第7話 フェンリルの実力

何やら意気込んではいたが、結果は無駄になった。というより、劣勢に立たされていたフェンリル達が、そんな疑問が解消されただけでいきなり互角に戦えるわけがない。もやもやしていた事が解消され、目の前にいるのが命の恩人ではないと分かった所で、フェンリルが少し遠慮がなくなっただけなのだ。それに、ユウキが目を覚ましたからと言って戦力になるとは思えない。奴は何も持ってないに等しいからだ。



反撃なんてあり得ないだろう。結局の所、気持ちの持ちようで力量の差が埋まるはずがない。現実はそんなに甘くない。気合いなんかで埋まる訳がないはずだ。



 事実、テュールとの戦闘は依然フェンリルの劣勢で、ユウキはただ傍観しているだけだ。二人の高い戦闘に割って入ろうとすると、先ほどの二の舞いになるだけだろう。ユウキは全くといって良いほど二人のスピードに追い付けていないのだ。視認は出来ているけれど、対策も打てるであろう。ユウキ程の頭脳だ、二人の攻撃を先読みする事も容易いはずだ。しかし、フィジカル的に追い付けていけていない。身体が追い付けていないのだ。



 ただ、このまま放置するわけにもいかない。このまま行けばフェンリルは確実に敗北する。即ちそれは二人の敗北を意味する。ユウキ単体ではどう足掻いても、たとえ天地がひっくり返ろうともテュールに勝てる可能性は微塵もない。だからユウキは何か手を打たなければならない。何か行動を起こすしかないのだ。どちらにしてもこのままじゃ勝てないのだから。



 ユウキは考える。深く、そして速く。全ての神経を脳に集中させ考える。音が聞こえない。さらに言えば痛みや時間の流れさえも忘れ、集中する。五感の全ての感覚は感じてはいるものの、気づかない程の全集中。例えるならば、バスケットボールの選手が、逆転のチャンスのフリースローを打つ時の様な一瞬の極限状態が、永遠と思える程の時間が流れている様な気がした。あくまで気がした、だけなのだけど。



「・・・・そうか!」



 ユウキはある事に気づいた。目の前で繰り広げられている攻防は必ずフェンリルが仕掛け、テュールがそこに反撃をしているのを無限に繰り返している。フェンリルも致命傷を負っているわけでもないが、傷を負っているのはフェンリルのみで、テュールは無傷だ。



 力やスピード、攻撃力や体力など全てにおいてフェンリルが劣っている部分はなく、むしろ負けている所が無いのにもかかわらず劣勢を強いられている。



 普通はこんな事はあり得ない。しかし、今回は普通ではないのだ。まず二人は昔からの知り合いで、お互いの戦闘スタイルは知り尽くしているだろうから、全てを見切るのは大して難しくはないだろう。しかし問題はテュールの方だろう。テュールではあっても内面は別人であり別物だ。だからこそフェンリルにはテュールの攻撃に対応できずにいる。テュールの方は恐らくではあるが、過去の記憶を持っているのだろう。



 理解するとなんのことはない。やるべき事は一つしかないのだ。今までのスタイルが通用しないのなら、新しく戦闘スタイルを構築するしかない。そもそもフェンリルの固有スキルは自身が餓狼の力を扱い、餓狼というモンスターを召喚し、使役する事が出来る能力だ。



 この能力は使用できる幅が広く、応用が利きやすく一つの戦闘スタイルに拘る事の方が不自然で、その時々で対応していく変動的なスタイルの方が利を生かしやすいはずだ。しかも、フェンリルは頭が弱くバカだから一つのスタイルで戦う事の方が不利になりやすい。ひとたび攻略されたらそこで終わりなんだから。



 「フェンリル、お前。馬鹿なのか?」



 「急になんなのだ!?っこんなに必死に戦っているのに!」



 「あのさ、全部カウンターを喰らい続けているのに、何で同じ事を繰り返しているんだ!」



 「ふん。しょうがないでしょ?私はこれしか知らないのだ。読まれていようと、詰んでいようと私は他の戦い方を知らないのだ。」



 そう。つまりはこの部分がフェンリルの唯一の弱点だ。フェンリルは冒険者として天才だったから、負けた事がなかったから、勝つための工夫や戦略を立てる必要も無かったのだ。自分の戦い方が必殺の技なんて勘違いをしてしまう。



