5:謎は既に、歩いていた。
「郵便です」
1月19日。
久しぶりに事務所のインターホンが鳴って、依頼か、とワクワクして玄関を出ると、そこにいたのはこの地区を担当している配達のお兄さんでした。
「いつもお疲れ様です」
そう言って、私はお兄さんが抱えていた大きめの封筒を受け取り、伝票に受領印を押しました。
「いえ、仕事ですので。それでは」
颯爽と去っていくお兄さんを見送ってから、私は事務所に戻りました。
「ナジリマさん。郵便物です」
デスクの上で紅茶を片手に新聞を広げているのは、我が探偵事務所所長のナジリマさんだ。
ナジリマさんは、ピクッ、と一瞬動きを止め、広げていた新聞をたたみながら言いました。
「ほう。もしやその封筒、送り元が書いてないですか?」
「え? あ、はい。そうです」
確認すると、ナジリマさんの言う通り、送り元が書いてありません。
「そうですか……」
ナジリマさんは片手を顎に当て、腕を組み、しばらく考えていました。
しばらくして、何かに納得がいったような、そんな顔をして、私から封筒を受け取りました。
「……開けましょうか」
ナジリマさんはデスクの引き出しからハサミを取り出し、封筒の封を開け始めました。
私は不思議に思いました。
何故ナジリマさんは送り元が書いていないことを言い当てたのでしょうか。
私は、そのことをナジリマさんに聞きました。
「探偵の勘、ってやつですよ」
ナジリマさんは茶目っ気たっぷりに言いました。
「これは……契約書?」
「です……かね」
封筒の中から出てきたのは、材質のしっかりした2組の書類。
どちらにも書類の頭に『契約書』と書いてあるので、間違えようがない。
「ナジリマさん。これってなんの契約書なんでしょうか?」
「うーん……、これだけでは分かりませんね」
ナジリマさんは、封筒を持ち上げ、中を見ました。
「あっ、Eジョシュさん! 中に白い封筒が入っていますよ」
ナジリマさんは、白い封筒から中の薄い1枚の手紙らしきものを取り出し、読み上げました。
「『このたびは、応募ありがとう。貴女たち2人を雇うこととしました。したがって、この契約書にサインをいてください。もちろん、本名でなければ認めません。その書類は、以下の住所に送ること。日本 帝都 ×××地区××-××-××× ×××号室。』……」
「この前応募したバイトに受かった、ということですか?」
「多分、そうでしょう」
「それにしても変ですね。自分たちから応募してあれですけど、履歴書も何も送っていないのに雇われる、なんて」
「確かに、そこもおかしいですね」
ナジリマさんは、ずっと眉間にしわが寄ってます。
どうやら、ナジリマさんも違和感を感じているようです。
まぁ、私がわかるくらいですので、誰でもわかるでしょう。
「もう一つ、本名の下り……。私たちが送った名前が本名ではない、向こうはそう確信を持っている……。いや、事実を知っていると考えたほうが……」
ナジリマさんは、ブツブツと呟きながら、ずっと考えているようです。
その横顔は、いつになく真剣でした。
しばらくして、私は紅茶のお代わりを持って、ナジリマさんのデスクに置きました。
「あぁ……。ありがとうございます」
ナジリマさんは、パソコンを使って調べる手を止めて、一息つきます。
「どうですか? 何かわかりましたか」
「いいや、全くです。類似した応募が過去にあったのか調べたのですが……」
「見つからなかった、ですか……」
「はい。仕方ないですが、これは本名を書くしかなさそうです」
「そう、ですか……」
私は、ナジリマさんと初めて会った時のことを思い出します。
それは、初めて〝Eジョシュ″なんていう、おかしな名前を付けられた日であり。
全てから救ってもらった日でした。
名探偵、帝都にて。 -ナジリマ・ミッシングディタクティブ- 360words (あいだ れい) @aidarei
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