第2話 封鎖犯人

 歌踊署(かようしょ)の朝会はクネクネ体操をしながら行われる。

「あー、諸君には、なんとしても、今日中に、別荘封鎖犯を確保し、事情聴取してもらいたい」

 刑事長が言うのだが、思い切り身体を後ろに反り返らせているので聞き取りにくい。

「刑事長もう一度お願いしまーす」

「お願いしまーす」

 同じように身体を後ろに反り返らせた刑事たちが関取のような声で言う。

「今日中に、別荘封鎖犯を確保し、事情聴取してもらいたい」

 今度は、刑事長は前向屈をしながら言った。

「いいですが、なぜ、期限を切るんですか?」

 意外と身体の硬い三田婦警が苦しそうに言った。

「昨日話したとおり、今回死んだ5人は全員同じ会社の社員だ。そこで、その会社の所轄の警察署に協力を仰ぎ、今日から、全社員への聞き取り調査をやって頂いている」

 刑事長は上半身を左右にブンブン捻りながら言った。

「ありがたいことです」

 古論(ころん)刑事が年齢からは考えられない力強さでブンブンいわせながら言った。

「しかし我々もその会社に行かないわけではない」

 刑事長が右足のアキレス腱を伸ばしながら言った。

「面白そうな話ですね?」

 鬼津刑事が期待に満ちて聞くと、

「露骨に嬉しそうな顔をするな」

 刑事長が左足のアキレス腱を伸ばしながら、たしなめた。

「我々は亡くなった社員の抜けた穴を埋める派遣社員として潜入捜査する!」

「ひゅーーーー!」

 と言って、段菜刑事と黒部刑事がハイタッチした。

「おいおい、くれぐれも浮かれてボロ出すんじゃないぞ! 同じ派遣会社から派遣されたことにはしてあるが、派遣社員同士がそんなに相手のことを知ってたら不自然だ。それから、仕事もちゃんとやってくれよ。それに、最初に言ったように、そのためには、今日中に別荘封鎖犯のほうを、片付けにゃならん。段菜と黒部は街で臨時収入でチョーシこいてる若者を当たれ! 三田と鬼津、古論と川村はそれぞれ組んで、資材が不自然に減った工務店なんかを当たれ! それじゃあ、今日もショウの始まりだ! スタート!」




 ここは、歌踊署の所轄に唯一存在する駅周辺のちょっと奥まったところにある裏通りの3on3ができるバスケットコートである。バスケットのネットは金属製の鎖がさび付いている。コートは昔は何か貼ってあったようだが、今はほぼコンクリートがむき出し。ここに集まるのはスーパーサイヤ人か人造人間18号のなり損ないのような若者ばかりなので、普通の人はこの辺りは通ろうとしない。

