4-3 塾講師は韋駄天じゃない 結
寂々たる校舎の中を、手を引かれるままにひた走る。
眼前に広がるのは何の変哲もない中学校の一風景で、ロッカーの荷物や壁の掲示物など至るところに生活感が滲み出ている。しかし、生徒の姿だけがそこに存在しない。封鎖されているから当たり前であるとはいえ、まるで別世界に誘われているかのような感覚だった。
「兄さん、よそ見してる暇はないの。あと少しだからきびきび走ってちょうだい」
芽吹の眠そうな瞳が一層細められる。
大変言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど、塾講師という職種は運動量が少ないことに定評がある。飲食店やその他販売系店舗で働くバイト戦士諸氏よりも、筋力体力の低下の著しさを実感することは多い。
まあ、どれもこれも目的地が最上階の最奥にあったことが災いしただけなのだが。この長途を毎日遅刻ギリギリに疾走する生徒たちの体力には、感服するばかりである。
「ついたわ。ここが兄さんの言ってた教室。さっそく片っ端から探しましょう」
無論のことながら、誰もいない教室のクーラーは稼働していなかった。しかし、昼時に入れ込んだ冷気が微かに残っている。今の俺にとっては、それさえも恩寵に等しい。
「ありがとう。でもその前に、少しだけ休んでもいいか?」
「はぁ。まったく、仕事してる時の頼もしさはどこに消えたのかしら。先に始めてるから、早いところ復活してさっさと手伝ってほしいわ」
「……面目ない」
呆れ顔の芽吹は、くるりと俺に背を向けて捜索を始めた。
呼吸を整えながら改めて室内を物色する。黒板に学習机と、目につく備品は平々凡々なものばかり。特徴を無理やり挙げるとするなら、室内広報に大きな段ボール箱が二つほど置かれている。
「何だこれ?」
「明日と明後日のバザーで使うものだ。君たちといえども、それには手を触れないでもらいたい」
いつの間に室内に入ってきたのか、背後に佐内教諭の姿があった。優勝旗を探して駆けまわっていたはずだけど、息を切らした様子は微塵もない。
聞けば、日野原中では本日金曜日に体育祭を行ったのち、毎年の恒例行事として土日にPTA主催のバザーが催されるのだそうだ。イベントを短期間に詰め込む理由はごく単純で、グラウンドの原状復帰作業が一回で済むからという怠惰に満ちたものであるらしい。
「したがって、そこは私が探すことにしよう。門出、お前はいつまでも休憩してないで、春峰の方に手を貸してやれ」
「了解です」
居酒屋の時から思っていたけど、俺の呼び方は『門出』で定着したらしい。保護者として認識されていないのだろうか。
当の佐内教諭はウインドブレーカーの袖を捲り上げ、段ボール箱の山を崩しにかかる。
乱暴で粗雑なイメージのある佐内教諭も、PTAの備品を扱う際は慎重だった。PTAの組織力は卒業式の一件以来強大さを増したようで、また軋轢を生むことは極力避けたいのだろう。俺だって、また巻き込まれるのはごめんだ。
三人で優勝旗を探すこと、数分。
「あったぞ」
佐内教諭の声に、俺と芽吹が駆け寄る。
開け放たれた厚さ五センチほどの段ボール箱の中。そこには赤と黄色の織りなす布が、折り畳まれてビニール袋に包まれていた。
「多分これで間違いないわ。一度広げて確かめてみましょう」
優勝旗とおぼしき布の四隅を芽吹と俺で持ち、互いに距離を取る。ずっしりと重い布地に浮かび上がったのは、『相模原市立日野原中学校 体育祭』の文字。やはりこれが、探し求めていた優勝旗だった。
しかし、それを確認した佐内教諭は渋面を浮かべている。
「何かに使われた形跡はないのか……」
「それがどうかしたのかしら?」
「いや、何でもない。とりあえず私はこれを本部に届けに行くから、君たちもすぐに校舎の外に出るように」
そう命じたのち、腰に下げたトランシーバーを手に取った。
「あーあー、佐内から体育祭実行委員各位へ通達。優勝旗を発見、只今より本部テントへと帰還する。校舎内、屋上、グラウンドでの捜索に当たっている諸君らも、至急校舎を離れて元々の持ち場に戻りたまえ。繰り返す——」
