歌い踊る捜査線 〜5段重ね殺人事件〜

でんでろ3

第1話 事件発生

 ここは群馬県の静かな湖畔にある小さな別荘。バス、トイレ等を除けば大きなワンルームである。

 床には、人型の白線、番号の書かれた目印、そして、血痕などがあり、ここで殺人事件があり、鑑識が仕事を終えたらしいことがうかがわれた。


 やがてどやどやと声がして、所轄の刑事たちが戻ってきた。

「しかし、参りましたなぁ。この事件」

 そう定年間近の古論(ころん)刑事が言うとまだ20代の川村婦警が入り口入って右手の壁にあるあるアップライトのピアノを弾き出した。

♪ダッ、ダッ、ダッ、ダーン、ダッダ、ダッダ

♪ダッ、ダッ、ダッ、ダーン、ダッダ、ダッダ

 低く繰り返した。

 すると、中堅の黒部刑事が歌い出した。

「この山は、不可解だ。

 遺体が5体、積み上げられて」

 続いて20代後半の段菜刑事も歌う。

「しかも、積まれた順が、

 ジェンガのように、バラバラ事件」

 新人の鬼津刑事とアラサーの三田婦警が、交互に歌う。

「最後に死んだ五木が1段目」

「3番目に死んだ三鷹が2段目」

「2番目に死んだ仁藤が3段目」

「4番目に死んだ四谷が4段目」

「最初に死んだ一ノ瀬が5段目」

 鬼津と三田が絶妙なハモりで、

「誰が積んだーーーーー? 罪なやつーーーーー」

 と歌うと、段菜刑事がラップで、

「屋敷は当時、外から封鎖。

 常識じゃ当然、行き来はダメさ。

 屋敷は騒然、救助に捜査。

  

 さなかに犯行、犯人は内部。

 四谷が一ノ瀬、凶器はナイフ。

 五木が仁藤、凶器はナイフ。

 四谷が三鷹、凶器はナイフ。

 五木が四谷、凶器はナイフ。

 五木が自殺、凶器はナイフ」

 すると、黒部刑事がラップで応酬。

「YO! YO!

 それじゃ、誰が、死体を積んだんだYO?