 そこに、スーツを着込んだ妙なおっさんが2人入り込んできたのだから、当然、注目を浴びた。

「Hey! Yo! 現代の若者さん! ちょいと質問いいですかぁ?」

 段菜刑事が陽気に話しかけた。すると、若者の1人が、

「人に質問するときは、まず名乗るべきじゃないのー?」

 と言った。それを受けて、黒部刑事が、

「僕たち東京から来て、若者のこと調査してて、部屋が用意してあるんで、ちょっと話を聞かせてくれませんか?」

 と言うと、他の若者が、

「それ、素人AVでよくあるやつー」

 と言った。段菜刑事は黒部刑事の肩をポンポンと叩いて、

「まぁ、冗談はそのくらいにして」

 と言って、段菜と黒部は声を合わせて、

「俺たちは警察だ!」

 と言いながら警察手帳を見せた。

 すると若者たちは、

「ああ? 警察だぁ?」

「誰が協力するか?」

「帰れ帰れ!」

 と口々に言った。

「まぁ、そう言わないでさぁ、昨日今日、急に金回りが良くなったお友達が居たら教えてくれよ」

 段菜が言うと、

「協力しねぇって言ってんだろ? とっとと帰れよ!」

 血の気の多そうなのが20人ほど取り囲んできた。

「そういうの公務執行妨害っていうんだよ」

 黒部が言うと、

「そんなんでビビるかぁ!」

 早速1人目が殴りかかってきた。

 黒部はそれを軽く交わしながら首の後ろに手刀をたたき込むと相手は気を失った。

「行きますか? 段菜さん」

「行きますかね? 黒部さん」

「ワン・ツー! イライラすんなよ! 猫でも飼っとけ!」

 黒部が「ワン・ツー!」と言うのに合わせてパンチを入れていく。

「ワン・ツー! ドキドキしろよ!  恋でもしとけ!」

 段菜も「ワン・ツー!」と言うのに合わせてパンチを入れていく。

「ワン・ツー! ガタガタ言うなよ! 世界はHappy!」

「ワン・ツー! ブツクサ言うなよ! 今をたのしめ!」

「ワン・ツー! ワン・ツー! ワンツーワンツーワンツー!}

「ワン・ツー! ワン・ツー! ワンツーワンツーワンツー!}

「不幸もつまらないも自分から!」

「羨ましいも妬ましいも自分から!」

「比べて腐るなら比べんな!」

「上見て凹むなら上見んな!」

「今を楽しめ!」

「自分を楽しめ!」

「未来を!」

「ツキを!」

「呼んでみろ!」

 呼んでみろ! を段菜と黒部が同時に言ったときには、刃向かう者は全員倒れていた。

「さてと、おまえとおまえとおまえ、詳しい話を聞かせてもらおうか?」

 段菜に指さされた3人はびっくりして聞いた。

「なんで俺たちだけ?」

「他の連中は俺たちだけ見て戦ってたのに、おまえら3人だけ、紫頭とソフトモヒカンとスキンヘッドの3人が逃げるのをチラチラ見ながら戦ってたろ? 目は口ほどにものを言うんだよ」

 黒部が答えた。

「友情は嫌いじゃねぇが時と場合による」




 段菜刑事と黒部刑事から連絡を受けた刑事長は、逃げた3人が勤める工務店の近くに居た古論刑事と川村婦警にその工務店に向かうように指示した。


「ここですね」

 川村婦警が言ったが、なぜか店に人の気配がない。

「裏に回ってみよう」

 古論刑事が先立って、店の裏に回ってみた。店の裏は広い庭になっていた。

「すみませーん。どなたか、いらっしゃいませんかー?」

 川村が声をかけると、何やら険悪な感じの男たちが20~30人出てきた。

 その中の1番年上と見られる男がズイッと前に出て口を開いた。

「あんたら警察か?」

「はい」

 と川村が答えると、

「康平たちを捕まえに来たのか?」

 と言うので、

「いえ、とりあえずは任意同行と言うことで」

 川村が言い終わるのも待たず、

「あいつらのケジメは俺が取らせる! 警察は帰ってくれ!」

 と親方は言う。

「いや、そういう訳にはいかんのですよ」

 古論刑事が言った。

「ふん! どのみちこの人数相手に小娘と爺ぃじゃ逆立ちしてもどうにもなるまい。帰れ帰れ!」

 親方が言った。それを聞いて、古論はポケットの中の小型スピーカー付きMP3プレーヤーのスイッチを入れた。陽気な民族音楽が大音量で辺りに響いた。

「そんじゃ、逆立ちしてみましょうかね?」

 古論は本当に逆立ちした。

「ふざけんじゃねー!」

 一人の男が古論に襲いかかったが、その瞬間、古論の脚がヒュンッとしなって回転したかと思うと、男の頭部を捉え一撃で倒した。

 古論は男たちの中に入ると、縦横無尽にヒュンヒュンと回転した。

 逆立ちばかりしているわけではない。立った姿勢からも蹴りが飛んでくる。いきなり上半身が消えたかと思うと、三点倒立のような姿勢からも蹴りが飛んでくる。空を舞ったり地を這ったり、とにかくどう攻撃しようかと思っている間に。訳の分からないタイミングで、訳の分からない方向から蹴りが飛んできてやられてしまう。

 ちなみに、古論が使っているのはカポエィラと言う格闘技である。


 そのうち、刑事はもう1人居たことに気付いた者が出てくる。

 鉄パイプで川村に殴りかかろうとした者が居た。両手で鉄パイプを持って大上段に振りかぶっている。その瞬間、川村の袖から金属製の鎖が飛び出た。鎖の先には三角形のフック状の分銅がついている。鎖は男の手ごと鉄パイプに巻き付いてフックで固定された。川村がタイミング良く鎖を引くと、男は前のめりによろめいた。そのまま、川村は鎖を引きつつ男の懐に飛び込んで、鉄パイプごと男を投げ飛ばした。

