのだから。
校内にふと鳴り響く鐘の音。
奏でられたその音色は――
――俺たちの始まりを祝福しているような、そんな気がした。
Fantasy Battle~奏でるは始まりの音~
~Fin.~
Fantasy Battle〜奏でるは始まりの音〜 華咲薫 @Kaoru_Hanasaki
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