第11話

 俺達は、坑道からワームの巣を呆然と眺めた。ワームの巣は、蛍爛岩の異常発光で明るく照らされていた。その明かりが、狭い空洞の底に密集して蠢くワーム共の姿を映し出していた。道端の岩や枯れ木をどかすとその下に大量のミミズやダンゴムシなどの小さな虫がいるものだが、俺達の眼下にはそれをそのままスケールアップしたかの様な光景が広がっていた。当然ながら、生理的にとても気持ちの良い光景では無い。おまけにワームの、ギギギ、ギシギシ、という身の毛もよだつ様な鳴き声が空間いっぱいに響いていた。俺は正直言って、こういうの超苦手だ。よりによって冒険者になって初めての相手がこんな不気味なアレだなんて……。もうちょっと何と言うか、初めてはカッコいい奴が良かったな……。

「どういう事だ、ショロトル?まだワームは十数匹くらいしかいないと聞いたが……?」エクが訊ねた。

「すまん、俺もわからん……。情報が間違ってたのか、それともたった一週間でこんなに集まって来たのか……」

「後者だったら異常事態だな。いずれにしても、この数、どうするかな」エクは顎の毛を撫でながら独り言ちた。

「いったん出直した方が良いんじゃないのか?」俺はエクに提案してみた。臆病者みたいに思われるのはちょっと嫌だったが、予想外の状況が起きているのであれば無理をせずに作戦を立て直すのがベターだというのが俺の率直な意見だ。まぁ本音を言えば、この気色悪い空間から一刻も早く立ち去りたいという感情も無いと言えば嘘になるけど。

「どうするかな……もし仮に、奴らが何らかの理由で異常なペースで集まって来てるんだったら、時間が経てば経つほどますます状況は悪くなる」

「それはそうだけど……」俺が自分の意見を言いかけた時……突然、俺達のいた足場が、崩れ落ちた。元々ワームの巣作りのせいで周囲の岩盤が脆くなっていたのか?俺達三人は、あえなくバランスを崩し、辺りの土砂と共に重力に引かれて斜面を滑り落ちた。蛍爛岩由来の土砂が、光る煙となって辺りに立ち込めた。

「みんな、大丈夫か!」ショロトルが叫んだ。

「あ、あぁ」俺はその声に返事をした。

「私も大丈夫だ。ただ……」エクは、周囲を見回して言った。「今ので奴らに気付かれたな」辺りのワーム共も、突然の事にビックリして慌てふためいている様だった。俺達にとってもワームにとっても、最悪のランデブーだなこりゃ。




「やるしかない!ケンはショロトルを護れ!!」

「りょ……了解!」どうやら腹を決めるしか無さそうだった。エクは単身ワームの群れに突っ込んでいった。俺はショロトルを壁際に立たせ、その正面に剣を持って陣取った。そうだ、俺も冒険者になったんだ。今はショロトルを護るのが俺の仕事だ。初めてエクと出会ったときに、彼女が俺をゴブリンから護ってくれた様に!逃げるなんて考えは捨てるんだ。

 一匹のワームが俺の方をめがけて突進して来た!俺は叫び声を上げて――情けない悲鳴では無く、自分を鼓舞する雄叫びを――そいつの頭に剣を振り下ろした。俺の右手に、化物の頭蓋骨の鈍い感触が伝わった。しかし浅い、コイツの頭を打ち砕くには至らない!俺のゴリ押しの一撃を食らったワームはまだまだ激しく蠢いていた。俺は我武者羅に、そいつの頭に剣を振り下ろした。何度も、何度も……そいつが動かなくなるまで。気が付くと俺の剣には、ワームの返り血と漿液がべっとりと付着していた。辺りにはキラキラ光る蛍爛岩の埃が舞い、俺は思わず咳き込んだ。それが俺の、初めてのモンスター討伐だった……。

 俺が一匹のワームに悪戦苦闘している横で、エクは八面六臂の大活躍だった。彼女は俺と違い、ワームの柔らかいところを的確に攻撃していた。口の内部を貫く、蛇腹状になっている外皮の隙間を切る、比較的皮の薄い腹側を狙う……。彼女の周囲にはワームの死骸が積み上がっていった。しかしそれでも、全体の数が減っている様には全く見えなかった。輝く土煙はますます濃くなっていき、エクもやはり息苦しそうに咳き込んでいた。流石に一人であの数を相手にするのは辛そうだ、俺も彼女を援護しなければと思った。剣じゃ役に立たなくても、魔法なら……練習で薪に火を付けた時みたいに炎を飛ばして支援するんだ。だがしかし、火を使う事は禁止されているんだった!一酸化炭素中毒の恐れが……?!

 その時、俺の脳内に天啓が降りた。この坑道の中、確かに一酸化炭素は危険だ。だが本当にそれだけか?明かりとして使う僅かな火のせいで中毒が発生する程の一酸化炭素が出るもんだろうか?火の使用が禁じられている、他の理由があるんじゃないか。その答えは、俺の目の前に広がっている光景にあった。もうもうと立ち込める蛍爛岩の土煙、不気味に輝く粉塵……。そうか!

「エク!ショロトル!いったん坑道の曲がり角まで退避だ!」俺は精一杯の声で叫んだ。

「逃げ切れるものじゃない」エクはワームに剣を突き立てながら答えた。

「違う!奴らを倒す方法を思い付いたんだ、説明は後で!」無茶な事を言ってるのは自分でもわかってたが……。

「な……本当か!……わかった!」エクは俺を信じてくれた。そんな事を思ってる場合では無いのはわかってるんだが、これはけっこう嬉しかった。

「ショロトル、先に行くんだ!」

「お、おう!」俺はショロトルを護る様に動きながら、坑道まで引き返した。崩れた足場は非常に上りづらかったが、俺は下からショロトルのお尻を押して何とか上に登らせた。俺とショロトルは必死の思いで坑道まで上がると、エクに向かってロープを投げ、エクを引き上げた。そんな俺達に向かって、ワームの群れが煌めく土煙を上げて押し寄せて来た。

「曲がり角に身を隠して、口を開けて耳を塞いで!」俺は二人にそう指示すると、自分の身体の中のエネルギーに意識を集中させた。丹田に力が漲って来るのを感じる。力は俺の体内で循環し、徐々にポテンシャルを増していく。十分に溜まったところで、その力を今度は右手に集中させる。ここが難しいんだが、この時の俺は、自分でも不気味なほど冴えていた。俺の右手は光を放ち、やがて光は真っ赤な炎になる。その炎を俺は、ワームの巣に向かって、全力で投げつけた。

 ワームの巣から、閃光と轟音がほとばしった。巣は激しい爆発に包まれ、その爆風の余波は俺達がいる坑道の曲がり角まで飛んで来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る