何というか、様になっている。
「『鬼軍曹』の異名も納得ね」
芽吹も同感であるらしい。
俺は佐内教諭の発言の中にあった言葉のひとつに、妙な引っ掛かりを覚えた。
「屋上って、普段から入れるんですか?」
「いや、立ち入り禁止だ。私もよく知らないんだが、なんでも数年前に事故があって怪我人が出たとかなんとかでな。だが塀を無理矢理乗り越えれば入れないこともない。だから念のため一番最後に捜索を命じていたんだ」
そんなことよりさっさとグラウンドに戻れ、との忠告だけを残して、佐内教諭は教室を去った。ずっしりと重い優勝旗の入った段ボール箱を小脇に抱えてなお、その走りは風のように速い。
「普段『廊下を走るな!』なんて尖り声を上げてるとは思えないわね」
ため息混じりに芽吹が呟く。
その一言に、普段の日野原中の様子が詰まっているように思えた。
活気溢れる校舎には、生徒たちの声が絶えない。はしゃぐ者、それを注意する先生、そして傍目から見守る芽吹のような大人しい者まで。今は誰もいない教室に、彼らの様子がありありと浮かぶ。
その中に、無論のことながら俺の姿はない。保護者は保護者らしく、傍から温かく見守るに限るのだ。
流れに任せて教室まで立ち入ってしまったけど、やはり介入が過ぎたのかもしれない。自主自立が聞いて呆れる。
「芽吹。そろそろ俺たちも戻ろうか」
「待って」
ふいに服の端を掴まれた。
「どうした?」
「まだ聞いてないわ。なぜここが分かったのかしら?」
芽吹の指さす先。教室の扉の上方には、『3-1』と記されたプレートが掲げられている。この教室を所有するクラスが三年一組であることを示すものだ。
なるほど、確かにまだ説明していなかった。
これ以上の介入は避けたい。しかし、優勝旗の在り方を言い当ててしまった手前、その説明責任くらいは果たすべきだろう。
「分かった。手短に話そう」
その返答に、芽吹は満足そうに頷いた。
手短にとは言ったものの、長くなりそうな予感をひしひしと感じていた。
教室から覗くグラウンドでは、まだ下級生のリレーが行われている。ピストルの音を聞いたのは校舎に突入する直前だったことから考えて、もうじき次の競技に移る頃合いだ。それまでに終わるだろうか?
「それで、何が一番の根拠だったの?」
どこから切り出せば短く済むかと迷っていた俺に、芽吹が催促する。今回は芽吹の尋ねる順序に則ることにしよう。
「根拠というには薄いんだけど、俺が最初に違和感を覚えたのは借り物競走の指令が書かれた紙片なんだ」
「これね」
芽吹がポケットから例の紙片を取り出す。当たり前だけど、そこに記された文言は先ほど見たものと変わっていなかった。
「『対象物:優勝旗、借りる対象:優勝クラス』。これがどうかしたのかしら?」
「この『優勝クラス』の部分。そもそも、日野原中の体育祭は全校を半数ずつに分けて行う紅白戦だ。クラス単位での優勝という概念は存在しない」
「言われてみればそうね。私も競技中、どこを探せばいいのか随分悩まされたわ」
この体育祭が紅白戦だということは、体育祭実行委員でなくとも参戦する全員が知っているはずだ。
しかし、それを踏まえてなお『優勝クラス』という表現が用いられているのなら。何か別の意図があるのではないかと俺は考えた。
「そこで思ったんだ。この『優勝クラス』は、必ずしも『体育祭において優勝を収めた、またはこれから収めるクラス』ではないのかもしれないってね。それから先は、『優勝』と『クラス』を直接結び付ける別の手掛かりを探すことにしたんだ」
紙片と芽吹から視線をそらし、窓の奥を見やる。芽吹もそれに続いた。
生徒たちの疾走するグラウンドを囲むネットに張られた『ある物』が、風に揺らめいている。
「あそこに見える、各クラスの学級旗。それぞれのクラスが『新進気鋭』『勇猛果敢』といった学級目標を書く中で、ひときわ異色なクラスがあるだろう? それが三年一組。旗に書かれた言葉は――」