 最後に死んだ五木の死体は1段目なんだZE?」

 そのとき、ピアノが、

 ♪ダーーーーーーーーーーン

 と、重く大きい音を立てた。

「だ・か・ら?」

 と川村婦警はかわいく言って、軽やかなメロディを奏で始めた。

「この山はーーーーー!」

 古論刑事が大きく弧を描いてジャンプしながら歌い。

「お宮入りーーーーー!」

 見事にターンを決めて着地しながら歌った。

「さぁ、みんな?」

 古論刑事が目で導く。

「この山はーーーーー?」

 古論刑事が大きく手招きしながら歌うと、

「お宮入りーーーーー!」

 と、それぞれに歌い踊りながら他の刑事たちが古論刑事たちの下に集まった。

「マスコミが先に新事実に気付いても?」

「もちろん知っていました」

「なんで隠してた?といわれても?」

「配慮した上でのことです」

「謎なーんか、ほっとーいて。調べられることだけ、調べーて」

「このやーまは?」

「このや~まは?」

「この山は?」「この山は?」「この山は?」「この山は?」「この山は?」

「おーみーやーいーりーーーーー!」

♪ティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロ

 と川村婦警はピアノを弾くと、

「私がしたいのはお嫁入り」

 と歌い、他の刑事は全員同時に。

「わぉ!」

 と言ってその場に倒れた。



「『わぉ!』じゃねぇ!」

 そんな怒声とともにトイレのドアがガバッと開いて刑事長が現れた。一瞬にして一列に並び居住まいを正す刑事たち。

「刑事長、先にいらしてらしたんですか?」

 古論刑事が聞くと、

「ああ、すべて見せてもらったよ」

 刑事長はまさに鬼の形相だ。 

「きさまら、あんな歌と踊りでニューヨーク市警に勝てると思っているのかっ!」

「すみませんっ!」

 刑事一同謝った。

「ニューヨーク市警はもっとキレッキレに踊り歌いながら事件を解決しているぞっ!」

「はいっ!」

「そもそも、なぜ我が署が歌い踊るのか? それは、踊って事件を解決する熱い刑事たち湾岸署のことを知ってからだ。しかし、私は考えた。真似をしたところで追いつくのが精一杯だ。私は彼らを超えたい。悩んだ私は就職後初めて有給休暇を取ってニューヨークへ行った。そこで私は見たのだよ! ブロードウェイのステージを! これだ! 歌って踊れば彼らを超えられる! きっとニューヨーク市警も歌い踊っているに違いない!」

「はいっ!」

「君たちはよく頑張ってくれている。しかし、フラッシュライトが光りっぱなしのような国アメリカに勝つにはまだまだだ。頑張ってくれたまえ」





 さて場所は変わって、歌踊署(かようしょ)の会議室。先ほどの面々がきちんと席について情報をまとめようとしていた。

「刑事長? 席について会議するんですか?」

 古論刑事が額に汗しながら聞いた。

「私の天敵、署長がいるんだ。歌って踊ってというわけにはいかん。みんな我慢してくれ」

「会議ってそういうものですよ。がんばりましょう」

 ホワイトボード脇の川村婦警が言った。

 黒部刑事が、

「まずまぁ、死体の、位置ですが」

 と軽くラップ調で言うと、刑事長が、

「普通に話せ」

 とたしなめた。黒部刑事が改めて言い始めた。

「まず、部屋の中の配置を確認しますと、細長い部屋の端に玄関があり、まず、大テーブルの周りに8人座れるパーティスペース、その奥に四畳半ほどのパティースペースと続きのフリースペースがあって、そのまた奥に四畳半の畳敷きのスペースがあって、キッチンが一番奥です」

「そして、死体は、パーティースペースと畳敷きの間のフリースペースに5体キッチリ積まれていたというわけか」

 黒部刑事の言葉を刑事長が引き継いだ。

「はい、几帳面にキッチリと同じ向きで気をつけの姿勢で」

 黒部刑事が言うのを聞いて、刑事長は古論刑事に目を移した。

「どういう順番で、誰が誰を殺したか? だが」

「はい、まず最初に、四谷が一ノ瀬をナイフで殺害。次に、五木が仁藤をナイフで殺害。次に、四谷が三鷹をナイフで殺害。つぎに、五木が四谷をナイフで殺害。最後に五木がナイフで自殺」 

 古論刑事の話を聞くと刑事長は、

「これだけ聞くと、五木と四谷という2大殺人鬼が暴れて、五木が頂上決戦に勝利した後、自殺した。というストーリーで収まるんだが」

 といった。しかし、段菜刑事が、

「では、なぜ死体の山の一番下に五木の死体は収まっているのか? ですよね」

 と引き継いだ。

「ああ、あと、大いに気に入らんのは、殺害の順番はおろか、殺害後死体の山を築いた不埒者が屋敷の中にもいなかったし、潜入してもいないし、逃げ出してもいないことを証言してしまっているのが、他でもない我々だと言うことだ!」

 刑事長は荒々しく机を叩いた。

「我々は何者かによって施されたあの屋敷の封鎖を解くため、ずっとあそこに居ましたからねぇ」

 鬼津刑事が言った。

「ちょっと待って、あの屋敷を封鎖したのは、少なくとも死んだ5人以外の誰かのはず。犯人かどうかは置いておいて、この事件の関係者は最低でも6人、あるいはもっと居るはずよ」

 川村婦警が言った。

「確かに、殺人には無関係で屋敷の封鎖をしただけかもしれませんが、1から数名の人間が関わっている可能性は高いですよ。そして、犯人に雇われていたとでもなれば、立派な共犯者です」

