第12話

 巣の底で、爆発の炎に焼かれたワーム共は黒焦げになっていた。まだ微かに息のある個体も少しだけおり、苦しそうにその身をよじっていたが、そいつらも早晩力尽きるであろう事は間違いなかった。何しろ全身を爆風で焼かれてるのだ、生き延びれるはずが無い。多分……。

「やった……のか?」エクが確認のために巣に降りようとするのを、俺は止めた。

「巣には近づかない方が良い。『悪い空気』が充満してると思うから。なるべく早くここから立ち去った方が良いよ」

「『悪い空気』……」ショロトルも突然の出来事に呆然としていた。

「ケン、お前、いつの間にそんな魔法を覚えたんだ?」エクが俺に訊ねた。彼女も何が起こったのか、さっぱりわからないという風だった。

「魔法じゃ無いよ。詳しい話は、撤退しながら話すよ。早くここから離れよう」せっかくワームを退治したのにこんな所で一酸化炭素中毒でホトケになるのだけは嫌だったので、俺はとにかく爆発現場から離れる事を提案した。二人も、とりあえずは俺の主張を受け入れてくれた。




「粉塵爆発って言うんだ」俺は歩きながら二人に言った。

「フンジンバクハツ?」エクが訊き返して来た。「そういう魔法なのか?」

「いや、俺が使ったのはただの炎の魔法だ。薪に火を付けたのと同じの」

「じゃあ、どうしてあんな威力の爆発が?」

「ショロトルの『坑道で火は禁止だ』っていう忠告がヒントだったんだ。ワームの巣じゃ、蛍爛岩の粉が沢山舞ってた。可燃性の細かい粉に火を付けると、その粉から出た炎が別の粉にさらに火を付けるんだ。ちょうどドミノ倒しみたいにね。そういう連鎖反応が瞬間的に起きて、最初はちょっとの火でも……それこそ俺の弱い魔法の火でも、大爆発になるんだ」俺は身振り手振りを交えて説明した。とは言え、俺自身も別に科学者でも学校の先生でもないし、エクやショロトルにちゃんと正しく説明できてるかはちょっと自信が無かったけど。まぁ別に細かい原理まで正確に説明しなきゃいけないって事も無いけどね。

「なんかすごいな……それ、自分で思い付いたのか?」

「いや、多分アニメかマンガで見た」

「お前はつくづく不思議な奴だな」エクの真っ赤な目が俺を見つめた。「しかし、理屈は良くわからんが、ともかくお前のおかげでピンチを切り抜けられたのは事実だな。ありがとう、助かったよ」

「いや、そんな……俺なんてエクがいなきゃそもそも巣までたどり着かなかったし……」正直ここでエクから礼を言われるとは思って無かったので、俺は照れた。かなり照れた。俺の顔が熱かったのは、坑道の熱気だけのせいでは無いのだ。

「何言ってんだ、お前ら二人とも凄かったぜ!腕利き冒険者とは聞いてたが、正直期待以上だったぜ」ショロトルは俺の背中をバンバン叩いた。やっぱりこの熊獣人、力加減というものを知らない様だ……正直痛いんだって、それ。

「ショロトルも、ありがとう。あなたの協力が無ければ仕事にもならなかった」エクはショロトルにも礼を言った。「無事に任務を達成出来て、本当に良かった」彼女の表情は、少しだけ笑ってる様だった。




俺達が地上に出た時、太陽は既に沈みかけていた。ようやくの新鮮な空気を、俺は肺いっぱいに吸い込んだ。エクは身体中の毛にくっついた塵を叩き落としていた。彼女が身体を振ると土埃が舞い上がった。だがショロトルは、もともと仕事で毎日潜ってるだけあって、そういうのは気にならないらしい。ショロトルはそのまま彼の家に向かい、俺とエクは依頼達成の報告をするためにギルド支部に向かった。一日中硬い地面を歩き回ったので足が棒の様だった。一仕事終えて緊張感が途切れたせいか、一気に全身の疲労が襲って来た。初めて本格的に剣を振るった右手には、血豆が出来ていた。だが、日が暮れる前にギルド支部に報告をしなければならなかったので、まだ一休みという訳にはいかないのだった。