「優勝! の二文字。だから三年一組こそが『優勝クラス』と考えたわけね」
そういうわけだ。
見たところ、『優勝』と『クラス』に直接関係するものは、この体育祭において他に見つからなかった。他に対抗馬がいなければ、確固たる証拠がなくともその真偽を試すほかない。
そして今。三年一組の教室から実際に優勝旗を探し当てたことによって、俺の立てていたもうひとつの憶測にも確信が生じた。
「このことから判明したのは、優勝旗は何かしらの意図があって人為的に室内へ持ち込まれたということ。そして、この紙片を作成および箱へと投入した人物と、実際に優勝旗を教室へと移動させた犯人は同一人物、もしくは共謀者ということだ」
この『宝の地図』である紙片を作成するには、優勝旗の隠し場所を知っている必要がある。両者の間に繋がりがないということはまず有り得ないだろう。
「ふーん。さっきも言ったけれど、紙片を入れるのも優勝旗を持ち出すのも、ついでに教室に移すのも。限られた人にしか不可能な至難の業よ」
「確かにそうかもしれない。でも逆に考えれば、その三つ全てを可能とした人物こそが今回の犯人である可能性が高い」
絞り込みやすくなったと考えれば、かえって行幸だ。
「まずはその紙片を作成・投入できる人の目星をつけていきたいけど、これは実行委員長と心寧の言った通り、一年と二年の借り物競走出場者、そして――」
「私、でしょう?」
俺は頷いた。
犯人の特定までは至らなかったものの、彼らの推理は何一つ間違っていない。だから、その上で更に推論を重ねていく。
「次に、体育祭の用具置き場から優勝旗を持ち去ることの出来た人を挙げていきたい。この行為が最大の難関なんだっけ?」
「ええ。用具置き場にはずっと二人以上の体育祭実行委員が交代で待機していたから、誰が行うにしても難しいと思うわ」
「だからこそ、体育祭実行委員が真っ先に疑われる。しかし、もう一人いるんだ。体育祭実行委員と同等の権利を持っており、それゆえに用具置き場への侵入が可能だった人物が」
真っ直ぐ芽吹の方を見やる。
芽吹の瞳は揺らぐことなく、普段通りの眠そうな光を湛えていた。
「心当たりがあるんじゃないか?」
「さあ、誰の事かしら」
あの時エースが教えてくれなければ、辿り着くことはできなかった。
出場競技に応じた体育祭実行委員のシフト表を作成し、なおかつそこに代替要員として入ることのできたその人物。白々しい態度を崩さない芽吹は、絶対にその存在を知っているはずだった。
「最後に、教室の中に優勝旗を持ち込むことが可能だった人物について考えていく」
「待って兄さん。校舎はずっと立ち入り禁止で、警備の人が張り付いてたはず。そんな状況で、大それたことが出来るのかしら?」
これについては、極めて単純だ。密室でもなんでもない。
「出来るんだ、これが。日野原中の生徒なら誰でもね。よく思い出して欲しい。一度だけ、校舎への侵入が許可されたタイミングがあるだろう?」
「お昼の時間ね」
「ああ。よって容疑者は、昼食の際に校舎に入ることの許された生徒および教師に絞られる」
そしておそらく、三年一組の教室に優勝旗が置かれたのは昼休憩の直後だ。クラス全員がグラウンドに戻るタイミングを見計らって、犯人は教室へと侵入を果たしたのだろう。
「絞られるって……全く絞り切れてないじゃない。前に挙げた二つに該当する人の方が圧倒的に少ないわ」
確かに、そうとも言える。
しかしながら、重要なのは『犯人は昼食の時間に校舎に侵入を果たした』という事実だ。そうと分かれば、優勝旗の運搬に極めて向いている状況下にあった人物がひとりだけ浮かび上がる。
「犯人は優勝旗の入った薄い段ボール箱を校舎の中に持ち運ばなければならない。佐内教諭のような大人が小脇に抱えても目立つ大きさだ。当然、そんなものを持っていれば少なからず訝しまれる。だから犯人は、何か別の物で覆い隠すなどの工夫を講じて、目立たないように持ち運ぶ必要があった」
それが可能だったのは、ただひとり。