 鬼津刑事が言った。

「そいつらのせいで俺たちこんな目に遭ってるわけだな。そして、共犯者の口は軽い。いっちょ、そいつら探して締め上げるか」

 刑事長が言った。

「じゃあ、『別荘封鎖犯を追う』ってことで」

 川村婦警がホワイトボードのその部分に太くアンダーラインを書こうとした。

 そのとき、

♪キュッキュキュ、キュキュッキュ、キュッキュッキュ

とリズムを刻んでしまった。これに段菜刑事が反応してラップを歌い出してしまった。

「朝から鳴り出す所轄の電話

 家から出られず救助の電話

 誰かが漏らさず外から目張り

 ドアから出られず窓から出れず

 署から繰り出す手練れの刑事

 外から見てみりゃあきれた見栄え

 ドアから窓から板で釘打ち

 上からテキトーコンクリかけて」

 その後を、黒部刑事が奪った。

「YO! これ、俺たちの仕事かい?

 YO! これ、業者に任せんかい?

 YA! それが、中が不穏な空気!

 OH! 中で、起こる凄惨な事件!

 イライラするけど入れないYO!

 ナカナカ中に入れないYO!

 ツギツギ起こる殺人GA!

 KーJIの前で止まらないYO!」

 そこに、

♪シャーーシャカ、シャーーシャカ、シャーーシャカ

 という小気味よい音とリズムが聞こえて来た。三田婦警が自在ホウキでブラインドを順撫でしていた。鬼津刑事もいた。三田婦警が歌い出した。

「なんとーかー、入いーてー、目にしーたーものはー、5段に積まれーたー。死体のー山ー」

「でも、誰も中の様子を見てなかったんですか?」

 鬼津が聞くと、

「じゃあ、あなたは何で見なかったの?」

「いや、中の全員死んじゃったから、もう何も起きないだろうと思って」

「みんな、そう思ったのよーーーーーーーーーーーーーー」

 そこに、

♪ガンガンッガガン、ガガンガンガン

 と金属音がした。古論刑事がホウキの棒でバケツを叩いていた、

「ところがどっこい、まだ誰か居て、刑事たちがいつ入ってくるか分からねぇてのに、死体を積みやがったのさ!」

♪ガガンッ、ガンッ

 と、最後の「ガンッ」っで古論刑事はバケツを蹴り上げた。

 バケツはきれいな放物線を描き、今まさに、会議室のドアを開けて入ってきた人物の頭にガコンッとはまった。

 その人は署長だった。



 署長は静かにバケツを脱ぎ、静かに足下に置くと、静かに髪型を軽く整えた。

 そして、アンガーマネジメント講習会で教えられたとおり心の中で数を数えた後、静かに言った。

「君たちに、良い報告がある。集まってくれたまえ」

 刑事たちは、署長の前に1列に並んだ。

「4ヶ月後にこの中の1名に1週間ニューヨーク市警に視察研修に行ってもらう。人選は私がする』

「署長、なぜ、刑事長の私ではなくて、署長自ら人選を?」

「それは、刑事長である君自身も候補の1人だからなんだが、辞退するというなら……」

「滅相もございません! 人選、よろしくお願いいたします!」



 署長が会議室を出ると、会議室は騒然となった。

「ブロードウェイのお膝元、ニューヨーク市警に1週間!』

「歌い踊り狂うニューヨーク市警に1週間!」

「胸躍りますねぇ!」

「はっ! しかし、行けるのは、この中の1人だけ!」

「ということは、みんなライバル!」

「だからといって抜け駆けなんて……」 

「アリだ!」

 大声が響いて振り向くと刑事長だった。

「しかし、事件自体が解決しなければ元も子もない。事件が解決するようにカードを切りつつ抜け駆けをしろ! オール・フォア・オール! ワン・フォア・ワンだ!」

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