 川村が、ちょっと鎖の力を緩めただけで、フックは外れ、鎖は袖の中に戻った。

 川村は鉄パイプを手に取った。何人かの男が川村に対峙している。


 川村は鉄パイプを腰の後ろに構え、バレリーナのようにクルクルと回転しては男たちを打ち据えていった。川村が全員片付けたときには、古論が水道で手を洗っていた。



 

 古論刑事と川村刑事は、なんとか少年3人の潜伏先を聞きだして刑事長に報告した。刑事長から連絡を受けた三田婦警と鬼津刑事は至急現場に向かった。


 そこは倉庫であった。そこそこデカい。

「この中から探すんですか?」

 うんざり気味に鬼津刑事。

「あぶり出しましょう」

 三田婦警が言うと、

「そうなると正面からは入れませんね」

 よく分かっているようで、鬼津刑事。

「探してみましょう」

 三田婦警が率先して歩き出した。


 探してみると別の入り口はあった。しかし、鍵がかかっている。

「三田さん、なんとかなりそうですか?」

 鬼津が聞くと、

「うーん、これかな?」

 といって、彼女の長い髪をアップにしている無数のヘアピンから1本抜き出した。実は彼女のヘアピンは、1本1本が違う錠前破りの道具なのだ。

 果たして鍵はあっさり開いた。

 こっそりと入っていく2人。もちろん気付かれる可能性はあるが、これから始めることにあまり支障はない。

 とりあえずある程度入り口に近づく。

「ここからならいける?」

 三田が聞く。

「バッチリです」

 鬼津が答える。

 鬼津はポケットから殻付きのクルミの実を出した。鬼津は握力を鍛えるため、いつもクルミの実を持っていたのだが、楽々割れるようになった今でも持ち歩いている。

「じゃあ、いきますよ」

 鬼津は言うと、クルミの実を投げた。それは見事に入り口脇の照明のスイッチに当たり、倉庫内は真っ暗になった。


 いきなり倉庫内が真っ暗になって、少年たちはビビった。

「おい、どうなってんだ? これ?」

「慌てんな! 誰かが、スイッチ消しちまっただけだろ?」

「お、おう! 灯けにいこうぜ!」

 そのとき遠くから、歌声が聞こえてきた。

「静かな湖畔の森の陰から」

 ビクッとなる3人。

「もう起きちゃいかが? とカッコウが鳴く」

「静かな湖畔の森に陰から」

 今度はさっきと全然違う場所から輪唱が聞こえてくる。

「カコー、カコー、カコーカコーカコー」

「もう起きちゃいかが? とカッコウが鳴く」

 また、聞こえてくる場所が全然違う。

「カコー、カコー、カコーカコーカコー」

「カコー、カコー、カコーカコーカコー」

 3人は死に物狂いで出口に向かう。

「カコー、カコー、カコーカコーカコー」

 歌が終わった。静寂が戻る。一瞬気が抜けたその瞬間、3人の耳元で囁くように小声で、

「カコー」

 3人が振り返ると、そこに異形の者が。

 3人は声にならない声を上げて気絶した。




 3人は自分たちが別荘を封鎖したと自供した。

 しかし、依頼した人間は、依頼したときも、施工状況を確かめて成功報酬を手渡ししたときも、大きなマスクに大きなサングラスをしていて、目深に帽子をかぶっていて、人相は分からず。体格は、背の高さも太り具合も、まさに普通。言葉にも特になまり等もなく。とにかく、依頼人の特徴については何も得られなかった。


「しかし、1つハッキリしたな」

 刑事長が言った。

「何ですか?」

 古論刑事が聞いた。

「別荘の封鎖が完了したとき、別荘の封鎖を依頼したやつは別荘の外に居たってことがだ」

「なるほど」

「それに、これで、心置きなく潜入捜査に行ける」

「それなんですが、亡くなったのは5人、我々は6人ですが?」

「ああ、だから、古論さんは悪いが清掃員として入って、各所を動き回って情報を集めて欲しい」

「なるほど、分かりました」

「それから、今日の聞き取り調査で『幽霊清掃員』がいたらしいんだ。それも調べて欲しい」

「なるほどなるほど、それはなかなか面白そうですね」

「じゃあ、今日は、明日からの準備をして、早く寝てくれ」

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