「なあ芽吹。昼休憩の後、ひとりだけジャージ姿だったのは、本当に日焼けを懸念してのことだったのか?」
暫しの沈黙。
その間に、グラウンドにてピストルが二連続で鳴った。途端に沸き起こる歓声。きっと、リレー競技がひとつ終わったのだろう。
あと幾つかの競技を経て、体育祭の最後を締めくくるのが中三生による全員出場リレーだったはずだ。俺に、というより芽吹に残された時間はあと僅かである。
「疑問点その一」
考え込んでいた芽吹が、顔を上げた。
「さっきも言ったように、用具置き場には二人以上の実行委員がいたはずよ。私が作ったシフト表だから間違いないわ。そんな中で、どうやってバレることなく優勝旗を持ち出すのかしら?」
確かに、至極真っ当な疑問である。
用具置き場の実行委員が全員共謀者というなら、優勝旗を運び出すことは造作もないだろう。けれども体育祭の成功のために準備を重ねてきた実行委員たちを説得し、トラブルに加担させるというのはどうにも考えにくい。
となれば、芽吹が選んだのはおそらく別の手段。
「午前中最後に行われた競技は、一年生と二年生の借り物競走だ。加賀美室長から聞いた話によれば、トラブルや不正を防ぐために実行委員は動員可能な最大人数をグラウンド周囲に配置して競技の監視に当てていたらしい」
「ええ、そうね」
「そうなれば、対照的に用具置き場の人員は手薄になる。おまけに、用具置き場から対象物を借りる指示の書かれた紙片まで存在した。ただでさえ少ない用具置き場の実行委員は仕事に追われるはめになる。そのタイミングで用具置き場のシフトに入り込むことができれば、忙しい隙をついて優勝旗を持ち去ることは可能だったんじゃないか?」
実行委員全員分のシフト表を作成したのは、他ならぬ芽吹だ。
あらかじめ全員の出場競技を把握した上でわざと都合の悪い生徒を借り物競走の用具置き場に配置すれば、その生徒からの変更依頼を受けて自分が代替要員として入り込むことができる。
この手法は、芽吹でなければ不可能だ。
「疑問点その二。これは疑問というよりは確認ね」
芽吹から、俺の仮説に対する真偽は返ってこない。
「兄さんが結論づけた私の行動はこう。
1)午前中最後の競技・下級生の借り物競走の際に実行委員に紛れて用具置き場に潜入、優勝旗を持ち去る。
2)お昼時、ジャージに優勝旗をくるんで自らの教室に行き、昼食を済ませたのちに三年一組に優勝旗を置きざり。
3)優勝旗をくるんでいたジャージを羽織ってグラウンドに戻り、午後一番の競技・中三生の借り物競走で偽の紙片を手に持ったままスタート。箱から紙片を取り出すふりをして、持っていた紙片をもとに競技を進めて最下位になる。
4)借り物競走終了後、本部テントに出向いて実行委員長に会い……あとは兄さんも知っての通り。
これで間違いないかしら?」
「ああ。その通りだ」
無論、全てが推論の域を超えない。
あくまで状況から鑑みて芽吹が最も有力な容疑者であるということしか俺には導き出すことができなかった。芽吹が犯人だという直接的な証拠はどこにも存在しない。
そして、本件最大の謎に至っては未だ何一つ掴み切れていないのだ。
「じゃあ、これで最後。疑問点その三」
綺麗に結ばれていた芽吹の口端がにぃとつり上がる。いたずらに歪められたその表情に、不思議と下品さは感じなかった。
窓辺から差し込む陽光の中で、芽吹は最後の疑問を口にした。
「仮に犯人が私だとして、なぜ優勝旗なんて持ち出したのかしら?」
俺は言葉に詰まった。
なんとなく、最後の疑問の正体の見当は付いていた。当然、仮説をもとに推論を立てようともした。
けれども、皆目見えてこないのだ。
芽吹が優勝旗を持ち出した理由。それだけが、どれほど考えようとも全く結論に辿り着かない。
「それは……」
「それは?」
芽吹の目が細められる。
その瞬間に、校内放送のスピーカーがボッと音を立てた。
『えー、次の種目・中学三年生による全員リレーに出場する選手の方々は、至急入退場門まで集合してください。繰り返します――』