 固執してしまう。それがいかに愚かで滑稽でも、何も考えられなくなってしまっている。だからこそ劣勢に立たされてもそこから脱却する事もしないのだ。



 「たった一回負けただけで弱音をはいているんだ?勝ち方を知らないのなら、せめて足掻けよ!」



 「何を偉そうに!何もしてないくせに!出来ない癖して。」



 「まぁそうだよ。でもな俺は諦めたり投げやりになったりしないぜ?」



 「私も別に諦めたりしてないのだ!だからこそ今も戦っているのだ!・・・・こうして目の前の敵と!」



 「それが諦めてるって言ってるんだよ。絶対に勝てない方法をやり続けているのは、世間一般的に諦めてるって言うんだ。」



 「・・・・」



 「でも、まぁ良いや。お前の才能は俺の方がよくわかったからな。俺が使い方を教えてやるよ。」



 フェンリルは吹っ切れた様な表情をしている。悲しい様な、嬉しい様な。



 「扱ってみるのだ。私が勝てなかった相手に。戦ってみるのだ、私を使ってね。」



 「・・・・・・もういいか?」



 テュールは冷たく呟いた。目の焦点が合ってない。無傷なはずの人間なのに、疲労というか異質な雰囲気だった。人間じゃなくなるみたいだ。聞こえない程小さく言語じゃない言葉をずっと口から出している。



 異様で不気味だ。モンスターでもなく人間でもない何かになろうとしているみたいだ。この世のものじゃない何者かに。



 たぶん依り代というのはそういう事なんだろう。人間性が完全に失われ、こいつの本来の姿になろうとしてるんだろう。ならば早く倒さなければいけない。もうそんな化け物になんてなられたら、それこそ対応出来なくなる。



 「フェンリル、まずお前は何もするな。」



 「なに!?」



 「その変わり餓狼を召喚しろ。出来るだろ?」



 「まぁ出来るが、私よりも劣るぞ。そいつらは。」



 「それはいいんだよ。これは攻撃の手数を増やすためなんだから。いいか、フェンリルの攻撃に全てカウンターをしてくるって事は、逆説的に考えると自分からは攻撃を当てきれないってことだろ?」



 ユウキは続ける。



 「なぜなら、自分から攻撃を与えられるならこんな回りくどい手法は取らないだろう?それに手数を増やすともうカウンターを使えない。」



 「なぜだ?そんな事もないのだろう?」



 「これは後出しジャンケンみたいなもんだよ。反撃をしようとすると、後ろに控えてるお前本人に攻撃されるからな。」



 「・・・・なるほど?」



 絶対にわかってないな、コイツ。わかる必要もないけど。理解しなくても行動には移せるからな。



 「とりあえずやってみろよ。そしたらわかるはずだから。」



そう促し一歩前に出て、フェンリルの背中を押す。



 「天才な俺がついてるんだ。何も考えなくてもいい。なんなら目を閉じててもいいぜ!!」



 「そこまで信頼できるか!雑魚のくせに。口だけは一人前なのだ!」



 そう告げるとフェンリルは飛び出し、テュールに向かって行った。



 取り残されたユウキは呆然として、もう聞き取れないであろうフェンリルに告げる。



 「話きいてた?」



 虚しくもユウキの放ったツッコミは宙を舞う。



 それでも全く聞いていなったわけではなかったみたいだ。常に二匹の餓狼の背後につき、反撃をさせないどころか、立ち回りを制限しテュールの長所である数々の武器を使い難くしている。



 ここはさすが天才といった所だろう。戦闘に限っていえばフェンリルに敵う才能を持つ者はいないだろう。一を聞いて十を知るではないが俺のアドバイスを聞き、それをさらに効果的に実行出来ている。しかも思考を重ねて導き出したわけでもなく、無意識のうちに正しい選択を選び取っている。



 フェンリルの強みは固有スキルにあるのではなく、実はこの辺のセンスが天才たる所以なのだろう。だからこそ強者が集まるタナハで四天王として君臨しているのだろうな。



 何にせよ、これで少しはマシな戦いになるだろう。少なくても互角には渡り合えるはず。しかし、だからといってボーっとしているわけにはいかない。次の手を考えなければ。



 多分この戦略では勝てない。



 ユウキは親指の爪を噛み二人の戦闘を凝視し、思考を巡らせる。


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天才な俺が異世界転生したら世界最弱になった。 K @Kp1997

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