第8話
幸いにして、エクとギルドの老人がそれ以上言い争う様な事にはならなかった。エクはいつもの冷静さを保ったし、男の方もそれ以上エクを侮蔑する様な事は言わなかった。そもそも向こうには、初めからエクを挑発する意図は無かったのかもしれない。それならそれで、自覚も無しに相手を差別する様な表現を使うのはどうなのよとは思うけどさ。そういうのって、言ってる側は軽い気持ちでも言われる側は結構傷付くんだぜ、と言ってやりたかった。
まぁそれはともかくとして、ギルドからの仕事の内容はこういったものだった。ガンギンは先に述べた通り鉱業の街だが、より正確には蛍爛岩という鉱石を採掘しているらしい。この石は魔力を含んでおり、名前の通り暗所では爛々と輝いて見えるそうだ。ところが坑道をどんどん掘り進めているうちに、ワームとかいう土の中に住むモンスターの巣と鉢合わせになってしまった。坑道はたちまちワームで溢れかえり、全く仕事にならない。だが、ワームの特徴的な性質として、巣を破壊されると奴らは危機を察知して一斉に逃げ出すらしい。で、その巣の破壊が俺達の仕事という訳だ。より詳しい話は鉱山の関係者から直接聞けと言われて、俺達は鉱夫のいる詰所に行く事にした。
アカースドの意味をエクに訊こうかと一瞬思ったが、どう考えても藪蛇なのでやめた。詰所まで、俺もエクも一言も口を利かずに歩いた。ガンギンの街の雰囲気はどうにも息苦しくて苦手だ。
詰所は鉱山の中腹にあった。これまたこちらの世界の建築物の例にもれず、ボロボロで今にも倒れそうな粗末な小屋だった。いや、こっちだって、貴族や王様が住む様な立派な御殿が無い訳では無いだろう。ただ、そういう上流階級とは今の俺は縁が無いだけだ。そう考えると日本は何だかんだ言って裕福な国だったんだな、俺達の様な庶民でもそれなりに快適な家に暮らせたからな、なんて愚にもつかない事を、俺はちらりと考えた。どんな贅沢も、それが当たり前の暮らしだとその有難みは忘れてしまうものだ。
「失礼する」エクは詰所の扉を軽くノックすると中に入った。俺もそれに続いた。詰所の中は、肉体労働者の汗の臭いで溢れていた。どこに行っても何かしらの悪臭が漂ってるのも、こっちの世界の標準仕様なのかな。建物の中には四人の男がいた。うち三人は人間で、みんな上半身裸で筋肉質だが痩せこけた体型をしていた。身体中に刺青を入れてたので、俺は正直ちびりそうになった。いや、こちらの世界で刺青が社会的にどういうイメージを持たれてるのかってのは知らないけど。というか、獣人差別は良くないと言いながら刺青差別は良いのかと言われるとアレなんだが、怖いものは怖いのだ。その刺青三人衆は小さな机を囲んで、ビール(多分)を飲みながらカードゲームをやっていた。卓上に硬貨が置いてあったので、多分賭け事をしてるのだろう。そして机から少し離れたところには、一人の獣人がいた。獣人と言ってもエクとは見たところ種族が違う、熊の様な男だった。その熊男は、身長は二メートルを優に超え、身体付きもガチムチのプロレスラー体型だった。その点、出ているところは出ているが基本細マッチョなエクとは全く別物だった。顔付きも、エクよりは口吻や耳が短めだった。熊獣人は、一人で串に刺した干し肉を齧っていた。
「あ?」人間の一人がこっちを見て言った。うわ、やっぱりガラ悪そ……俺は不良の目を気にして廊下の端っこを歩くいじめられっ子の様な気分だった。
「何だ、オメェ?」別の人間も同じ様な調子で言った。
「冒険者だ。ワーム退治の件で依頼を受けて来た」エクは臆する様子も無かった。あぁ……やっぱりカッコいいな。
「冒険者?お前が?」三人目の人間が、嘲る様に言った。「ふざけんな。獣人じゃねぇかよ」
「獣人で悪いか?」エクが食って掛かった。熊獣人は無言で肉を齧り続けていた。
「犬っ娘が来るなんて聞いてねえぞ」
「知らなかったのなら今教えてやる。私達がワーム退治の仕事を引き受けた。私はエク・チュアフという者だ」
「ケ……ケンです」俺も慌てて自己紹介をした。ビビってるのがまるわかりで恥ずかしかった。
「へぇへぇ、エク様にケン様かい」男達の方は名乗ろうとはしなかった。
「ワーム退治について協力して欲しい。坑道の地図やワームの巣の位置を教えて欲しい」
「だとよ」男の一人が仲間を見回していった。三人の人間は、互いの顔を見た。
「俺ぁ御免だね」
「俺も」
「俺も嫌だね。大体何で俺達が冒険者なんぞに手を貸さなきゃいけないんだ?行くならお前達だけで行きな」
「ふざけるな!坑道を当ても無く彷徨えと言うのか?!」エクは激しく抗議した。だが、人間達は誰も返事をしなかった。奴らは俺達に見せつけるかの様にカードゲームを再開した。露骨な無視の態度だ。何だこれ、一応こいつらの鉱山を助けるための仕事なのに……。
「チッ!!話にならん!」エクは舌打ちをすると、詰所の扉を蹴っ飛ばし、はじかれた様に外に出た。俺も彼女を慌てて追った。あんなロクデナシの巣窟に一人取り残されるのは一秒たりとも御免だった。
エクは街に向かって歩き出した。当然の如く、彼女は怒りでいっぱいの様だった。全身の毛が逆立ってるのが見て取れた。あまりにも早足なので、俺はついてくのも一苦労だった。エクに何か声を掛けたかったが、相応しい言葉が全く思いつかない。何でこんなに気まずい思いをしなきゃならないんだ?この町に来てから、こんな事ばっかりだ……。
「おい、ケン!」
「はい!?」突然エクに呼びかけられて、俺はビックリして答えた。
「お前のさっきの態度は何だ?情けないぞ」厳しい口調でエクは言った。「あんな奴らにビビってたら話にならん。冒険者ってのは、ナメられたらダメだ。もっと堂々としてろ。じゃないとまとまる話もまとまらん」
「ご、ごめん……」俺は素直に謝った。しかし、エクの言ってる事は正論なのかもしれないが、これは正直彼女に八つ当たりされてる感も無くは無かった。彼女だって聖人君主じゃ無いし、あんな理不尽な扱いを受ければ腹が立つのは当然だ。それは仕方が無いと思うけど、だからって俺に当たられても……。
「しかし、これでは埒が明かん」エクは指をポキポキと鳴らしながら吐き捨てる様に言った。「道もわからない鉱山に突っ込んでも迷子になって餓死するだけだ」
「やっぱり、誰か協力者を探すしか……」俺は恐る恐る意見した。
「もちろんだ。しかし今の所その当てが無い。一旦街に戻ってギルドに相談するか……」
「あのギルドのオッサン、頼りになるかな」
「さあな、しかし他に知り合いがいるわけでも無いしな」俺とエクが今後の事で悩んでいると……。
「おーい!」突然俺達の後ろから野太い呼び声が聞こえた。声のした方向を振り向くと、さっき詰所にいた熊獣人が俺達の後を追って来ていた……。
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