第10話
翌日。俺達三人は、坑道最深部のワームの巣に向けて出発した。エクは、狭い坑道内で飛び道具はあまり役に立たないだろうと言って、弓矢をショロトルの家に置いて剣だけを持って行く事にした。ショロトルは予定通り彼のランタンを持って来た。坑道に潜入する前に動作確認も兼ねてランタンに明かりを灯して貰ったが、なかなかの光量だった。自然光とは違い青白い不気味な色だったが、直接見ると目が眩むほどの明るさで、なるほどこれなら一つだけでもそれなりに周囲を照らす役に立つだろうと思われた。俺の『光』も使えれば良いんだが、残念ながら俺はまだ自分の力を全然制御出来てない。行く手を照らすのにいちいち汗だくになって疲れ果てていてはしょうがないというものだ。
細長い坑道内を、俺達は一列になって前進する事にした。先頭は当然エク。彼女は右手に得物を持ち、前方を警戒しながら前進する。その後ろにショロトルがランタンを持って道を示しながら付いて行く。俺は最後尾からバックアタックを警戒する役目だ。とは言っても、俺も一応剣を持ってはいるが、剣術の方はまだまだからきしだ。いざ戦闘になれば、結局はエクに頼る事になるのだ。情けない話だが、それが現実。だったら俺はショロトル宅に待機の方が足手まといにならずに済むんじゃないか、とも正直思ったが、そんな事を自分から言い出すのも気が引けるし、エクの方もどうやらその気は無い様だった。彼女にどういう意図があるのか、冒険者としての教育の一環なのか、あるいは俺がまだ半人前の素人だというのを隠したいのか。その意図はわからないが、とにかく俺は出来る範囲で最善を尽くすしか無い様だ。
俺達は、無言で坑道を進んでいった。内部は高温多湿で、普通に歩いているだけでもどんどん体力を消耗していった。似たような景色が延々と続くので、距離の感覚もわからなくなって来た。カンテラの光によって三人の影が坑道の壁面に映し出され、不気味に揺らいだ。それを見ていると平衡感覚を失いそうになるので、俺はなるべく最前列のエクを注視するようにしていた。青白い光に、彼女の毛並みが妖艶に照らされていた。俺達は、複雑に張り巡らされた坑道を右に曲がったり左に曲がったり縦穴を下ったりして進んでいった。
途中、曲がり角の手前で突然、エクが無言で『止まれ』のジェスチャーをした。俺達は彼女の指示に従った。この先にいるのか……ワームが?俺には全然わからんが、エクは何を感じ取ったんだ?
「光を……」エクは小声で囁いた。ショロトルはカンテラを差し出して、曲がり角の先を照らした。俺もエクの後ろから光の先を覗いた……あ、確かに何かいるな。まだ遠くで細部は見えないけど、巨大な蛇かミミズの様なのが。
「近づいて来たところを仕留める」エクは壁に身を隠して敵を待ち構える姿勢を取った。俺達は彼女の邪魔にならない様に一歩下がった。そのまま、薄暗い坑道の中で、永遠とも思われる時間が流れた。カンテラの光の揺らぎの他には動く物の無い空間。エクは剣を構えたまま微動だにしない。俺とショロトルも動けない。このまま俺達は固まって石になってしまうのでないか、とすら思われた刹那……。
エクは声も出さずに飛び出した!俺とショロトルがビックリして壁の向こうを覗くと、エクはもうミミズ様の化物の頭部に白刃を突き付けていた。彼女の剣はワームの口から後頭部を貫通し、そのまま敵の頭を引き裂いた。脳天を開きにされたワームは、ギギギ、という虫の様な鳴き声をあげ、力尽きた。鮮やかなお手並みとしか言い様の無い、一瞬の出来事だった。