「どうやら時間切れのようね。それじゃあ、行ってくるわ。さっき最下位だった借りを返さなくちゃいけないから」
「……借り物競走だけに?」
「馬鹿なこと言ってないで、兄さんもグラウンドに戻ってちょうだい。あと、今晩は渡合さんや倉橋さんと軽い打ち上げをする予定だから、私の分の晩御飯は用意しなくていいわ」
じゃあねと一言残し、颯爽と教室をあとにする芽吹。
その後ろ姿が見えなくなっても、俺はその場に立ち尽くしていた。
結局、体育祭は表面上何事もなく終了した。
芽吹の宣言は果たされ、結果白組の逆転優勝。閉会式にて、優勝旗は無事に白組代表者の手に渡った。今頃は再び解体され、元通り柄と旗とが別々に収納されていることだろう。
現在、時刻は二十二時。一通りの家事を済ませてはいるが、寝床に着くにはまだ早い。何をするでもなく、ダイニングの椅子に座して体を休める。
打ち上げから返ってきた芽吹は風呂に入った後、ベッドに倒れ込んだまま動かなくなった。体育祭での様子から鑑みても、相当疲労が溜まっていたことは容易に想像がつく。
俺とて疲れているものの、睡魔はなかなか押し寄せて来ない。
ずっと脳内を巡るのは、午後の優勝旗を巡る騒動。あと少しで手が届きそうだった芽吹の真意は、結局分からず仕舞いだった。
「優勝旗を隠して、それをまた探して。一体何がしたかったんだ?」
虚空に尋ねても返答はない。芽吹は既に夢の中である。
ふと、ダイニングテーブルに置かれた高校時代の黒い日記帳に目が留まった。ここに置いてあったということは、昨晩芽吹がまた読みふけっていたのだろうか。
ぱらぱらと適当に、最後の方のページをめくる。
金曜日
元・生徒会長の金城さんに、『翌日配布予定の卒業アルバムをクラスごとに仕分けるのを手伝ってほしい』と頼まれる。自由登校期間に来ている三年生が俺しかいないので、藁にもすがる思いで頼んでいるのだそうだ。
作業の後。手伝った者の特権として、明日の卒業式に先駆けてアルバムのページをめくることが許された。
そこには。
戯曲『十一人のシンデレラ~U-18リーグ編~』の稽古。
商店街イベント『第二回・腕相撲大会』の様子。
陸上部の愛と信頼に満ちた先輩後輩の関係。
スクープ記事の作成に燃える新聞部の熱意。
生徒第一を掲げて活動する生徒会の奮闘。
そして、土日をも研究に注ぐ生物部の気根。
ページを彩る写真の数々が、幾つもの思い出を想起させる。
「門出君。きみの三年間は色んな出来事に巻き込まれて苦労も絶えなかったのかもしれない。でもね、こうして改めて見るとさ。きみと一緒に日々を駆け抜けた人たちはみんな、随分と楽しそうじゃない」
金城さんは懐かしむように写真ひとつひとつを指さしながら言った。
「そうかな。写真業者に笑えと頼まれただけじゃないのか? それに、もともと各々の分野を馬鹿が付くほど愛していた連中だぞ」
「まったく、きみは最後まで頑なだね。そう言いながらも、悪くない三年間だったと自負していることくらいちゃんと知ってるよ」
金城さんの言葉に気恥ずかしくなり、俺は生徒会室を急ぎ足で抜け出る。
二度と行くか、と心の内に溢しながら。
それでも、壮絶だった三年間がこの瞬間に報われたような気がした。
それが日記に残された最後の記述だった。
読み返す度に当時の気恥ずかしさが蘇る。
しかし、不思議と読後感は晴れやかだ。ひねくれていた自分の性格描写にはむず痒さが残るものの、あの時胸に湧き出でた感情を表すにあたって『報われた』というのは相応しい言葉であった。
これが、芽吹が表するところの『門出窓太の原点』。
「もう少し、真面目に向き合ってみるか」
決意はすぐに独り言に乗った。
芽吹がしきりに読んでいたこの日記から、何か分かるかもしれない。推理と言うには程遠いような、根拠のない考えが頭を支配するままに、俺は自らが記した日記帳のページに指を掛けた。
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