第9話
「さっきは黙ってて悪かったなぁ、人間共の前であまり出しゃばりたく無かったもんでよ」
「あなたは……?」
「俺ぁショロトルってんだ。お前らエクにケンだっけ?宜しくな!」熊獣人はでっかい声で自己紹介すると、俺とエクの肩を灰色の剛毛で覆われた丸太の様な腕で叩いた。向こうは軽い挨拶のつもりだろうが、正直結構痛かった。
「よ、よろしくお願いします、ショロトルさん」エクに堂々としてろと言われたばっかりだが、彼の巨体と威圧感は近くで見るとやっぱり恐ろしかった。
「宜しく、ショロトル。しかし、どうして私達を追って来たんだ?」エクは怪訝そうに尋ねた。
「どうしてってそりゃオメェ、さっきワーム退治するのに助けが必要だって言ってたじゃねぇか。だから……」ショロトルは分厚い胸板を叩いた。「俺が協力しようってんだ」
「本当か!?」エクの表情がパッと明るくなった。
「おうよ」
「そりゃ凄い!ありがとうございます、ショロトルさん!エク、やったな!」俺もついつい興奮してしまった。渡りに船とはこの事だ。ありがたやありがたや。
「あぁ。ありがとう、ショロトル」エクは尻尾を振りながら礼を言った。
「なあに、礼には及ばねぇ!俺達だって今のままじゃあ仕事にならなくておまんまの食い上げだからな。だが、誰かがお前ら冒険者と一緒に行かなきゃならねぇってわかってても、あの人間共、本音じゃワームが怖ぇのさ。態度はでかくても情けねぇ奴らさ」なるほど、それであいつら、俺達への協力をあんなに嫌がってたのか。そう考えると、そんな連中相手にビビってた自分が急に馬鹿らしく思えて来た。
「あなたの様な人に出会えて良かったよ」エクもいつに無く嬉しそうだった。
「へッ、照れくせぇや」熊獣人は鼻先を指で掻きながら言った。「ま、こんな所で立ち話ってのも何だ。一旦俺の家に来な!そこでワーム退治の作戦を練ろうぜ」
「おっ母!帰ったぞ!」ショロトルの家はガンギンの街の外れにあった。彼の体型に合わせて扉が大きく天井が高い以外は、もうこちらの世界では見慣れたあばら家だった。だが、室内は一見して整理整頓はそれなりに行き届いている様で、意外にも清潔感を感じる空間だった。
「お帰り、あんた」奥から一人の熊獣人が出て来た。そちらはショロトルよりは少し小柄だが、それでも身長二メートルはありそうな巨体だった。体格もやはり太ましかった。エクと同じ様に胸と腰に布を巻いており、見たところ女性の様だった。
「あら、お客さんかい?珍しいね」
「おうよ、この方たちはワーム共を退治するために遠路はるばるやって来た冒険者さ!エク、ケン、これが俺の妻だ」
「どうも、ショチトルだよ」女性の熊獣人は名乗り、右手を差し出した。
「エク・チュアフだ」
「ケンです。宜しく」俺達はショチトルと握手した。尤も、握手とは言っても彼女の手が大きすぎて、こちらの手が一方的に握られる様な形だったが。
「さておっ母、俺はちょいと客人と相談があるんだ。ワーム退治の作戦会議だ。悪いんだが、客人の分の飯も用意してくんな」
「はいはい」ショチトルは突然の要求に驚く様子も無く、部屋の奥の台所に向かった。
「良いのか?食事まで……」エクがちょっと困惑した様子で尋ねた。
「構わねぇよ、客人に飯の一つも出さねぇんじゃ俺の名が廃るってもんよ」
「そうか……すまないな」エクはどうも、他人の親切にはあまり慣れてないのかもしれないな。なんかバツが悪そうだ。
「ありがとうございます!」一方俺はと言えば、素直にショロトル夫妻のご厚意に甘える気マンマンだった。二人とも賑やかで一緒に食事をして楽しそうだったし、それにこれは俺の直感だが、ショチトルは恐らく料理上手だ。根拠は無いが、何となくそんな気がしたのだ。
