現代百物語 第33話 先輩という人は

河野章

現代百物語 第33話 先輩という人は

「俺の実家?」

 この間連れて行っただろうと、藤崎柊輔は後輩の谷本新也(アラヤ)に酒をついだ。

 藤崎の家だった。

 今日も今日とて二人は暇を見つけたので、新也が藤崎の家を訪れていたのだった。

 時刻は深夜近く、二人は、特に新也は相当に酔っていた。

 ありがとうございますと杯を差し出して、新也は問い返す。

「いや、だから……そうするとこの家は……」

 藤崎が現在住んでいる家は相当古い日本家屋だ。

 実家を受け継いだということだったから、てっきり父方の方のものだと思っていたのだ。

「母の実家だな。父方の方は叔父が継いでて、こっちの家は長男の俺がっていうか、一人っ子だからな、継いだ」

 ここで育ったんだと藤崎は付け加える。

「そうなんですね……じゃあ、この気持ち良い空気感も、お母様の方かあ……」

 酔いに任せて新也は呟く。

 藤崎は首を傾げて問い返した。

「俺の家が何だって?」

「いや、なんと言うか……この家居心地が良いでんすよ。変なものも見えないし、聞こえない……」

「へぇ」

 そんなもんかと手酌で藤崎は自身の酒を注ぐ。

 新也は注いでもらった酒をぐっと飲み干す。おい、と藤崎が止める暇もなかった。

 新也は手を上げる。

「大丈夫です、だいじょうぶ……先輩の、側もちょっとその雰囲気があります」

「俺の側?」

「そうです。なんとなく、一緒に行動していると妙なものの遭遇率が下がると言うか……遭遇しても酷いことにはならない、みたいな。先輩に会った帰り道は、かなり遭遇確率低いです」

 藤崎は目を瞬く。思っても見なかったと手を新也へと伸ばす。

「お前、俺との同行取材嫌がるくせに」

 へっと藤崎が笑い、机へとうつらうつらと頭が下がり始めている後輩の頭をガシッと掴んだ。

 ぐぐっと抗うように新也が顔を上げる。藤崎は笑って手を離す。

 遊ばれた新也はムッとした顔で言い返した。

「もう。そりゃ、嫌でしょ……なんで男二人であっちこっち行かなきゃいけないんですか。しかも、行った先では何かと遭遇自体はするし……」

「そう、だったかなあ」

「先輩には……見えなかっただけですよ」

「そりゃすみませんね」

 ふっと笑って藤崎は眠りかけている新也の手からそっとグラスを取り上げる。

 新也は今度は抗わなかった。

 本当に眠りかけているようだ。

「こうやって、飲めるの、も……先輩のおかげ……」

 です、と言い残すと、新也は自身の腕の中に顔を埋めるようにしてすうっと眠っていしまった。

 藤崎は苦笑してその様子を見守る。

「そりゃ……この家、神社の真裏に立ってるしなあ」

 新也には言ってないが、この家の裏には小さな森がある。反対側の通りから見れば、小さな神社へと繋がる鎮守の森だった。

 小さい頃はよくそこで遊んだ。もしかしたら自分には、そこでついた何らかの神の加護がついているのかもしれない。

 そこまで考えて藤崎は新也から目を離した。

 馬鹿馬鹿しい。

 小さく口端を上げる。

 新也とこうして深く付き合うまでは、本当にこういった話は本気にしていなかった。

 本気で、阿呆のする話だと思っていた。

 ……今は、こうしてなんとなくだが受け入れている。

 新也の見ている世界はどんなものだろうと、ふと考えたりもする。

 見たくもないものを見ている新也は、毎日、幸せなのだろうか……そんなことも考える。

 本当に時々だが。

「俺も変わったな……まあ、面白いから良いか」

 酔いつぶれた後輩を見て、それから、手元の杯を見る。

 無言で、藤崎は杯を仰ぎ空にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代百物語 第33話 先輩という人は 河野章 @konoakira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