ギルドの老人は、俺達の報告を、何の感慨も無さげに聞いた。報告を事務的に処理すると、決められた通りの賃金を渡し、カジモドからまた新たな仕事が来ていると俺達に告げた。どうやら冒険者の世界に休日の概念は無いらしい。その日俺達は、安宿の最下等級の部屋――正確に言えば部屋では無く納屋だが――で寝た。




翌朝、俺達がガンギンの街に出ると、街の様子が昨日までと明らかに違っているのに気付いた。そこら中にたむろしていたガラの悪い労働者達の姿がすっかり見えなくなっていたのだ。ギラついた雰囲気は鳴りを潜め、埃っぽい赤茶げた街はまるで廃墟の様に静まり返っていた。

「ワーム共がいなくなったからみんな鉱山に戻ったんだろうな」エクは言った。「あれのせいで一週間も仕事が止まってたんだ。遅れを取り戻したいんだろう」

 俺達は、ガンギンを発つ前にもう一度ショロトル夫妻にお礼を言いに行った。街のはずれの彼の家の巨大な扉を、エクがノックした。だが返事は無かった。もう一度、より強く扉を叩いてみたが、やっぱり同じだった。家は留守の様だった。ショロトルは恐らく鉱山だろう。ショチトルはわからないが、彼女は彼女でやっぱり何かしらの仕事があるのだろう。

「まぁ、仕方が無いか」

「最後にもう一度会いたかったね」

「そうだな」俺達は、街の外に向けて歩き出した。その時……。

「おーい!」ショチトルの声が遠くから聞こえて来た。彼女は俺達が泊まった安宿の方向から歩いて来た。「なんだ、あんた達、あたしらの家に来てくれてたんだね。私もあんた達に用があって宿の方に顔を出したんだけど、入れ違いになるとこだったよ」

「あ、ショチトルさん!俺達、お礼を言いに来たんです。色々お世話になりました」俺はそう言って頭を下げた。

「あらいやだ、お礼だなんて。こっちこそ鉱山を救ってくれたお礼を言わなきゃだよ。そう、それでね、旦那があんた達にこれを渡してくれって」そう言って彼女は、小脇に抱えた袋をこっちに差し出した。熊獣人が持ってると小さく見えるが、受け取ってみると意外とずっしりと重かった。

「これは……?」エクが訊ねた。

「私のお手製の干し肉さ。旦那も大好物なんだけど、絶対あんたも気に入るだろうからお礼にやってくれってさ」

「ショロトルが……私に?!」予想外のタマが飛んで来て、エクはにわかに狼狽えた。

「エク、良かったじゃん!食い物……ププ……あ、痛い!それ地味に痛い!止め……」エクの狼狽えっぷりがあまりにも可笑しくて俺はとうとう笑いをこらえきれなかったが、エクはそんな俺の脇腹を思いっきりつついて来た。両手で干し肉を抱えてるのでガードもままならず、俺は彼女にされるがままだった。しかしそんな、恥ずかしそうに顔を伏せて無言でつついて来る一方で嬉しそうに尻尾を振ってるエクがやっぱり可愛くて、俺はどうしても笑いが止められなかった。




「なあ、エク」次の目的地に向かう道中、俺はエクに話しかけた。

「何だ、ケン」

「あのさ、俺、思ったんだけど……冒険者って、そこまで悪い仕事じゃ無いんじゃ無いかな、って」

「そうかな?」エクは前を見たまま、抑揚の無い声で言った。「ま、嫌な事は沢山あるが、良い事も少しはある。それは事実だな」

「きっとね」俺は肩に担いだ干し肉の重みを感じながら言った。今晩も野宿だろうが、今から夕食の時間が楽しみだった。きっとそれは、エクも同じだろう。

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【習作】ケモナー冒険譚~異世界で俺は獣人に恋をする~ 小林 梟鸚 @Pseudomonas

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