第3話「並んで輝く星の下で」

夕闇が迫る街並みを走る列車の中。


退屈な毎日・・・ぼんやりと車窓を眺める彼女の視線は宙を彷徨うように無表情であった。


列車で2駅、割りと自宅から近い距離の会社にに勤める彼女は友達が居ないわけでも無く、男性からモテないわけでも無く、一緒に暮らす両親と仲が悪いわけでも無いのだが何かが足りない・・・?

何か大事なことを忘れてる!?

そんな得体の知れない思いが彼女をいつも包んでいた。


学生の頃から何度も交際を申し込まれることもあったがナゼか断り続けた

相手が気に入らない訳では無く、自分が求めてる人とは違う!?・・・そんな思いが必ず邪魔をするのだ!

彼女は誰かを探し続けていた

だが誰を探しているのかもわからなかった。


やがて目的の駅に着いた列車の開いたドアからホームに降りようとした彼女はバッグがドアに少しだけ引っ掛かり体制を崩しよろめいて倒れそうになった!

危うい瞬間というのは経過する時間とは関係なくスローモーションで流れて行く・・・

このままではホームに転んでしまいそうだと思った瞬間!

後ろから咄嗟に彼女の手を掴み、転ぶのを回避させてくれた人物が居た。


「大丈夫ですか?」

その声に振り向いた彼女に男性の顔が見えたが、彼女は男性の顔よりも掴まれた右手の方に意識が集中した!

何か、時代を超えて遠い過去に引き戻されたような不思議な感覚・・・何かが記憶の中に甦った気がした。


しかし彼女にはまだそれが何なのかわからなかった

「あ、ありがとう御座います・・・助かりました」

ホームに降り立った彼女は男性に向けてお礼を言った。


「あっ、すみません!」

彼女を掴んだままの手を慌てて離しながら男性は謝罪し

「転ばなくて良かったです・・・それじゃ」

ペコリと頭を下げると別れを告げて足場やに立ち去った。


そんな男性の後ろ姿をみつめていた彼女は触れた右手を眺めながら呆然と動くことも忘れてしまったかのようにその場に立ったままであった。


自分は一体、何を思い出したのだろう?

とても懐かしい温もり・・・彼は探し続けていた人!?

だったら追い掛けなくちゃ!

そんな思いが頭の中を駆け巡りながらも歩き出すことが出来ず、彼女の目から涙が溢れ出していた。


一方、男性は階段を下りながら思い出していた

彼女を掴んだ手をナゼだか離すことが躊躇われたことに不思議な感覚を感じていた。


何だか、離してはいけなかった気がしていたのだ!

どうしてなのかはわからない?

彼の中にも遠い記憶を呼び戻されたような感じがしていたのだが、自分が生まれるずっと以前の記憶であるが為に

「どこかでお会いしませんでしたか?」

生まれる前の記憶などをその場で彼女に問い掛けることも出来なかったのである。


陽は西の空に沈み、夜空に星が瞬きだす・・・

並んで存在しているのだとは誰も知らない300年前に生まれた小さな星が2つ、お互いを呼び合いながら懸命に輝いていた。


改札口が見えるベンチに腰掛け本を読んでる女性。


彼女である・・・

ここ数日はいつもの日課となっていたが手に持った本を読んではいなかった

彼女がひたすら見ていたのは改札口である。


もう一度、彼に会いたい・・・会って確かめてみたい!

あの日、初めて会ったのか、どうかを確かめたかった。


ほんの数秒、見ただけの彼の顔が彼女の心には強く刻み込まれ、一日の思考の殆んどを費やしていた

一目惚れ?・・・そうでは無い!

ずっと以前から好きだったというよりも、彼女が生まれるずっと前から彼を好きだったような気がしてならない。


誰かに言ったら笑われてしまうような話なのだが彼女は彼に出会った瞬間からそう思っていた!

季節は真冬であり、寒さで冷たくなった手足に身体は小刻みに震えていたのだが、そんなことは彼女にとって問題では無かった。


彼にもう一度、会えればすべてが報われる・・・

そんな想いが彼女を支配していたのだが彼は現れない。


「必ず、必ずあなたを待っています!」

彼女の脳裏で繰り返される言葉は彼女自身が言った言葉では無く、遠い過去の自分が言ったような気がする

彼女が漏らす白いため息はいつしか悲しみや寂しさの色に変わっていた。


同じ頃、彼は駅の出入り口が見えるコンビニ前のベンチに腰掛け、彼女の姿を探していた。


「僕は君を必ず探し出す・・・」

その言葉が何度も彼の脳裏で繰り返されるが彼自身が彼女に告げたわけでは無く、遠い過去の自分が同じく遠い過去の彼女に約束したような気がする。


何とも説明しようがない彼女への想いなのだが彼は約束を守る為、ここ数日間は街中を当てもなく方々を探し回り続けて途方に暮れここに至っていた。


運命の歯車はナゼにこうも噛み合わないのか!?

何世代を経て、時を飛び越えても無理なのだろうか?


夜空の星をぼんやりと眺めていた彼は突然、立ち上がりコンビニへと入り温かい缶コーヒーを2つ購入するとコートのポケットに入れ、駅構内を目指して歩き出した!

何がそうさせたのかは彼にもわからないが、もしかすると並んで輝く星が彼に教えてくれたのかも知れない!?


「やっと見つけたよ・・・待っててくれたんだね?」

そう言われ飲み物を背後から目の前に差し出された彼女はそれを受け取ると立ち上がり彼を振り返った。


彼女は何も言わず、彼の胸に飛び込むと泣いた・・・

大粒の涙をポロポロと流しながらすがりついて泣いた!

彼はそんな彼女を強く、強く抱き締めた。


「ずっと待っていました!」

「貴方がここに来てくれると信じて・・・」

「もう理由などわからないけれど、どうしても貴方に会いたくて・・・ただ逢いたくて」

彼女はそう言うと彼を見上げ目を閉じた。


「僕も同じだった!」

「ナゼだか理由はわからないけど君を探してた」

「出逢ったあの日からずっと・・・愛してる」

そう言った彼は彼女に永遠の愛を誓うキスをした。


お互いに見つめ合った2人は初めて気づいたように照れながら頬を染める・・・

2人が抱き合ったその場所こそ戦国の世で出会い、恋に落ちるも身分の差により引き裂かれて死んだ2人が互いの手を握り締めたまま、墓石もなく密かに埋めらた場所であった。


幕末の世でやっと巡り合えたにも関らず、歳の差ゆえに結ばれることが無いまま、哀しくも死んでしまった2人が小さな石を置かれて埋められた場所であった!

2人はこれが運命だと最初から知っていたかのように手を繋ぎ、肩を寄せ合って駅を後に歩いて行く・・・

その後ろ姿はとても幸せそうに映っていた。




理由などは何も無い!

赤い糸で結ばれた運命という名の深い、深い絆!

受け継がれた魂は記憶というモノで甦る。


人間の身体は心に付属している部品に過ぎない

その心は魂により作り出されたモノであるならば2人の不思議で奇妙な出会いも当然だったのかも知れない。


人が夢みることを儚(はかな)いと書くように夢を実現することは決して易しいことではないかも知れない!?

しかし、夢は世代を超えて受け継がれて行き、いつかは叶うモノだと信じたい。


(完)

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「涙晶の月」 新豊鐵/貨物船 @shinhoutetu

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