俺は、その化物をまじまじと見つめた。頭部を引き裂かれても首から下は暫くビクビクと動いていた。手も足も無い蠕虫様の体躯、目が退化した頭部、ナマズの様な皮膚……。それが爬虫類なのか哺乳類なのかも見当がつかなかった。
「流石は冒険者だな……」ショロトルも流石に呆然としていた。
「一匹なら大した事は無い」エクは事も無げに言った。「あと、ケン、後方の警戒を忘れるなよ」
「あ……ハイ」ヤベ、言われてみればそれが一応俺の仕事だった。緊張のあまりすっかり忘れてた。
その時俺は、突然ある基本的な疑問が頭に浮かんだ。
「そう言えば、エク」
「何だ」
「今回の仕事って、ワームの狩猟は何匹までなの?確か一回の仕事で狩れる数は決まってるんでしょ?」
「あぁ、それなら今回は気にしなくて良い」
「そうなの?」
「まず、坑道は狩場では無い。それに、今回の仕事はワームを追い払い坑道の安全を確保する事が目的だ。巣を破壊すればどの道ワームはいなくなる。殺すのも追い払うのも同じ事だ」
「なるほど……」
「とは言え、もちろん不要な戦闘は避けるに越した事は無い。余計なリスクを負う必要は無い」それから、エクは俺の耳元に顔を近づけて、ショロトルには聞こえない様に小さな声で言った。「報酬は変わらないしな」それを聞いて俺は、あぁ、やっぱりエクはプロだな、と思った。
そんな調子で俺達は、少しずつ坑道の奥まで進んだ。途中で何匹かのワームに遭遇したが、それらは全てエクの剣の錆となった。少なくとも一対一なら、彼女が負ける事はまず無さそうだった。一方で俺はと言えば、まぁ語るまでも無いよね。一応『後方を警戒する』という務めは忘れない様に頑張ったけど、別に撤退戦をしてる訳でも無い俺達が背後から襲撃を受ける可能性は冷静に考えればほぼ無いのだ。エクもそれを解ってて俺を後方に配置したのだろう。中途半端に仕事をしている風を装うというのがこんなに気まずく申し訳無い気持ちにさせられるという事を、俺は産まれて初めて知った。せめてカンテラを持つ役でも任せてくれれば、という気持ちも無くも無かった。
先に進むにつれ、周囲の風景が微妙に変化している事に俺は気付いた。もちろん基本的には単調な岩の洞窟なのだが、その壁面に、蛍の光の様なごく淡く弱々しい輝きが見える様になって来た。その光は、カンテラと同様に青白い不気味な色だった。
「蛍爛岩だ」ショロトルが独り言の様に言った。「綺麗だろ」
なるほどそれは確かに『夜の空に光る星』の様だった。そんな光に囲まれていると、まるでプラネタリウムに来たみたいで、なかなかにロマンチックだった。この温度と湿度、それにワーム襲撃の不安さえ無ければ、暫くカンテラの光を消してその光景を楽しみたいと思った。
「そろそろ巣かな……」エクの一言が、俺を現実に引き戻した。もうそんなに潜ったのか。俺の背筋に一瞬寒いものが走った。だが、ここまでで遭遇したワームは、全てエクが事も無く退治して来た。そう考えるとワームの巣もそこまでビビる事は無いのかもしれない。俺は自らにそう言い聞かせて気持ちを鼓舞した。俺達は、やはりエクを先頭に、曲がり角を左に曲がった。その道の先には、周囲の壁面以上に不気味に青白く輝く空間が広がっていた。その光景は、SF映画に出て来るいわゆる『ワームホール』の入り口の様だった。俺達は壁にへばりついて、忍者の様に静かにその入り口に接近した。ついに入り口にたどり着いた俺達が見たものは……。
「何だこれは……話が違う!」エクは驚愕の声をあげた。
そこで見えたもの。球状にくり抜かれた様な巨大な空洞。異常に発光する蛍爛岩。そして蠢くワーム共、その数およそ……数十匹!!
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