第6話 正体

「ぐあぁっ」



 対峙している辻斬りとフェンリルを遮る様に飛び出したユウキだが、二人の戦闘が始まや否や、二人の風圧で飛ばされてしまった。ユウキは再び壁に激突し、意識を失ってるのか壁にもたれ掛かり動かなくなってしまった。



 フェンリルは未だ幼女の姿で戦い、力を温存している様だ。しかし辻斬りは、マントの中から無数の武器を取り出し、フェンリルに襲いかかる。始めは互角だった二人だが、徐々に辻斬りの刃が身体を掠めはじめた。頬、二の腕、太ももとおびただしい切り傷が刻まれてゆく。傷口からは生暖かい血がうっすらと流れる。



「・・・・ふん。仲間は使い物にならないようだな。」



 「無用な心配なのだ。貴様ごとき私1人で十分こと足りる。」



 「そういう大口を叩くのは、自分の姿を見てから言えよ。フェンリル!」



 確かに。フェンリルの姿は傷だらけになっており、服は破れボロボロの状態だ。



 「このぐらいの傷、どうってことはない。しかし、そろそろ全力を出そうではないか。私の本来の姿をみてやるのだ!」



フェンリルは少女の姿から、猛獣の様な毛が生え耳が逆立ち、鋭い牙が伸びる。さらに身長は二メートルは超える程高くなっていた。



 「これこそ本気なのだ!さぁ、始めようではないか!」



 フェンリルには既に少女の様な可愛らしい姿。か弱い姿は影を潜め、そこにはカジノで見せた、強靭な人狼がそこにいた。



 フェンリルは辻斬りに勢い良く。否、目にも止まらぬ速度で襲い掛かる。先ほどとは違い、常人では目視する事すら出来ないだろう。さらに音も出さない。いや、出さないのではなく、足音すら置き去りにしている。なぜなら、フェンリルがわずかに踏み込む際、地面が抉れているからだ。地面が抉れるほど踏み込んで、音もしないわけがないのだ。が、次の瞬間、鼓膜を爆発音に似た爆音とともに吹き飛んだのは、意外にもフェンリルだった。



 音速を超える速度で辻斬りの後ろに回り込み、反応出来るはずのないフェンリルの攻撃を、いともたやすく見抜き、更に反撃まで行っていた。まるで、どの様に攻撃して来るのが、分かっていた様だった。



 「ぐっ。・・・・な・・に?」



 「自分が最強などと思っていたか?自分が本気を出せば、どんな敵でも倒せるとでも?はははっ。」



 辻斬りは武器を持ったまま、両手を広げ、フェンリルを嘲笑う様に高笑いをしていた。



 「何という奢り。怠慢、傲慢。その油断が自らを滅ぼすぜ。」



 「・・・・」



 フェンリルは何も言わず、鼻血を拭った。何か考え事している様子だったが、次の瞬間、ユウキに吠えた。



 「いつまで寝ているつもりなのだ。ユウキ!いつまでも狸寝入りしていないで、速く起きろ!馬鹿者め。」 



 しかし、ユウキはピクリとも動かない。壁にもたれ掛かる様にして、俯いたままだ。



 「無駄だ!そいつは、もう生きてはいないだろう。私の一撃とお前の攻撃を同時に受けたのだからな!あんな、貧弱な奴が耐えられるわけがない!」



 「ふふっ。確かに軟弱者ではあるが、ただの貧弱なだけではないのだ。奴は私が認めた天才なのだからな!」



 コイツが天才?そんな片鱗は一瞬も見せてはない。しかも、間抜けな事に意図しない巻き添えで、死んだ奴だ。買いかぶりも良いとこだ。



 「まぁそいつが起きたとしても状況は何も変わらんぞ!」



 「その心配はないのだ。貴様は私が倒すのだから・・・・な?」



 「なに?」



 フェンリルはニヤリとほくそ笑む。



 「貴様は命の恩人ではあったが、戦闘で私に勝てた事がないのは忘れたのか?」



 「・・・・バレてたか。」



 辻斬りは深く被っていたローブを取り、宙に投げた。隠された姿が露わになり、武器屋の主人テュールが顔を出した。



 「やはりな。・・・・だが、なぜ貴様がこんな辻斬りみたいな事をしている?」



 「俺はテュールであり、最早テュールではない!少なくてもお前が知るテュールではないな。」



 「・・・・どういう意味なのだ!?」



 「つまり、もうこの身体の主導権はテュールには無く、既に俺にあるのだ!その昔、この男に召喚され受肉をし、やっと自由に扱える様になったんだ。」



 ・・・・気味が悪い。テュールの身体の中に巣くう何者かが、意地悪く笑みが零れる。口は裂けそうな程つり上げ、目は不気味に糸目になっている、そんな笑顔。不気味で、不適で不敵だ。



 「・・・・そんな私と別れた後。タナハを去った後、テュールがこんな事になっていたのか。」



 「おいおい。なんだそりゃ?まるで他人事だなぁ?コイツが俺なんかに頼ったのは、お前のせいなのにな。」



 フェンリルは、顔を歪める。まるで心当たりがない。予想外の出来事に身体を硬直させる。ほんの一瞬ではあった。が、その隙を"得体の知れない"何かは見逃さなかった。フェンリルに接近し、槍、剣、斧に銃など無数の武器がフェンリルの首を一直線に飛んでいく。その刹那、フェンリルはテュールとの思い出が頭を過ぎる。あの日の事を。テュールが私にとって、命の恩人になった日の事を。