「さて、と……」ショロトルは部屋の隅に置いてあるチェストにおもむろに近づくと、その引き出しを開け、ガサゴソと中身を探し出した。彼はしばらく引き出しの中をひっかき回してたが、やがて目当ての物を見つけると、引き出しを閉めもせずにこちらに戻って来た。
「こいつが炭鉱の地図だ」そういって彼は、一枚の紙切れを広げて見せた。そこには、山の中を坑道がアリの巣の様に張り巡らされている様が、明瞭に描かれていた。
「で、この辺でワームの巣とぶち当たった。一週間ほど前だ」ショロトルは地図の下の方を指で弾いた。
「坑道のほぼ最下層だな」エクも地図を覗き込みながら言った。「巣の規模はどれくらいだ?」
「俺が直接見た訳じゃ無ぇが、十数匹ほどのワームがいたらしい」
「あまり大規模では無いな……」
「そうなの?」俺は数字の感覚がピンと来なくて尋ねた。
「ワームの巣としてはな。巨大な巣だと数百匹規模のものもあるらしい。そうなるともう手が付けられん」
「じゃあ早めに潰しちゃった方が良いって訳か」
「そうだな。そう言えばショロトル、坑道の中は、明かりはどうなっているんだ?蛍爛岩は暗闇で輝いて見えると聞くが……?」
「うーん、せいぜい、夜の空に光る星の様にしか見えねぇな。明かりは必要だ」夜の空に光る星……幻想的ではあるけれど、光源としては心許無いな。
「じゃあ、松明を用意しよう」
「坑道で炎は使えないぜ」ショロトルが言った。
「何故だ?」
「俺も詳しくは知らねぇがよ……何でも、坑道で火を燃やすと『悪い空気』が出て、身体が言う事を聞かなくなるらしい。気付いた時には歩く事も出来ずに、最後は息も出来なくなって死んじまうそうだ」
「『悪い空気』……一酸化炭素の事かな?」ショロトルの言ってる症状は、一酸化炭素中毒のそれを思わせた。
「イッサ……何だって?まぁ良いや。とにかく火はダメだ。俺達は明かりにランタンを使う」
「ランタン?」エクが尋ねた。
「あぁ、ランタンだ。中に蛍爛岩を精製した物を入れて使うんだ。ただ、生憎ランタンは一人一つしか持って無いから、俺が持ってる分しか用意できねぇが……」
「誰か貸してくれないかな?」
「さっきの詰所での様子だと、協力は期待出来んな」
「あぁ、あいつらに期待は出来ねぇよ」
「そっか……」エクもショロトルも、交渉してみる気も無いらしい。残念ながら、それがこちらの世界での獣人の現実なのだろう。
「ま、実際ランタンは一つありゃ明るさは十分だと思うぜ。その点は心配……」
その時、突然腹の虫が鳴く声が聞こえた。俺のお腹の音では無かった。ショロトルでも無かった。となると音の主は……。
ショロトルは割れんばかりの大きな声で笑った。
「ワッハッハ!!!何だエク、オメェ、腹が減ってたのか!そうならそうと言ってくれりゃ良いのによ!」
「う、うるさい!仕方無いだろう!話の腰を折るな!」その顔色は体毛のせいで窺い知れなかったが、まぁ多分真っ赤になってる所だろう。エクの目は泳ぎ、耳もパタパタと動いていた。俺も今にも吹き出しそうになったが、後が怖いので笑いを必死に堪えた。
「さあさあ、食事が出来たよ!」狙いすましたかの様なタイミングで、ショチトルの声が聞こえた。そのまま俺達は、作戦会議を終了して食事を頂く事にした。狭いテーブルの真ん中に豆と野菜のシチューが入った釜が置かれ、それぞれに取り皿と黒パンが配られた。食材は素朴だったが、俺の予感の通り味は絶品だった。俺と夫妻は賑やかに色々な事を語り合ったが、エクだけはやはり黙って食べ物を口に運んでいた。そんなエクが誰よりも早く黒パンを食べ終わり、俯きながら小さな声でショチトルにおかわりを頼んでいたのがあまりにも可愛くて胸キュンだった。
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