 ・・・・今から十年前、その日も私はテュールと二人で向かった。今日みたいにね。まぁ何かあったというわけでもなかったのだ。いつも通りクエストを受注し、いつも通りに準備をし、食事し、他愛もない会話をしながら、クエストに向かった。何も問題はなかった。問題はある筈もないのだ。



 ただ、一つだけ誤算があったのは、周りから四天王と崇められ、完全に天狗になっていた私は、私を恨んでいる者の存在に気づけなかったのだ。クエストの遂行中、いつの間にか数百人にも及ぶ、冒険者の資格を剥奪された者達だった。彼らはタナハのルールを破り、ここ数年で私に、追放された者達だったのだ。



 完全に逆恨みなのだが、私とテュールは必死に応戦した。しかし多勢に無勢。余りも戦力の違いがあり、それに加え私達はクエストの戦いで疲労していた。結局、私は残り数人まで倒したがそこで力尽きた。死さえ覚悟したその時、私が力尽きるはるか前に、力が底をつき私に守られていたはずのテュールが私を庇い、凄まじい力で、奴らを全滅させていた。



 私は、彼がその時に何らかの個有スキルが目覚めたのかと思っていた。まるで生き返った。いや、別人になった、成りが変わった様に見えたのだから。その後からは、ときどき口調や仕草、目つきが変わっていたけど。



 「いや、バレバレじゃねーか!」



 目を覚ましたユウキは、首をハネられそうなフェンリルに飛びつき、急所をそらした。



 「ユウキ。人の回想に突っ込まないでくれる?」



 フェンリルは平然と返す。



 「その前に俺にお礼は?命を救ってるんだけど??」



 「起きるのが遅いわ!私を助けたというけれど、それを言うなら私はユウキをずっと救っていたのだぞ!!」



 「なに?」



 「貴様が寝ている間、誰が戦っていたかわからんのか!」



 「やられそうだっただけど。」



 「そんな事ないのだ!あんな攻撃くらい簡単に避けれたのだ。ユウキが余計な事しなくてもね!」



 ユウキは話が脱線しそうに。というより、はぐらかされそうになった事に気づき、話の軌道を元に戻す。



 「そんな事より、さっきの話だけど。なんであれで気づかないんだよ!仕草や口調が変わる事はあっても、目つきが変わるのは異常だろ!どう考えても別人になっているだろうが!」



 「阿呆!別人になっていたら私でも気づく!あれはテュールそのものだったのだ。口調や目つきが変わっても、肉体や身体能力は全く同一だったのだからな!」



 「でも、体つきなんかは皆似たり寄ったりじゃないのか?身体能力も同じくらいの人間はいるだろ?」



 「ハハッ。私は同一。つまり似ているではなく、同じといったのだ。全くの同じ。そんな人間はおらん。身体能力と体つきが全く同じ人間なんてあり得ないのだ。」



 「だとしても、固有スキルがそんなタイミングで目覚めるかよ。明らかに異常な変わり様だろ?異変に気付くのが普通だよ。・・・・まぁバカだからしょうがないけど。」



 二人は戦闘の最中だというのに、喧嘩を始めてしまった。辻斬りもとい、元テュールは苛立ち声を荒げる。



 「もういい!俺から話そう!埒が明かない。」



 テュールはあの時に自分達の力だけじゃ、絶対に助からないと理解していた。だから俺を呼び出したのだ。自分の身体を依り代にな。魔界に住んでいる悪魔を召喚したのだ。つまり俺だな。俺は力を貸す代償に、身体の占有権をいただいたのだ。だからこそ俺は、テュールでありテュールではないのだ。だから、お前たちは、どちらも間違いではない。あの時点では三分の一程度だったからな。



 「ちょっと待てよ!それじゃあもうテュールの人格は、今はもう残っていないみたいな口ぶりだが、俺達は今日の昼に会っているぞ!」



 「ふん。コソコソ何かやっているとは思っていたがな、そんな事か。それはな、俺はいつでも身体を乗っ取っている状態だ。しかしまだ、テュールに掠め取られる事があるでの。しかし、それも昼までの話だ。今日の夕方には、それすら出来なくなっているがな。」



 その話を聞いたフェンリルは、先ほどまで。正確には辻斬りに対面してから今の今まで、ずっと戸惑っていたかの様な、迷いみたいなものがあったが、覚悟を決めたかの様に表情が晴れた。難解なパズルを解いた直後の様な晴れ晴れしい表情だ。



 「ふふっ。テュールが辻斬りに落ちたのではなく、悪魔に乗っ取られただけなのだな!そういう事なら、もう迷わないわ!目を覚ましてやるのだ!!!」



 先ほどまでとは、もはや別人の様だった。迷いが消え、普段の調子を取り戻したフェンリルは、タナハ四天王の一人足り得る風格を取り戻していた。それは王者の風格。圧倒的な威圧感。圧迫感がこの場の空気をひりつかせる。



 フェンリルは鼻息を荒げ、息をまく。



 「さぁ反撃なのだ!クエストの遂行と、ついでにテュールも救ってやるのだ!今度は私がな!!!」



 二人はテュール。もとい悪魔に向かって構え、フェンリルは第二ラウンドのゴングの様に、咆哮を放った。


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